年末年始の出荷について

はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2012年11月の記事

11/29 しんどいのが好き

トンネル設置終了まであと4時間にこぎ着けた。左の空いたところにビニールを被せたら終わり。

それにしてもこのたびはくたびれた。まだ残り4時間あるので気を抜いている場合ではないが、いろいろなことを総括しておくのは一番物事が見えている今がよい。

こうやって事務所の机に座って考えていると、百姓仕事というのは改めて厄介なものだ。好きでないと務まらないものの代表の気がする。どんな仕事だってそうだというのは軽すぎる。よっぽど百姓はこの傾向が強いだろう。

経済性も、安定性も、体力的なことも、今どきの世間一般から見るとロクでもない商売である。このたびのトンネル設置作業など、世間の休日を無視し、楽しいイベントも全て無視し、天気に都合を合わせてひたすら動く。体力の限界を感じながらも憑りつかれたようになって畑を這う。これをやらねばならぬのだ!と言う声に導かれてただただ動く。動いているうちにいつかは終わる、という世界。そしてそれをやったからといって誰に褒められるわけでもなく、自己満足120%の世界。

「自己満足のみが寄る辺」という世界は、好きでないとダメ。私はよっぽど百姓が好き。倒れそうなほど体がしんどくても、それはそれで楽しい。これにはしんどいのが好き、という変態的な性格もある。このことは重要。体力的にしんどいのが嫌いな人間は百姓のような仕事はできない。

勘違いしてはならない。しんどいことが「嫌いではない」くらいでは、ダメ。必要なのは、しんどいことが「好き」のレベル。青春時代に登山を好んだが、しんどいことをしたいという変態性の占める割合は大きかった気がする。

ああそうだ。誰に褒められるわけではない、と書いたが間違っていた。家に帰って女房に「お疲れ」と言われるだけで、耐えてやって良かったと思える。自己満足のみとも書いたが、突き詰めてよくよく考えれば、私は女房に褒めてもらいたい思いが大きいのかもしれない。

11/27 無理も悪くない

以下はフェースブックに昨日アップした文章。
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連日の猛作業から今日は解放。月に照らされながらは毎日。昨日は開始も星空の下からだった。

なんていったって、ただ日が短くなっただけだけど。

恒例の11月繁忙期もゴールがチラッと見えてきた。メインはゴボウの種まきとトンネルの設置。30棟中、23棟が終わった。今月中に終わらせるのが目標だが、ちと厳しいか。

天候のせいで予定より遅れていて冬将軍の気配に怯えて焦りながらのため今年は体力的にそうとう辛い・・・。夜寝れない症状もあって、眠いの眠くないのか、しんどいのかしんどくないのか、麻痺しててよう分からんまま、 取り憑かれるようにただ黙々と動く日々。

でも緊張のせいか、体は壊れずに持っている。でも絶対にきてると思うんだよなあ。

だから今日は疲れを取ろうと午後からお休み。昼間っから酒を飲んでいる。ああ、うまい~。

今年のゴボウは終わりに近づいていますが、また来年を楽しみにしとって下さい。再開は7月頃です。
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てなことを書いたもんだから、心配のコメントをいただいたりした。

今年辛い目に遭っているのは、11月の天候が悪かったくせに、トンネルの棟数を増やしたくせに、大麦の準備と重なるくせに、ゴボウの準備開始が遅かったから。ということに他ならない。原因は明瞭。しかし原因が何であれ失敗したのなら、無理をしようと何をしようと自分で落とし前をつけざるを得ない。

自然栽培をするのなら、無理をして作業をしたのでは片手落ち。体も自然で無理のない範囲の経営をやるべきだ、という意見にはもろ手を挙げて賛成である。しかし新規就農者が初めからこんなことをのんきに言っていたらおそらく経営は成り立たなくて、そのうち離農する羽目になるだろうと思われる。

「無理」というのは相対的な概念。どの程度が無理で無理じゃないのか、そんなことは無理をしてみないとわからないし、そのうち鍛えられて無理のレベルは下がってくる。ここを見つけていくことが大事。また無理をすることで初めて改善されることというのは少なくない。そう思って新規就農の私はやっている。

ま、毎日が自由。やらされることというのは何もない。だからこの生活がやめられない。

11/26 「旅」と「諦め」

前回の続き。

遠方の人たちがそれぞれの事情で当地に来られ、何かの縁でこうした出会いがある。とりわけ震災以降、多くの人が移住してきていて、移住できる環境や価値観の人たちだから人となりが実にユニーク。この過疎の地域にあって、こういう人たちの流入はとても嬉しいこと。もちろん震災や放射能問題が背景にあることだからあまりはしゃぐ気にはなれないけれど。

そしていつも思うことが、こういう人たちに、とにかくどんな形でもいいから当地に残ってほしいということ。しかし食べていくということはもちろん、自分の生きがいということを考えると話はそう簡単ではない。誰でも自分の力を活かしたいし興味を追求したいもの。しかしその選択肢が少ないのが田舎だとも言える。自分の登るべき山が見つからないという悩み。私などは自分の興味が今やっている農業だったから、この田舎で生きていくことにピッタリだった。

そういう運のよさを忘れて言うわけではないが、一方で、登るべき山は往々にして目の前にあるということを意識したい。目の前にある起伏が見えるか、それが山に見えるか、その山が尊く見えるか。

今の農業を始めて以降の私のやりがいはずいぶんと変わってきた。大きなものの一つが、田津地区のこと。数年の度に大きな洪水に見舞われる農地。当時はある意味「仕方なく」ということがあった。自分の故郷だ、我慢しよう、みたいな。しかし当時には見えなかったこの地区の土の素晴らしさ。「川が運んでくる肥沃な土」などと言われるが、肥沃の意味がまったく分かっていなかった。田津の土の肥沃とは「何でも抜けてしまう水はけのよさ」と「土の深さ」であった。肥料気のほとんどない砂壌土が数メートルの厚さで堆積しているという奇跡。堆肥も肥料も一切やめてここで育つ野菜がどんなものであるか、この2~3年で私の知るところとなった。まさに「神様がくれた」30ヘクタールもの奇跡の土。この土と人間との架け橋になり、自然と人間の関係に一石を投じるということが私が登るべき山。それを思うだけで体が熱くなる。「仕方なく」と思っていた起伏は、単に私が見えていなかっただけで、実は人生をかけるべき最高の山であった。

この山を見つけるためには旅は必要だが、諦めも必要。青い鳥探しは諦めて、日々を耐えて生きる。仕方なくそこに楽しみや喜びを見出だそうとする過程で得られる気づき、悟り。職人の修行と一種通じるところがある。だから若者には職人の修行のすすめ。

どこまで旅をして、どこで見切りをつけるか。答えはない。この答えがないということが怖さでもあり、気楽さでもある。縁のあった人には可能な限り関わらせてもらいつつ、エールを送りたい。

11/23 一方で楽しいことも

トンネルにかかりきりの毎日。一日に畑の中を何km歩いているか。夜は足腰がガクガク。こんな管理じゃ歳とったらダメだわ。

こんな日々だが、一方では楽しいプライベートも。

この前までしばらくの間、放射能から避難してきている母子がうちに泊まりに来ていた。息子と同い年の子がいたので息子が連日大はしゃぎ。保育所から帰って寝るまでの賑やかなこと。一緒に遊び、喧嘩をし、風呂に入り、ときに振られたり。兄弟がいない息子には貴重な体験。私はといえばくたびれて横になっていても、走り回る彼らにいつ踏まれるか気が気じゃなく体がいつも緊張しておったけど(笑)。

それから、Iターン夫婦を招いて交流。同じ市内に今年から住まれていて、以前知り合う機会があって一度ゆっくりお話を聞くつもりだったところ、のびのびになっていてようやく実現。

また近隣で元気よく活躍している20代女子たちとの交流も。地域おこし協力隊とかで当地に来ている子などが4人、我が家に遊びに来てくれたのだ。彼女らも以前から知ってはいたのだがゆっくり話をするのは初めて。快活で積極的な彼女らを見ていると、男が元気ないというより、女が元気すぎるのだ、などと思ってしまった。同じ年の頃に私はどうだったか、と振り返ると、やっぱりあの頃も眉間にしわを寄せてひたすら地味に働いておったなあなどと苦笑することだ。

続く。たぶん。

11/21 今年のトンネル設置は辛い

ごぼうトンネルの設置が進んでいる。今日までで14棟が完了する。明日は3棟の予定。全部で30棟の予定だから、ようやく半分超え。

これまでに何度も書いてきたが、設置作業は初期と比べて肉体的負担も効率も格段に向上した。そしてトンネルの強度も。しかし今年はちょっとしんどい。朝から昼過ぎまでやってヘトヘトである。今自宅で昼飯を食べ終わり、この穏やかな天気にもかかわらずこのまま一時間半くらい休もうと考えてこれを書いている。

昨年との違いは何か。それは追われているということ。理想はこの時期までに設置が完了していることなのだが、ようやく半分では焦らないわけには行かない。焦るとくたびれるし辛い。

来年以降、焦らずにゆとりを持ってやれるようにする工夫がいる。今年だって遊んでいてこうなったのではないのだから、何か積極的に工夫をしなければならない。年を重ねてもできる管理方法。作業が進行していて苦労している今が一番アイデアが浮かぶときだから、今はそんなことばかり考えてやっている。

ちょっと横になりたくなってきた。終わり。

11/20 ひたすら段取り思案

ゴボウ播種とトンネル設置を進めている。明日は穏やか、明後日はまだ風吹かん、その次雨、その次大風、あたりで段取りを考えている。体よ、持ってくれ~。

11/19 忙しいときに不達騒動

貴重な作業日和というのに早朝からバタバタ。たまにある、不達騒動。東京に送ったゴボウが届いていない!との連絡を受け、事務所へ急行し、PCで追跡。

荷物番号で照会して、確かに届いていない。しかし集荷したこちらの営業所では受け取られたことになっている。間違いなく荷物は運ばれてはいる。

三次市にあるセンターに電話して、お客さんの都合があるので何時までに届きそうかを教えてほしい、と伝えるが、今回は1時間以上待っても連絡がない。しびれを切らして再度電話。しかしさらに1時間以上たつが連絡がない。ついにお客さんがいう11時というリミットを過ぎてしまった。

困ったな~とお客さんに電話。すると、今しがた届いたという。業者からこちらには何の連絡もない。次の対応の可能性を考えて連絡を待っているのに、まったくよこさないとは何事か。これは言わんといかんと、また電話。

その都度変わる交換手に事情を説明し、「新しく始めた他社が安い見積もりを出しているが、トラブルへの対応を信頼して料金は高いがオタクにお願いしている。不達というのは必ず起こるものだからしかたがない。しかしそれに対する対応が悪いのは最悪だ。それではオタクにお願いする意味がなくなる。責任ある立場の人にきちんと伝えてほしい。」という旨を話した。そして改めてお詫びの連絡がいるかどうかを聞かれたので、きちんと伝えたいからとお願いしておいた。

しかしながらこれを書く今、昼休みの時間帯なんだろうけど、それを除いても1時間音沙汰なし。今までとはちょっと違うなあ。あの機動力はどこへ行った。

11/18 相変わらずの状況

金曜は朝から悩みに悩んだ。結局、昼過ぎからトンネルのビニールをかけることを決めた。夜に強い風が吹く可能性もあったのでマイカ線行程まで進めねばならないという事情では、日没との戦いとなる。暗くなってライトの光を頼りに19時半までかかって8棟分を終わらせることができた。

その選択は大正解。あのまま土曜の雨をまともに受けたら、何がしかの被害を受けただろうと思われる。朝一番で排水溝を接続するという作業のみで、あとは安心して息子の生活発表会を見に行くことができた。

ところで、今週期待していた天候はイマイチっぽい。あとトンネル22棟。これを今月中にやり遂げたい。麦は「ほぼ」蒔いた。サトイモの収穫はしていないが、とにかく本線をゴボウトンネルの設置において、何が何でもこれだけは悲壮感を漂わせてやり遂げたい。

11/16 難しい

久しぶりの好天。しかし夜の間に結構降りやがった。今日一日は穏やかで、明日は強い雨が降り風も吹くという予報を受けて、びしょびしょに土が湿っている畑のトンネルのビニールを張るかどうかを朝起きてからずっと考えている。

弁当食い終わったら行くぞ。午前中に土がどれだけ乾いたかを見て判断するしかない。

11/15 突撃の前に

連日の天候の悪さに、段取りが組めずに困っているが、週間天気予報は回復の兆し。どうやら凌げそうな気がしてきている。

ただ、忙しくなるぞ。覚悟が必要。そのためには少し腰の具合が良くないし、全体的に体調不良が続いている。まずい。今日はこれから用事のついでに温泉に寄って行こうと女房と話しているところ。

本当は整体にでも行って体を整えるのがいいのだろうが、あいにく時間がない。ピークはたぶんあと半月。ジッと耐えていればいつかは終わる。

11/14 大豆の予約受付開始

今年産大豆の販売を始める。ただし個人への販売は経営の中ではメインではないし、在庫の売れ残りを抱えるリスクを負いたくないので、予約制にしている。詳しくはうちのサイトから見ていただきたい。

しかも「予約期間が短い」し、「全額前払い」だし、支払いは「銀行振り込み」のみで振り込み手数料の負担もお願いするので、極めてお客さんの立場に立っていない態度である。極めて利用しづらもしれない。しかしこれも悩んだ挙句のこと。今のうちの体制ではいろいろ気を利かすことはできない。経営のメインは他にあるので、ここに気を回している余裕がないのだ。

いっそのこと個人への販売をやめてしまえば楽なのだが、どうしても欲しいという人も多い。美味いものは自分たちだけ食ってればいいや、というのも違う気がするので、主に知り合いを中心に、またこうやってネットで不特定多数の人を対象にやっている。利用しづらいという人はこういうことを理解していただきたい。

ところでうちの大豆。上手く発酵すると今まで評判がいい。味噌などを他の大豆で仕込んだことがないので我々にはわからないが、多くの人が言ってくれるので本当にそうなのだろう。今年は見かけのきれいさも収量も過去最高の出来。今、乾燥~調整行程で委託先へ旅に出ているのだが、うちに戻ってくるのが楽しみ。12月に入れば引き取りに行けるか。

予約期間はわずか今月一杯。予約いただいた量だけを引き取りに行くのでこのようにせざるを得ない。知り合い同士で募って共同購入していただけると割安になるのでお勧めだが、取りまとめているうちに期限をウッカリしないようにお願いしたい。

11/13 綱渡りで進めている

とにかく畑に入れる日が限られるこの頃。昨日はもちろんだったが、今日も早朝は暗がりのうちから作業開始。

いつ雨が降り始めてもおかしくない空模様。なんとか蒔きかけの大麦を完了させ、ライ麦の播種も可能な限り進めたい。降るな降るなと祈りながら、ひたすら蒔き続ける。

途中何度かパラついたものの、意外と降らない。はかどるのは嬉しいが朝飯も食っていないしいい加減に休憩したい。だんだん「そろそろ降ってくれんかな~」などということになりながら、お昼前、残りあと20アールというところで、目の前の稲妻とともに本降りになって終了。こんなにはかどるとは思わんかった。

農作業は雨が降るからできないのではない。そうではなくて、極端に言うと、どんなに雨が降っていたって土が乾いていたら作業はできるのだ。(路地でそんなことはあり得ないが。)だから晴れていたって土がグチョグチョに湿っていたら作業はできない。土が壊れるから。どの程度湿っていたら壊れるかは、土質にもよるし、作業にもよるので、経験を積むしかない。

こういうことは農家にとっては至極当たり前のことなのだが、一般の人は結構知らんのよな。だから雨が降ると作業をやめる我々は、意外と「怠け者」に思われている。百姓は晴れてりゃ仕事をして、雨なら休んでいると思われている。結果的にそうなっているということが多いというだけで、天気の良し悪しと、作業をするしないとの間には直接関係はないのだよ。

今日播種をしたのはほとんど砂地の圃場。こういう場合も想定して播種の順序を考えている。合間で立ち話をした地元のおばちゃんが、「あんたはコンピューターだなあ。」だって。

さてこのコンピューター。たびたび怪しい。メインのゴボウトンネルの設置完了まで無事に機能するかどうか。

11/11 絶対に切り抜けるべし

この日が勝負!という昨日、計画していた作業はほぼ済ませることができた。どの作業を優先し、捨てるか。悩みに悩んだだけのことはあって、選んだ作業は正解だったろうと思っている。いくらかは賢くなってきたか。プチ満足。

選んだ作業と言ったが、作業をする時間帯の選択も重要。昨日は終日(ゴボウと大麦の)種蒔き三昧を決め込んだのだが、畑の雑草の残り具合や土の乾き具合によって、どの畑は朝一番で蒔くとか、午後になってから蒔くとかを決めることになる。これも悩みに悩んだ挙句、日中は陽光も射して風が強いと読んで、朝一番はジッと播種機の調整作業、二番から大麦の一部の播種、午後はゴボウの播種をした後、くらくなるまで再び大麦の播種。蒔いている最中も、雨に打たれて日が変わった今日の状態も、極めて上手くいった気がする。こういうときは単純に気分がいい。

さて、天気の悪い今日。女房は「若杉ばあちゃん」の講演会に、母子で放射能から非難して我が家にしばらく泊まりに来ている人と一緒に行っている。講演はもちろんだが、意識の高い知人らがたくさん参加や出店をするので、そういう知人らにこういう機会に会いに行きたいんだけど、朝まで考え抜いて私は結局諦めた。天気が悪かろうと何だろうと、メインのゴボウトンネルの設置を初め、処々の作業を隙間をぬって進めなければならない。常にくよくよと悩みながら「すきあらば突っ込むぞ~!」てな気持ちで待機しているのだ。

今日は圃場周りはぬかるんでいない。資材や機械の運搬などを粛々と進めるべし。

11/9 生きた心地がしない

天気予報を見ていて生きた心地がしない。明日までは晴れるが、その後がずっと悪い。

明日一杯をかけて、ゴボウの播種およびトンネル設置を8棟、大麦の播種2haができれば理想なのだが、現実にはその半分もできない。だからどの行程までを優先するかということを、昨日から寝ても起きても考えているが、未だに結論が出ん。こうなると動きながら考えるしかない。

ゴボウも大麦も播種までの行程がまだ2~3ある。気持ちはそれらの作業に入っているのだが、朝からゴボウの収穫やらなんやらしていたらお昼になってしまった!まずいまずいまずい!!

いつの間にか弁当も食った。終わり。

11/7 私はただの経営人

はんだ牛蒡は特殊なゴボウではなく誰にでも真似できるゴボウだと書いた。しかしこれは、私が栽培をしている田津地区でという前提付き。それ以外の地域ではどうすればいいのか、ということは私に聞かれても困る。その土地土地の条件によって管理の仕方は変わるのだから。

田津地区の畑。度重なる洪水のおかげで土の条件が良い。あの「深さ」はゴボウにはことさら向いているといえる。野菜なら何でも育つだろう。

そういう土地で私はゴボウを育てている。育つのは当たり前。正直なところ私の力などまったく関係がない。ゴボウ栽培は本当に誰にでもできる。一角を借りて趣味でやってみるといい。10a(1反)くらいなら誰にでも出来る。機械はトラクター(耕運機でよい)が1台と、それ以外は小型のトレンチャーを数人で共同利用するのが現実的か。

じゃあ私がナルシストよろしく自分に酔って偉そうなことを日々書いているのは何なんだ、ということになりそうだが、私に力があるとすれば、それは経営ということになるか。ゴボウ栽培で採算を取る。これで専業で食べていく。こういう状況を確立していく。つまるところ私が眉間にシワを寄せて頑張っているのはこの点に過ぎない。私が何か人より長けているとすれば、こういうことに他ならない。

だから私が自然栽培のことや健康のことなどに素晴らしく通じているかといえばそれは全然違う。自然栽培の知識や観察力などは実にお粗末だと思っている。表面だけ聞いて分かったフリをして(忙しいからフリをしているしかない)いるだけで、大した実力はない。私の実力は今述べたように、専業農家として自然栽培を可能にする「経営」を成り立たせている、というだけである。美味しいゴボウ、自然なゴボウを育てるという本質から見ると、まったく別のところに日々努力をしているということになる。

採算などどうでもいいよ、趣味でいいよ、というなら田津地区での「はんだ牛蒡」栽培は簡単。「何がはんだ牛蒡だ、簡単に出来るじゃないか!」となるのが目に見えている。私の取り組みは、こういう理屈を踏まえた上でのもの。「洪水との共存」などと偉そうなことを言っているのも、専業農家として生きていきたい、というただの我がままとも言える。

あー、もっといろいろ訴えたいんだけどな~。上手く書けんし、時間もない。

11/6 「はんだ牛蒡」はやめたいね

天気が安定しない。大麦やゴボウの作付け本線が止まったままで焦るが、支線でやれることはある。今日はトンネルの支柱運び。トラックに支柱を積み、運び、下ろす。冷たい雨の中を合羽を着ての作業。地味。飽きる。

今日は何やらモヤモヤした気分だ。せめて空がカラッと晴れてくれていれば違うだろうに。

今の農業を始めて以来、農薬を使ったことはない。このことは往々にして地元のお百姓さんに対して驚きを与えるようである。使いたくないから使わなかったに過ぎないが、今となってはこのことがどうだったろうかと思うことがある。桜江ゴボウは通常、ピクリンという猛毒を使って栽培する。これを私もいくらかは使うべきだったのではないか。「はんだ牛蒡は美味い」ということを多くの人から言っていただくが、はんだ牛蒡といっても何も変わったゴボウではない。なるべく畑としての土に要らぬことをしないようにしてみたらこうなったのであって、特別な管理をしているわけではないし、誰にでも真似できることだ。

私としては「集団の中で一歩下がった」感覚でいるのだが、どうも周囲の受け止め方は違う。反田は特別だという目で、ポンと飛び出した風に見られていることを感じる。私などが目立っているのは、ここが過疎の田舎県であるという事情が大きい。目立ちたければ島根に来ればいい。あんたの実力ならすぐさま英雄になれる。

「はんだ牛蒡」がずいぶんと知れ渡っている。しかしこれは過渡期の名称にしておきたい。ここから受ける印象は、いかにも「特殊なゴボウ」的なものがないだろうか。特殊な反田が特殊な管理で特殊なゴボウを育てている、みたいに。しかし私は何も特殊ではないし、管理も特殊ではないし、できたゴボウも特殊ではない。

過渡期と成熟したステージとでは必要なものは違うことが多い。「はんだ牛蒡」の必要性はそう長くあるべきではないし、これが堂々と外を歩き回ることを私は望んではいない。

こんなことを言うとますますヘンクウに見られかねないが、3年前の先輩自然栽培農家の言葉をきっかけに自然に感じてきたこと。だから特別じたばたすることなく今後を考えていきたい。

11/5 精神年齢が低いまま

大学や農業研修の頃にお世話になった一つ年上の先輩がいる。造園業で新規起業し「高田造園事務所」を立ち上げられた。そして怒涛の活躍をされている。黙っていてもこちらも刺激になるというものだ。

その先輩が、自分は20代前半の頃から精神年齢が上がっていない、ということを口癖のように言っている。「ははは、わかる!」と、とりあえず笑っておいて、次の瞬間に一つの自信が湧き上がってくる。私だって精神年齢の低さには自信がある!ということである。

精神年齢とはなんであろうか。まあ簡単なことで、世間一般の年齢相応の平均的価値観というようなことであろう。これは時代によっても違うものであろう。価値観などというものはその時代時代の流行ということがある。あまりまじめに考えたって仕方がない。

そういう中では20代前半の精神年齢だって同じ理屈だろうが、この年代に限ってはいつの時代にも共通することがあるのではないか。それは強いて言えば「青さ」ということ。「現実」というものの対極にある「理想」というものを問答無用に追い求めるような感覚のもの。そのとき湧き上がる不安を恐れないようなもの。そんなところか。

もちろんその「青さ」を持ち続けるためには、緻密な現実の海を泳いで行く力がいる。「ロマンチックなリアリスト」。

「青さだけは負けてねえぜ~。」と自分に酔いつつ、中期的な楽しみを夢想しつつ、さあてと、毎年恒例の11月繁忙期に思いっきり突入である。

11/2 ボカシの崩し作業

秋蒔きゴボウの種まきが迫っている。今月中に完了して、冬はビニールトンネルでの草取りマラソン、収穫は来年の7月頃という長丁場である。

今年はトンネルが微増で30棟の予定。その施肥計画をようやく立てた。自然栽培を意識して3年間無施肥でやってきた圃場たちだが、「抜けない」ゴボウ問題の解決の目処が立っていない今、すべてでの無施肥管理など恐ろしくてできない。悩んだ挙句、圃場の性格を読んで、10棟を自然栽培で、20棟には追肥をすることにした。

追肥は従来の管理で。播種直後に自家製ボカシを条間に散布。条1メートル当りおよそ180グラム。土とは混ぜずに地表に置くだけ。ボカシの原料は多い順に、おから、米ぬか、くず大豆、もみ殻、天日塩。4年前に同じ圃場に作付けしたときは、この管理でスポスポ抜けた。だから今回もそれで行ってみようというわけ。

常時スタッフがいた2009年まで、このボカシ製造をしていたのだが、自然栽培の世界を具体的に知ってからはその在庫が減らない。倉庫にはその頃に作ったボカシの山(とネズミのねぐら)。もう3年も前だからコチコチに固まってしまって散布ができない。今日はそれを崩す作業を。

ブロードキャスターという肥料を撒く機械にコチコチのボカシを入れて撹拌。しばらく回すとお互いが擦れて粉々に。昨日~今日と丸1日相当でこの作付けで使用するおよそ600キロができた。

このボカシ、製造時に土嚢袋に入れて切り返しなしで積み上げているだけなので醗酵のムラが多いが、上手くできているところは醤油のような色と香り。

このボカシ製造の研究に懸命に取り組んだ時期があった。遠い昔のように思える。

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