年末年始の出荷について

はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2012年12月の記事

12/31 年越しとテレビ

今の家に引っ越したときにテレビを接続するのにそれなりの金がかかるという事情があったため、ちょうどいいということでテレビをやめてしまった。以前にテレビをやめた頃があったがもう20年も前だから、実にそれ以来のテレビのない年越しである。

夜は近くの実家に行って両親や久々に会う兄弟、姪っ子などと時間を過ごしたが、戻ってきてからはいつもと変わらない夜。うん、何も変わらない。いつものように夫婦で細々と語り、気まぐれ勝手な息子の相手をし、静かで賑やかな夜が更けていく。少し違うのは23時を過ぎたのに私一人頑張って起きてこんな取り留めのないことを書いているということ。

一年の締めくくりだからと何か書いてから寝ようと考えたのだが、書き出したもののなかなかネタが浮かばない。それくらいに特別な感情が湧かない。一年の総括や回想をする気分にどうもなれない。それはこの時期には仕事が一段楽していないためということが大きいからだとは思うが、一つは年を越す雰囲気はメディアから押し付けられていたのではないかということをこのたびは感じ、女房とともに話していたところだった。

農作業の管理の都合で「旧暦」を意識することが少なくないし、うちのサイクルでは旧暦の年越し(今年は2月10日)あたりが毎年一区切りになるので、気持ちを新たにするのはその時でいいかなと思ってはいたが、このたびのテレビのない年越しを経験してみて、メディアから「独立」した今の生活で旧暦の年越しをどのように感じることができるかが少し楽しみになっている。

つまらぬことを書いていたら、あと20分で「年明け」になる。さっさとアップして早く寝てしまおう。明日が寝不足になる。

12/29 勘が鈍っている

秋蒔きゴボウの排水対策をしていなかった。表面水の逃げ場のない圃場なので様子を見ながら折をみてやろうと思っていたのだが、今日がそのときになった。

本線の農道をほじくるので、日が暮れて暗くなって車の往来がなくなってから開始。回送しておいたバックホウで溝を切ってパイプを埋めるだけ、ではあるが、暗いし土がぐじゅぐじゅだし腹が減っているのでいい仕事にならない。

だからまあこんなもんか、というところで終えた頃にライトをつけて一台の車が。地区の区長さん。最近サルの群れがうちの大豆後の畑に出没していたのだが、うちの畑の隅に檻を勝手に仕掛けたことの報告だったので、ついでに地元から苦情が出ていないか聞いてみたところ、「いやそれはない。」とのこと。

そして、うちの大豆目当てにサルが来て、ついでに周囲の畑も荒らしていく、という理屈を披露された。間違っているかもしれないし正しいかもしれないが、そんなことはどうでもいい、苦情が出ていることが確信できた。

アル中の私は早く帰って酒を飲みたかったのだが、明日以降の週間天気ではまた畑が閉ざされる。う~んとしこたま悩んで仕方がなくトラクターで耕うんを開始。大豆の残渣をすき込んだ。

これでどうだ、文句はあるまい。という今、反省せざるを得ないのは、どうも最近、勘が鈍っているということ。苦情が出ていることくらいもっと早くに気がつかなければならない。年のせいか幸せボケのせいか、なんだかよく分からないが鈍っている。勘を頼りに違和感をセンサーに生き抜いてきたと自負しているからにはこれは由々しきことである。

また近辺の悪党がよからぬことをたくらんでいるらしいし、しっかりしなければならない。

12/28 自然栽培に魅せられて(5)

自然栽培のポイントは「土」「種」「人」と言われる。この3つが変わらないことには、施肥をしなくてもすむ栽培は完成しない。なるほど意識をして自然栽培を目指し始めてわずかに3年経っただけだが、真剣にやっているつもりの分、「土」「種」はもちろん、「人」つまり自分がちゃんと変わっていることを感じずにはいられない。

一番ハッキリと変わったことは、作物は私が育てているのではないという感覚。施肥栽培を基本としていた頃は、いくらきれいごとを言ったとしても作物を育てているのは明らかに自分。見せ所は自分の腕。しかし自然栽培を始めてからは、自分が育てているという感覚とは明らかに違う。じゃあどうかといえばちょっと上手く言えない。もっとも始めて3年目に過ぎないわけだから安定した自然栽培の管理をしているわけではなく、これまで犯してきた過ちの清算(肥料を抜くなどの行為)に費やしているのみといえるので、だからそこはやっぱり自分が積極的に動いていくわけで、まだまだ偉そうなことはいえない立場ではある。

私はもともと謙虚に育てられた(爆笑)のではあるが、これまでに過ちを犯していたという気持ちは、力のない自分にさらに輪をかけて力のなさを感じさせる。土に対して「なんてバカだったんだ、落とし前は俺が頑張ってつけるから一年でも早くしっかりした土の遷移に戻っておくれ・・。」という気持ち100%。こうなると日常のあらゆる場面で見る目が変わる。恥ずかしいのであえて書かないが。

農薬と肥料というもの、どっちが悪いかといえば、この頃では肥料だと思うようになった。農薬は「仕方なく」やるが、肥料は積極的にやるもの。欲、見栄、驕り、慢心の産物。人間の力で、自分の浅知恵で、何かを劇的に変えることができるという勘違いが人間のあらゆる行為に反映されている。

勘違いしてはならないのは「工夫」自体は大事ということ。自然栽培では施肥をしなくても作物が育つ工夫をする。しかしあくまで自然の現象を超えない範囲での所作。「効果」の裏には必ず「弊害」があるという真理。自然の現象を超える効果がもし認められるなら、その裏には必ず何かをゆがめる弊害がある。こういうことをきちんと意識する。

例えばうちの「抜けないゴボウ」問題。施肥をすることで抜けやすい形状に育ってもらおうという解決策でのぞんでいるが、いくら、食っても平気という材料だけで作った自家製のボカシ肥料とはいえ、形状を明らかに変えてしまうほどの「効果」があるのだからそれは量が多すぎ。昨日風に言えば明らかに菌にそっぽを向かれる「弊害」のあるゴボウになってしまっていると思われる。だから本当は例えば株間間隔を広げるなどの方向の工夫で解決すべきと思うが、今のところ苦戦しているためそういう管理に甘んじている。

野をかける獣も空を飛ぶ鳥も糞をする。しかしそれらの量は、植物に「効果」があるほどの量ではないということが言える。畑に堆肥厩肥を含めて肥料を入れるべきでないというのは、作物に効果のない程度なら入れても「問題がない」ということの裏返しでもある。

有機農業の世界には悪人が意外と多い。JAS制度の普及で「制度上で使える肥料を血眼になって探す」行為と関係がないとは思えない。だから自然栽培の世界には本質的には悪人がいないのではないかと思ったりする。(偽装する悪人は後をたたないだろうが。)だから最近、この近隣では相当悪い奴らが自然栽培の世界に絡もうとしているということを噂で耳にしたが、きっと上手く行かないのではないかと思っている。

連載はひとまずこれでお終い。いつものように偉そうなことを書いてきたが、自然栽培を目指してまだ3年目、そのあたりの自覚は忘れてはいない。しかし3年目だからまだ偉そうなことを言ってはならないとも思っていない。ベテランから見て見当違いのことを言ってたとしても、気づいたときに直せばいいではないか。

偉そうついでに最後に一つ言わせてもらえば、見栄も驕りも慢心もない世界、私には自然栽培に関わる人生がそういうものに見えている。

12/27 自然栽培に魅せられて(4)

施肥行為の愚かさを示す例がまだある。むしろこちらネタが本流か。

酒や味噌などの発酵食品を作るときには麹菌の力を借りるが、それら麹菌は現代では人工培養して作ったものが実はほとんどすべて。なぜなら天然の麹菌(酵母菌ではない)が取りつけないような農産物しか巷にはないからだ。天然の麹菌が取りつけなくなった理由が肥料。肥料を吸った農産物にはこれらが取りつけなくなるらしい。

ちなみに人工培養で菌を生産し販売する業者がこの世に出始めたのは、畑に下肥を積極的に入れ始める時代と重なるそうだ。

実際に私もいい体験をさせてもらっている。震災を機にタルマーリーというパン屋が岡山に引っ越して来ているが、そこでは天然の麹菌を使用している。製造の過程でお米を使うときに肥料分を吸ったお米は発酵しないという。つまり最終的にパンが作れないということ。これを知ったときに改めて心が躍った。試にしさっそく自然栽培転換1年目のお米を10キロ程度の供出し、使ってもらった。

結果はというと、発酵はした!らしいのだが、発酵過程で化学臭がしたとのこと。聞けば、肥料に牛糞を使っていれば牛糞の匂いが、鶏糞なら鶏糞の匂いが、というふうにお米が吸っている肥料の匂いが発酵の過程でするというのである。うちのお米の場合、新たに借りて1年目の田んぼだったので、これまでの耕作者が田んぼに入れてきた化学物質の匂いが反映したということ、しかしながら菌の活動を阻害するほどの残量ではなかったということだろう。

タルマーリーの女将が言っていた。「菌がすべてを語ってくれる。」自然栽培を目指す私や生産者は、ここに正直に向かい合ってみようということ。我々が人間の浅知恵でごちゃごちゃ言っても仕方がない。

タルマーリーの主が言っていた。「菌本位制。」貨幣制度の一つの金本位制をもじったユニークな表現。菌に指針を委ねる。我々はそれに従う。

これを読むあなた。私が知っている人か知らない人かはわからないが、きっとあなたは大した人間ではない。頭がいいこと、努力家だということ、冷静だということ、分別が長けているということなどは認めるが、菌の前では大した存在ではない。風の谷のナウシカに共感した経験があるなら話は早い。あなたの悪い頭で考える屁理屈は、菌が示す自然の摂理の中でどういう位置づけになるだろうか。

ちなみに耕うんの良し悪しや、不耕起がどうこう、マルチがどうこうということは菌は語らないようである。

続く。

12/26 オーガニックフェア

続きはボチボチ。気の向きがあるから。

何を書こうかなあと思ったところ、そういえば先週末に「第2回しまねオーガニックフェア」に出店してきた。昨年のが異常に楽しかったので喜んでホイホイと。よく売れたということもあるが、それ以上に世の中に一石を投じるというつもりが楽しい。うちの商品を挟んで微妙な理解の程度のお客さんとやり取りして「へ~」という反応がたくさん引き出せた。怒涛のようにお客が来て、そのプラスアルファの対応にてんやわんや。

という記憶が鮮烈なままの今回の参加だったが、ここで大失態。あろうことかゴボウを車に積んでいくのを忘れてしまった。会場に着いて気づいたときのショック・・。ゴボウ屋がゴボウを忘れてどうする。もう憂鬱でテンションが上がらなくなってしまった。案の定、ゴボウを期待して来るお客に次々にお叱りを受ける。仕方なく、ニンジン、サトイモ、大豆のみの販売。何とも力が入らない。

ゴボウがないせいか、お客もいまひとつ。今年は全体的に入りが少ないという話もあったのでそのせいかもしれないが。

まあいい。このフェアのもう一つの楽しみ。人との再会。意識の高い出店者どうしの交流はもちろんだが、私としては行政の人ということがある。彼らには異動がある。このフェアでは客としてきた多くの彼らに会える。今年も「戦友」の一人と出会えた。私もそこまで言っていないし彼もそう思っていないかもしれないが、私ら夫婦にとってはそんな感覚。

戦友。そういう響き。来年がうちの10周年。多くの人にお世話になりつつ、もうそんなに時が経った。

ところで今回は「有機農業ってなあに」のような座談会で1時間ばかり登壇した。座談会という感じにはならんかったけど、まあ一番言いたいことだけは言わせてもらった。もう少し適当節を発揮したかったところだがこんなものか。来年とか司会をやらせてくれんかな(笑)。

12/25 自然栽培に魅せられて(3)

ようやく続きを。

自然栽培とは、「無施肥でも作物が育つようにいろいろなことを見直す栽培」だと書いたが、するとこんなことをよく言われる。「無施肥にしたところで、耕うんもするしマルチも使うし除草だってするのだからぜんぜん自然じゃない。しかも自然界では動物や鳥がウンチを落とす。無施肥を目指す意義がわからない。」

なるほどもっともらしい。しかし私がやっているのは、日々の管理行為を自然に近づけようというのではなく、より自然に即した作物を育てようということである。「栽培」という経済行為であるからには化石燃料も使うし、たくさん育てるために不自然なこともする。そういう管理をするんだけれどできた作物はより自然に近いものである、ということを目指している行為である。

無施肥を基本とした自然栽培を実践してみて一番驚いたことは、できる作物が変わるということ。これまでも美味かったが、さらに美味い。しかし美味いというのは人によって違う感覚だからあまり言いたくなくて、何より驚いたのが野菜が腐りにくいということ。これまでは放っておけば野菜は腐るものと思っていたのがそうではなかった。植物は本来腐らずに枯れる。腐るのは動物。植物が腐るという不自然な現象の影に肥料の存在。

適正な耕うんやマルチングそのものは、できた作物の品質をほとんど左右しない。それだけ土に対するインパクトが少ないのだろう。などというとミミズを言われる。耕うんという行為、ミミズにとっては核爆弾のようなものかもしれないが、育てたいのはミミズではなく作物。ミミズがいたほうが作物はよく育つかもしれないということが混乱に拍車をかける。ミミズはいてもいいけどいなくてもよい。そこをコンガラガラないこと。

それに比べて「施肥」という行為。土にとってこれは最悪である。作付の度にせっかく作物の根と共に土が安定した方向へ向かおうとしているのに、それを根本から邪魔してしまう。先日ヒアリングを受けた県の技術の方々を前にも言わせてもらったが、土にとっては見たことも聞いたこともない「異物」による侵略行為、まるでエイリアンである。土に対するインパクトを、耕うんを1とすると施肥は50とか100とかあるのじゃないか。

そして何より、食べれるものが限られている過敏症人たちは、施肥をしたものが食べられない。耕うんの有無は関係ない。

冒頭に書いたような疑問を抱くのは、食の問題とエネルギー問題を混同しているためと思われる。

続く。

12/21 明日はオーガニックフェア

明日は松江のくにびきメッセで「オーガニックフェア」に出店予定。そのための準備で大わらわ。自然栽培のゴボウとサトイモとニンジンと大豆を売るよ。

「続き」もたけど、最近まともなことを書けてないな。ブログ始めてもうすぐ6年経つけど(そんなに経つのか・・)、ここまで書けなかったのは初めてじゃないか。

ということで今日も終わり。明日もお泊りだから書けん。明日メッセで会いませう。

12/18 暇なし

続くと言いつつ続きなし。ちょっと暇がないんよな。

やるべきこと、考えるべきことが多すぎる。まあこうやって少しずつ収束していくんだけど。

12/17 衆議院選挙

自民党の圧勝に終わった。

この田舎で生業を成す者として、自民党の悪口など言って得することは何もない。増してやこのブログのようなところで書いたってロクなことはない。しかしどうしてもちょっと触れたい。

今回の選挙の結果は選挙制度によってもたらされたものだ。比例区で自民に投票した人は30%に満たない。この程度の第一党という結果は前回の反動を思えば仕方がない。

そしてその30%足らずの人たちの期待は、B層対策として前面に出した景気のことらしい。戦争ができる国になると懸念する人が少なくないが、そのことに積極的な人は少なく、幹部がいくら笛を吹こうが「選挙区に帰って支持者に説明できない」ということになって到底実現するとは思えない。

自民党の主張を実施したら景気が良くなる、デフレが止まるなどということは、悪い頭の私が考える限りではまさかないだろうと思っている。いくらかの程度の差はあるものの景気対策はどの党がやっても同じこと。景気とはそういうものだという認識が数年後にようやく認知されるのではないか。

選挙制度の改革が何より必要だが、これからまずは20年とか30年とかかけて民主主義というものを作り上げていく流れになってきているのではないかと感じている。

そしていつになっても争点は原発問題、と私は思っている。

12/15 何をやってんだか

う~ん、タイミング仕事の津波・・。のくせ、のんきにプライベートを入れている。この辺の整合性を自分の中でどうとるか。

12/14 ちょっと中断

続きを書くといいながら、タイミング仕事が押し寄せてきていて時間がない。

ゴボウの収穫は今日で終わった。ニンジンの母本選抜は昨日。今日はこれからサトイモの調整作業。

なんでこんなに忙しいのだ。

※草取りマラソン進捗率 6%

12/11 自然栽培に魅せられて(2)

自然栽培をやっていると言うと、ほとんど聞かれる質問。無施肥で作物が育つのか、ということがある。これについては、なんとも言えない。やってみると育つ場合もあるし育たない場合もあるから。もちろん流通レベルに乗るくらいのものに育つかどうかということを言っている。どんな貧弱なものでもいいというのであれば育つに決まっている。

私自身はあまりに経験が短い。うちで上手くいっている圃場はこれまでの肥料が残っているということがあるだろうと思っている。しかしもちろんそれだけではないという実感はある。また多くの先輩農業者の例を見ても、無施肥で育つことに間違いはない。無施肥で育たないとしたら、それは何か育たない原因がそこにあるからだと考えるのが自然ではないか。

無施肥で栽培するためには、それなりの工夫や苦労がいる。これまで肥料に頼っていたがためにナイガシロにしていたことを見直す必要がある。その一番が肥料が溜まっている層を破壊するということになる。この層があるために根を張るべき空間が損なわれている。施肥栽培ではそんなことをしなくても新たに与える肥料の力を借りて誤魔化すことができる。というより土壌分析などと言ってそれで誤魔化すことしか考えない。おかしな土俵を作っておいて、その上で必死で知恵を絞っているという典型。これは思い込みか無知によるもの。このことは一例で、そういう管理上のことがたくさんある。原点に帰ってそれらを見直す。

つまり無施肥を基本とする自然栽培とは、「肥料をやらない栽培」ではなくて、「肥料をやらなくてもすむ栽培」のことであると言える。

こういう栽培を実現するためには「時間」がかかる。今すぐ施肥を止めてみた。初めは残った肥料で育っていたが、年々育たなくなってしまった。そこからスタートである。何年で育つようになるか、土によって管理によって異なるから、それすら分からない。なんとも気の長い話。

だから取り組む生産者は少ないし、やっているとストイックなどと片づけられてしまう。

しかしそう思われるのは案外と、受け止めるほうが全面積でやった場合を考えてしまうからではないかと思う。0か100かの感覚。わずかに一角から始めるというのであれば、別になんということではない。そして無施肥がゆえに学べる気づきがあり、それは施肥栽培の管理上でも有効なこと。少なくとも土壌分析と称する単純な数値化行為の無駄には気づくのではないか。

続く。

12/10 自然栽培に魅せられて

「この世界」のことを知ったのは2009年。見ず知らずの人から講習会の案内のメールをいただいたことがキッカケ。そういう意識は当時すでにあったから参加は即決。誘っていただいたのは出雲のN氏である。このことがなかったら、そのうち始めていただろうとは思うが、いつになったことやら。ただただN氏とご縁に感謝である。

自然栽培とは何か。ガイドラインがないので様々な解釈がなされているが、私がやっているのは、簡単にいうと肥料や堆肥を圃場に持ち込まないという栽培。農薬はもちろん。それ以外は普通の管理をする。トラクターで耕すし、畝も立てるし、マルチも使う。草は可能な限り除去する。そういう栽培。

初めての講習会ではあまりの衝撃と興奮でヘトヘトになってしまった。会後のアンケートなどまともに答えられない、サウナに長時間入ってすべてを搾り取られたような感覚。

「くれぐれも少しずつ面積を増やすように」と念押しもあったが、そこはバカの本領発揮。さっそく2010年はすべての作物のほぼ全面積で実践。そしてひどい目に。しかしこの年は大きな洪水もあったため、懲りずに2011年もほぼ全面積で。でバカはようやく自覚をすることになる。2012年はきっちり計画して全体の2割くらいの圃場では有機肥料を使って栽培した。

この秋に蒔いたゴボウは、自然栽培は3分の1。3分の2には有機肥料を表層施肥。今後も圃場条件によっては有機肥料を使いながらやっていくつもり。しかしゆくゆくは全面積での移行が目標。

このように技術も経験も浅いが、すっかりこの世界に魅了されている。自然栽培のこと、この周辺で日々考えることなど、続いて書いてみたい。

12/8 研修会は欠席

今日は車で1時間くらいのところで、西村和雄氏を招いての研修会がある。会自体はもちろん、交流会、2次会などを楽しみにしていたのだが、諸事情により参加できないと思っていたところ、日中も何だかんだと忙しくなったので結局行けないのは農作業のため、ということになってしまった。寒くなったとはいえ、タイミング仕事があるうちはまだまだ余裕がない。めどが立つのは来週後半か、それまでの辛抱、というところか。

その一環で、昨夜からの暴風。田津地区の皆さんのトンネルやマルチなどは壊滅だ。うちのトンネルは無事だけど。点検した限りでも特に問題はなし。トンネルの心配は、積雪の圧力で緩んだところに春の陽気でビニールが伸びるために起こるのだ。この時期はかなりの風でもびくともしない。

さて、もうお終い。外は寒いがどんどんやらねば。ゴボウの選別。

12/6 気温が低くて大慌て

この時期にしては珍しい低温である。そのせいでサトイモが大忙し。

先日ひいこら言いながら収穫して出荷場に山積みにしているのだが、今度はそれがまずい。今日だって日中は低温だったが予報では夜から朝は氷点下。めったにないことがこの時期にやってきたもんだからいろんなことが混乱。とりあえず元冷蔵庫だった空間に押し込んで練炭を焚くことに。それだけで丸ちゃんのても借りて朝から丸一日かかってしまった。さあ、これでどうなんだ・・?

百姓というのは何でこんなに慌ただしいのだ。トンネルの草取りマラソンが始まるまでの数日は少しスローペースでやろう、くたびれている腰の治療でもしよう、と思っていたのにそれどころではなかった。

今、練炭の火力や室温が平衡状態になるのを待っているところ。早く帰って酒飲みてえなあ。腰もだりいし、横になりたい。

12/5 変なものが食いたい

今日もメールのやり取りネタから。いただいたメールに返信したもの。

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偉そうなことを言いつつ、私らも現実は大したものじゃないです(汗)。

作業をしながら大したことのないお菓子をボリボリ、安い酒をゴクゴク、私はラーメンがやめられません!

こういう自分らがどう変わっていくか、他人事のように眺めています。 変わったら説得力があるなあって。 こんなこと考えてるだけで毎日楽しいですね。

そうそう、今日限りでゴボウのネット販売を中断します。 再開は来年の秋になると思いますので、 また覚えておられたらよろしくです! --------------------------------------------------------------------------

こういう農業をやっていると、反田はさぞかしいいものばかり食っているのだろう、などと思われがちである。しかしうちのような「少品目大量生産」のタイプの経営では、ほとんどの食材をどこからか買わざるを得ない。ネットを利用していい食材を取り寄せることもたまにはやるけど、面倒くさいよね。その辺のスーパーで買うことが多い。

こういうのは遊び感覚でやればいい。ちょっと遊んでみたら体が変わった!となるとこれが結構面白い。ほとんどの人がやみつきになると思われる。で、時に変なもんが食いたくなって、食ったら体がてきめん反応する。これまた面白い!ということになる。

まあ本当は、私はまだ「種を打ち」たいので、こんな遊びでなくて真面目にやればいいのだろうが、いまいちできずにいる。

そういえば、最後のところ。はんだ牛蒡のネット販売は今日をもって中止。こんなに売れるとは思っていなかった。ありがとうございました。

12/4 ゴボウのお客さんとのやり取り

ついさっきの、ゴボウのお客さんとのやり取りを紹介。

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ごぼうの感想です。

私が大好きな野生的な鮮烈な香り、その分エグミがあるのかと思いきや、爽やかで軽やかな味、肉質もきめ細やかで食感もよく、、、 つい、切りながら生のままでつまみ食いしてしまうほど。 こんなごぼうは初めてでしたので、本当にビックリしてしまいました。

先ほど野菜スープとしていただきましたが、言葉でいい表すことができない美味しさで、こういう食事をしていたら、悪い人間は作られないと思いました。幸せとか感謝とか、そういう感情しか湧いてこないですもの。

私は地元の農家さんから直接野菜を買ってきたし、有機農業をやっている友人たちの野菜も食べてきましたが、今回ばかりはちょっとビックリしました。 A夫妻やB夫妻が言っている意味がわかりました。

私のお客様にも食べていただく予定です。

大豆も楽しみにしています。

Cより

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C様

こんなに賛辞をいただいて恐縮です!

というのは最近は違ってて、こういう評価をいただくことが多くなって慣れてしまいました(笑)。

しかし自然栽培を始める頃からは、こういう時に必ずこのゴボウを育ててくれた「田津」という地区の畑の光景が頭に浮かびます。 このCさんのメールを読みながらも、浮かんだ田津の光景に、「だってよ・・。」と呟いたところです。 私の中でこういうことが自然になりつつあります。

自分が育てているという傲りも慢心もない世界。本当に透き通った世界ですね、この世界は!

ああそうだ、ちょうど今日のブログを書こうとしてたところでしたので、このやり取り使わせてください。 (特定のところは伏せますので。)

大豆、準備できましたらご連絡しますね。

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12/3 ギロチンが落ちるぞ

週間天気予報がひどいことになっている。今年は早いな、くそ。今日一日があまりに穏やかなため、やたらめったら忙しくなっている。

サトイモの堀上げとニンジンの母本選抜だけはしておきたかったのだが、後者は無理・・。またもや生きた心地がしいない・・。しかしちょっとした工夫をする。またの機会があることを祈るのみ。

12/1 日々を後押しする想い

昨日、無事に今期のトンネル設置を終えることができた。目標の11月中が実現。今日は風が強いし、天気予報も今後悪くなるみたいだから、ぎりぎりセーフ、逃げ切った!という安堵感にこの上もなく包まれている。

今年もトンネル数を増やした。2棟増やして30棟。今のうちの設備ではこのあたりが限界になっているが、とりあえずギリギリ可能なだけ頑張ってみたわけ。それもこれも、供給が需要にまったく追いついていない今の状況を少しでも改善したいため。経営的に有利ということはもちろんあるが、今どきの私の中では、少しでも多くの人にうちのゴボウを食べてもらいたいという思いが大きくなりつつある。

総選挙が近い。放射能問題のみならず、この世の環境と健康をむしばむ社会とその構造。ここに私が何か貢献できるとすれば、それは害のない食材をひたすらつくることであろう。他にもっと違った役回りだってしたい気がないといえば嘘になるが、私にできうること、「しかるべき」ゴボウやお米などの栽培は、これ以上に尊いことはないだろうと思っている。やりたくてもできない人がほとんどなのだから、私は偉そうなことや受けのいいことなどしなくてよくて、ただひたすらにゴボウを作っていればいいのである。

そういう思いの延長のトンネル増設。合わせて頑張りたいのが、春まきゴボウの確立。大量に「はんだ牛蒡」を栽培し、フードマイレージの問題はこの際棚に上げておいて関東方面にとにかく送り込む。どんどん送り込む。うちのゴボウを食べることで、かの問題が少しはマシになるのかどうか、そんなことはわからないが、私が心底したいことというのはそういうこと。

明日は久々の休み。家族で久しぶりに出かける予定。思いっきり羽を伸ばしておいて、来週はゴボウやサトイモの収穫や、ニンジンの選抜作業、そして何より設置したトンネルの草取りマラソンが始まる。

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