はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2013年1月の記事

1/31 今日もダメだ

今日も発熱は下がらず・・。むしろ上がってやんの。家族に移ったら大変。なんか寂しいね~。

1/30 集落の衰退とうちの取り組み

昨日の夜から発熱でダウン。今回はちゃんと体温は上がっているので心配なし(笑)。

近所で不幸があったので、今日は本当なら朝から通夜の準備などを手伝わなければならないのだが仕方がない。みな高齢のため手伝いに出れる人自体が少なく貴重な若手だというのに、申し訳ないことである。

亡くなられた方は、長年うちに出られていたらしい。(うちは元々建設会社。つまりうちに勤めておられたということ。)知らなかった。私が大人になる前にやめられていたが、私が今の農業を始めた時にはまだ健在で畑に通っておられた。そのうちその畑はうちに貸し出されることになったが、今期の自然栽培ゴボウの多くはその畑で育ったものである。

それにしても、この地区に引っ越してきてまだ1年が経たないが、すでに3件目の不幸である。そしてそのたびに集落の縮小を実感することになる。また週末にあった地区の球技大会ではチームが組めない状況にも出くわした。家を買って定住すれば、否応なくこの地の課題が密着してくる。

今日は出荷や草取りマラソン(まだやている・・・)は女房に任せて、私は石油ストーブのついた自宅でゆっくりしている。私一人のために相変わらず無駄な石油を使う。時折りパソコンを開いてはフェースブックに目を通す。トランジッションなどといって三瓶山麓で、以前はいなかった連中が面白いことをやろうとしている。その一部に自然栽培の米つくり。部屋に寝転がって私も参戦。何とも不思議な時代ではある。

明後日は環境エッセイストの天野氏の視察団も来る。島根県西部でのある取り組みのために、自然栽培に転換を目指しているうちの取り組みを視察するのだそうだ。

グローカリズムなどと大げさなことを言う気はないけれど、私の漠然とした大きなものへの挑戦は、すでに地域の当事者として生きていかねばならないことの延長線上にある。この集落、地区という単位と、私が目指している自然栽培の取り組みはどのように交わり、どのうように融合するか。考えていて不安は大きいけれど、まずはしっかり体調を治して、明日の葬儀の駐車場係くらいはできるようにしなければならない。

1/29 無駄などない

生まれが非農家だったので、農家になりたい一心のこの15年間だが、思いかえすとずいぶんたくさんの無理・無駄・ムラ・無茶をやってきた。さすがにこの歳になったら無理や無茶というのはあまりしなくなったが、無駄というのは相変わらずだ。ここ数日など、やっていることがすべて無駄なことに思えくる。

しかしこの無駄ということ。考えてみれば不思議な概念ではある。今やっていることが無駄かどうかということは、今は分かるものではない。ずっと先になって、ああ無駄だったなあ、などと感じることがあるということである。

もう一つ。無駄とは打算の裏返し。ここ数日はサトイモに翻弄されて、諸事情によりロスの多いことばかりやっている。だから「骨折れ損」などと昨日書いたのだが、考えてみれば私ら夫婦がサトイモについてあれこれしていたことは、私ら夫婦が同じ空間でともに生きていたという、ただそれだけのことである。夫婦で仲良く楽しく生きているという、なんともありがたいことである。

ただ、長生きをしたければあまり体の酷使はよくないから、そこが不満。腰の骨がすり減った分の見返りがはたしてあるのか、などということをつい考えてしまうから辛くなるのだ。

1/28 この忙しさは無駄か

うううう~、百姓とはなんでこんなに忙しいのだ。しかも今の忙しさは、ただの骨折れ損かもしれん。まあ人の幸福は金とはあまり関係ないのだから、体に負担をかけん損なら構わんのだけどね。腰の骨をいくらか削ってそうだから嫌なんよな。

1/26 メールが受け取れない

メールの不達が起こっている。相手が出したメールが私に届かないのだ。なぜ。

今のところ判明しているので3人。まだおられるかどうか。

私にメールしたのに明らかに返信が来ないなあ、という人はご連絡を。

1/25 ニンジンそろそろ掘るか

今日は寒みいな~。

来週から始めようかね、ニンジンの収穫。もっと早くにできれば楽にできたのに、今の時期じゃあね。まず圃場がズボズボで機械は入らんよ。

一年一年改善点を見つけていく。それしかないわな。「千里の道も一歩から」。気が遠くなる。やべえ、意識がなくなってきた。

1/24 意見交換会に参加

昨日は松江へ出張。有機農業の意見交換会に参加。

懇親会まで行って、いやあ、やっぱ県は凄いわ。つまり職員。ここまでするかという驚嘆、脱帽もある。島根県の有機農業の普及率というのは、数字で見るだけでは明らかに全国トップレベルで、まあこのこと自体はこの競争社会の中で、沈みゆく地域の悪あがきという側面が当然あるわけだから特に感慨はないのだけれど、意識の高い県職員の取り組みには毎度聞くたびに唸らされるものがある。

ということがその場ににじみ出ているんだから、当然熱い雰囲気。もちろん実践者や関係者である民間の我々も熱い。だから惜しむらくは、某資材屋の社長さんが開催前から強調されていたように、意見交換の時間が短いということ。提案は個別や二次会でもできる、じゃあなくて、やっぱり参加者で共有する、というか会として正式に所有することが大事だろうから。

懇親会後は3人でみっちりと。今書いたような期待できるようなことばかりではなくて、懸念される課題なども。お付き合いいただいたお2人には感謝。

それにしても、このたびもずいぶんと持ち上げられたね。1泊して松江を発ったのだが、のぼせ上がっていて仕事モードに戻らない。私は職人である。帰りの車の中で必死に自分に言い聞かせて何とか心を鎮める。

戻って、すっかり冷静に。山積みの課題に1つずつ向き合う。目の前のトラブルから気の遠くなることまで、何だかんだとあって途方に暮れることだ。

1/23 冬の作業と経営

冬の時間の使い方を、経営の中でどう位置づけるかを、今の農業を始めて以来ずっと考えてきた。ここは山陰。冬の天気の悪さということがある。田畑に入って作業をすることが簡単ではなく、作付けも限られる。

冬はできればゆっくりするということには憧れる。夏にしこたま動いて、冬はのんびりする。理想である。そうすればいいじゃないか、と簡単に言われることもある。それで生活できればそうしたい。つまり冬にのんびりしてもそれなりの年収を上げるということである。今考えれば、それも不可能ではないなとは思う。しかし経営には成り行きがある。それを無視することは不可能である。

農業を始めたとき、無茶をしようが無理をしようが、とにかく食っていけるという事実が欲しかった。→こちら その事実が得られれば、そこから創意により無理を少しずつ削っていって安定軌道に乗せようと考えた。いろいろな考えがある中で、たまたま私はこう考えた。

そのときに冬の時間の有効利用は至上命題。冬に暇では、夏の利益(もままならないのだが)を食い果たしてしまう。当時は常時雇用もいたのでなおさら。何かを作付けておくというだけなら、裏作の強い味方である麦もあるし、当時は大麦若葉なんてものを主流にやっていたので困らなかったが、これらは冬にやることがない。作付けてはいるが作業がない。「麦踏み」くらいのもの。これでは話にならないということで、死闘を繰り広げた挙句、今やっているゴボウのトンネル栽培に「運よく」行き着いた。これなら冬の草取りが欠かせないし、その労賃を十分ペイできることが分かった。ここまでに3年を費やした。

今の草取りマラソンの苦労は獲得したものなのである。

しかしながら、だからと言ってめでたしと簡単にはいかない。ゴボウが軌道に乗るにつれて販売にかかる手間も増えてきた。洪水の脅威とそれにともなう経営全体の対策も数年ごとに変わってきて、冬のウエイトが上がってきている。それに加え、これまた洪水になりにくい地区を求めた今田地区での展開と、他の作物の栽培や販売事情に強いられている様々な「試し」が冬に押している。さらにダメ押しで、常時雇用のいない今の体制。もう冬は十分に忙しく、当初の唯一の作業である麦踏みはできない状態。

このままではいずれクタビレてしまいそうなので、もう少し何とかしたいものだが、成り行きで増えたものは急には減らせない。少しずつ進めるしかないが、来期もすでにいくつかの改善点が浮かんでいる。そのうち良くなっていくような気はしている。

しかし問題は、洪水。これまでにこれが来た年の冬はめちゃくちゃである。このことまで考えてはいるつもりだが、その時にならないと分からないこともある。まあいい。来るなら来い。

1/22 新規作物の今

4年前からニンジンとサトイモの栽培を始めている。そうか、もう4年か・・、と思ってしまうのも、これらをまだ軌道に乗せれないからだ。

軌道に乗らない要因はそれぞれに違うが、両者ともに採算が合わせられずにいる。この採算の計算というのは、どういう基準でやるかによっていろいろな答えが出てくるので難しい。試行錯誤しているうちは「今後の見通し」ということを大きく加味しなければならないが、その見通しがまだ見えない。

ちなみにゴボウは、初年度の売り上げは0円。2年目3年目も30万円、などと、とても経営とは言えないレベルのものであったが、何となくの見通しがあった。

今日はサトイモのことをいろいろ悩んでいる。もう本当にいろんなことで悩んでいる。で、あり過ぎる問題点の中で、最大のポイントは結局は「栽培経費を下げるということ」だろうと考えている。これがソコソコ実現すれば、品質の問題、保管の問題、販売の問題、他の作物とのバッティングの問題、と何でもクリヤできそう。ということは当初から嫌というほど分かっていたが、このたびもそれを再認識している。

どんな作物でもそう、地味に栽培経費を下げるということ以上に将来の可能性を広げるものはない。付加価値路線とか6次産業化路線というものは、ごく一部の考え方に過ぎず、情報過多の中で目立っているに過ぎない。まあサトイモでそんなことは考えとらんけど。

来期で5年目か。そろそろどうにかしたいところ。あくまでゴボウとお米と大豆の邪魔をしない範囲での管理が前提なので、それが難題となっている。

1/21 「カンタ!ティモール」

「カンタ!ティモール」という映画を観た。

直接の評論などできない。あまりに圧倒された。観終わって、考えさせられることが多すぎる。考え詰めすぎて鬱になりそうになる。だから途中で考えることをやめている。

今、地球で生きる人間にとって、生きるということは石油を燃やすということである。車などはその象徴。あんた、この1週間で何リットルのガソリンを使った?目的はなんだ?美味いもん食うためか?友達とくだらん会話するためか?あんた一人のそんな理由のために何をやってるんだ。ああ、これは俺に言ってるんだよ。

暖房もそうだ。石油ストーブをつけて、蛍光灯をつけた事務所で、休憩のコレを書いている。俺一人のくだらん行為のために石油を使う。

評論家の真似事をしてても仕方がない。さあてと、どう生きるかね。これを書き終わったらとりあえず、目の前の腐ったサトイモを仕分けして、今後のヒントを掴むとするか。どうせ他に大したことはできやしないし。

世の中の問題はエネルギー問題だけではない。1は諦めて10をとることでいいだろうよ。10もなくて3くらいかもしれんけど。まあいいじゃないの。だめかねえ。

1/20 不思議な体調不良

ここ数日、体調不良。症状は微熱のそれ。しかし体温を計ると、なんと逆に平熱より5分くらい低い!これはどういうことか。

まずは酒の飲みすぎかなあと思った。年末年始で量が増えたということもあるが、冬になってなぜか酒が強く(?)なったことも大きい。飲んでも酔わないのはもちろん、あまりハイにもならない。飲みすぎで気持ち悪くなることはいわんや。だかたついつい量が増える。日本酒で毎日3合は下らない。

それからストレスもあるか。冬にしなければならない作業が全く進んでいない。機械のメンテや除草対策器具の作成など、来期の成否を分けるのは冬の間の準備によることが大きい。ちょうど昨冬は不備が多かったため、今期の多くの失敗を招くことになった。だからそういう焦りがある。焦っているがどうにもならない現実。そういうストレス。

またある人が、大気汚染のせいではないかと言っていた。最近中国からの飛散物が凄いらしいので、それはあるかもしれない。

何にしても、体のサインであるわけだから、あまりジタバタせずに冬眠モードを受け入れるようにしている。そのため、最低一往復が日課の草取りマラソンもこの土日はお休み。だからますます焦る。

1/19 販売に関する研修会

昨日、偶然にも似たような内容で研修会での発表を2件頼まれた。

1つはA機関から、有機JAS取得による有機農産物の販売方法について。

もう1つはB機関から、有機米の販売開拓の事例発表。

前者は、テーマがわからないまま以前から講師役を頼まれていて、テーマをようやく聞いたところ。あんまりおもしろくない内容だが(笑)、JASゆえの販売の考え方や実際の事例などを伝えることはできるだろう。

しかし後者。スタンスが事例発表。具体的な話をしないとまったく意味がないし、実際にうちのこの9年の事例を私の適当節で話せば、相当楽しめて参考になる内容になることは間違いない。しかし有機の世界は狭い世界だし、販売とは多くの人との関わりで成り立っているので、何を話しても差し障りが出てくる。なんなりと協力はさせてもらいたいので、電話を受けながらも、どんなネタなら話ができるかと頭を巡らせていたが、まったく見えない。ということでこちらはお断りをさせていただいた。

有機栽培に転換した人が誰でもぶつかる販売ということ。公的機関としては普及という視点でそれを後押しする上記のような取り組みは必要だろうが、販売の方法にはこれといったマニュアルがあるわけではない。それは農業に限らずどの分野でも同じこと。私もいろいろな事例は個々に聞いていたが、いざ自分がやるときに途方に暮れた。飛び込み営業などは怖いし勇気がないし、そもそも栽培で手いっぱいなので営業の時間がない。自分にできることしかできなかった。

一方でこんなところでくたばってたまるか、という一念。そういう中で生まれる縁と運。幾多の失敗と出会いと別れ。そして実に多くの人にご迷惑をかけて支えられて今がある。

結局は販路開拓というものがそういうものだと自覚して動ける人でないと、どんな研修会を受けても無駄かもしれない。うまく切り開いていける人は、具体的に言うと「泣きつける」人ではないか。他人に泣きつく。頭でっかちや「きれいな」人にこれは無理。泥臭く図々しく格好悪くなること。もっともそれだけではだめなんだろうけど、まずの取っ掛かりとしては言えること。だから自分を変える研修をしなければならないということになって、個人差は大きいが年配者には厳しいか。

1/18 もう少し

草取りマラソン87%が終了。これを終わらせんとどうにも身動きが取れん。

順調に行けば22日には終わる。もう少しの辛抱。それが終われば怒涛のように溜まった作業を片付けるのだ!!

まだ来期の計画も立ててないし(汗)。

1/17 ゴボウは連作が嫌いか?

昨日の最後に書いたが、ゴボウを連作に近づけることが、田津地区を活かす早道であると考えている。しかし厄介なことにどんな技術本を開いてみても、ゴボウというものは次の作付までの間を5~6年くらい空け(輪作という)なければ育たない、と書いてある。そのため世間ではピクリンという猛毒を土に注入して連作をしているところも多い。うちは当然そういうことをやらないわけで、じゃあ輪作はどんな感じなのかといえば、それは圃場によって違って、今のところ1年おきでうまく行っているところもあれば、5年空けてもダメなところもある。

私のわずか9年の経験では、肥料を多く投入してきた圃場ほど間隔を空けねばならない。逆にこれまであまり肥料を入れなかった圃場、または入れていても砂地のおかげで早く抜けていってくれたと思われる圃場では、間隔が短くてすんでいる。ゴボウに限らず野菜は一般に連作ができないと信じられているが、それは肥料を入れているせいだという見解があるが、私は実感を持って賛成することができる。

だからゴボウだって自然栽培を進めていれば、きっと連作が可能になるだろうと思っている。そしてこういうことは全国の事例を見るのが一番いいのだが、聞いた限りではゴボウについては皆さん苦戦していて、これだといういい事例がないらしいのである。そこが不安な要素ではあるが、ゴボウを観察していると、種はそのまま足元に落ちて、すぐに発芽してくる。もし連作が向かない植物であるのなら、少し離れたところに落ちる構造になっているか、足元に落ちたとしても次の年まで発芽しないなどの性質があるはずだというところに、根拠を求めているのである。

しかし先日女房がふと、「自然のゴボウは足元に種が落ちないんじゃないのか?」などと言い始めた。何を今さら訳の分からんことを言いよって、と思いつつ聞き返すと、「花房が服に引っ付くから、動物によって運ばれることを期待しているんじゃないか。」と言う。

おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 確かにそうだった!!種採りの作業をするとき、ゴボウの花房はうっかりすると髪の毛にでも何にでも絡み付きゃあがって始末に負えない。なんという盲点、盲信。ということはゴボウはやっぱり連作を期待していない可能性がある。もっとも単に子孫を拡散したいがための性質かもしれんから、がっかりするのは早いけど。

しかしながら、根拠が少し揺らいで憂鬱になってしまった。しんどいの~。

1/16 管理が行き届いていないこと

ほんの今まで、県の人が3名来られてヒアリングを受けていた。目的は水稲栽培の事例集のネタ。

2009年にも同じ目的で受けたのだが、そのころは管理も収量も安定してきていて、そういう目的の取り組みに協力のしがいがあったが、このたびは違う。ここ3年のうちの田んぼの表情は明らかに悪く、いかにも「捨て作り」的な感じ。これは自然栽培に移行して管理技術が未熟なことに加え、経営全体が一時的に広がっているので手が回らなくなっていることのためである。しかしそういう原因はハタからは見えない。単に「ずぼら」になっていると思われても仕方がないことである。

以前は田んぼにいると、周囲の人から声をよくかけられた。「なんとマゲに(上手に)やるなあ。」という感嘆の声だった。しかし今ではあまり寄り付かれなくなった。草がたくさん生えて稲がチョボチョボ。「あれじゃあだめだ。」と思われて、何かの機会には内輪で噂をされていることは間違いない。気の毒がられると、声をかけられなくなるものだ。それで、うるさいことを言われなくていいなあ、などとのんきにしていてはいけない。地域の人のこういう目は大事なことである。

ただ、初めからこうだったわけではない。最近こうなっただけで、頑張っていた私を多くの人が知っている。早く見た目を回復させることで信頼は保てるはず。

一方、田津地区の畑では、来年から借地契約期間の10年目を順次迎えていく。これから整理をしていく時期に入っていくわけだが、水田同様に管理が行き届かず、見た目がパッとしなくなった影響はここにどういうふうに表れてくるだろうか。きちんと管理をしておけば万事トラブルは起こらないものだが、今となってはどうしようもない。

ゴボウを連作に近づけて農地を空け、新規で田津地区に入植する農業者を増やすという一連のサイクルが、この(神様が与えてくれた)素晴らしい田津地区の土を生かす唯一の方法ということを信じて疑わない。現実と課題がいろいろあるが、私は下を向いてここに切り込みを入れていくことに集中する。

などと書いていると勝手に興奮してくる。今日のようなヒアリング一つからでも飛躍してこじつけて、勝手にPCの前で熱くなれるという、実に私は都合のいい奴ではある。

1/15 暇ねえなあ

最近なんだかんだで暇なし。今日はJASの年次講習。もっと面白くてタメになることやってくれんかな~。

1/11 穏やかな日が続く

この冬は先月が寒かったが、ここにきて穏やかな天気が続いている。山陰の冬らしくない、嬉しい毎日である。

草取りマラソンはクヨクヨしながらも順調に進んでいる。一昨日からは女房も参戦してくれて気が楽になった。そして何といっても今年は腰の調子がいい。去年が最悪で、上半身と下半身が繋がっているのかどうかの感覚がなかった。今年調子がいい原因はわからない。わからないので、私の「行い」が良いからだということにしている。そうすれば気分がいい。

それからニンジンの収穫の準備。一日に少ししかできないので、まだやっている。今日はスプリンクラーの片づけ!3か月前に使い終わっていたのに、ようやく撤収。劣化が怖い。

明日はニンジンは中断して、春蒔きゴボウの準備を始めるつもり。畑がなるべく乾くのを待っていたがそろそろ良かろう。なかなかいい結果のでない春蒔きの作型が、もう始まるのか~とため息が出ることだ。

1/10 人生も冬眠モード

ここにきて頭が忙しくなっている。初めてやること、まだ運用軌道に乗ってないこと、予期せぬこと、などが次々と押し寄せてきて、焦りと不安ばかりが先行する。

その一方で農作業はひたすら地味。しかしタイミングがあるのでこれも急がねばならない。

昨日も今日も明日も、トンネルの草取りマラソンは外せない。頭の中ばかりが先行して、もっと時間が欲しい!というときにジッと草取りを連日というのはかなり堪える。急ぎたい自分と急ぎようのない作業に縛られる自分。以前、田んぼの草取りで歩行式の動力式田車を使ったことがあるが、あれ、手前に引っ張っていないとターッと走って行ってしまって効果がない。数日やり続けたが、手前に引っ張りながら前へ歩き続けるという行為が意外と辛かったことを思い出してしまった。

あの頃は何でも「修行だ!」と自分の中で消化できたけれど、どうも近頃は違う。しんどいことはなるべく起きないように期待するし、起きれば反省しても無駄な類の後悔をすることもある。どうも、くたびれている。少し前に精神年齢の低さには自信があると書いたが、実際にはそれほどでもないということである。

まあいい。冬眠モードというのは1年サイクルのものであるが、人生の中でもこういうサイクルがあるだろうから、今はただジッとしていればいいという心地よい諦め。そのうちむしろ暑苦しいくらいの人間になれるかもしれない。

1/8 畑が乾いた

この時期に畑が乾いたぞ~。想定してなかったので急きょ大忙し。

草取りマラソンは朝一の2時間でやめて、苗代の準備を少し。ふふふ、今日は7時半に家を出たぞ。明日は7時が目標だ。

今日は暗くなるまでニンジンの収穫の準備の予定。諸事情により今すぐには収穫しないが、準備だけ完璧にしておいて、次にチャンスがあるときにさっと入れるようにしておくのだ。

畑の状態はなんとか明日まで持ちそうな気配。う~ん、草取りをやめてまでやるのが正解かどうか。草取りもタイミングがあるんよな。なんて悩んでいるくせに、今日の昼飯は女房と「風のえんがわ」へ。やることがチグハグなのも冬眠モードっぽくてよい。Tシェフとの楽しいおしゃべりと、あまりの心地良さのせいで、午後一の仕事が辛かった。仕事のやる気を失わせるカフェ(笑)。こんなときに行くもんじゃないな。

1/7 今年の冬眠モード

今の農業を始めて恒例の冬眠モード。まず朝が起きれない。そして体が重い。土木の頃、進学塾の頃は、どちらもこれから年度末にかけてが本番。自然と体が興奮して活発に動いたものだが、考えてみれば寒くて陽が短い季節なのにいかにも不自然。だからここは自営業の醍醐味と割り切って、朝一番の草取りにはのんきに9時ごろから出かけている。

が、ここに来てしわ寄せが出てきた。夕方は2時半頃から草取りに戻るので、その間、昼飯休憩など入れると正味で2時間くらいしか時間が確保できない。そのうちメール対応や電話対応で小一時間費やすと、残った時間ではまとまったことが何もできない。そのせいで、現場作業やデスクワークがなんだかんだと溜まってきてしまった。

明日こそは!と女房にも宣言するのだが、朝は元の木阿弥。どうしても動けず、そのうち息子が起きてきて、可愛さを口実に、さらにだらだら。

毎年書いているような気がするが、一時は腑抜けになってしまったのではないかと心配していたものだが、梅の花が咲く頃になると決まってまた体が動き出して杞憂に終わってきた。今ではまったく心配していない。

しかしなあ、梅の花が咲くまでは待てんぞ。冬の間にやることをやっていないと、春からの作業に全てしわ寄せとなって押し寄せる。意地でもやらんとならんが、この時期の冬眠モードは筋金入り。まあ動くときに動いているんだからしっかり休んでまた来期に備えるというのが正解だろうから、となるとそのためにはやはり来年以降のトンネルの雑草対策をしっかり考えないとならない。

1/6 草取りマラソンの今後

草取りマラソンが毎日続いている。

トンネルの中を朝一で1往復、夕方1往復、で1棟が完成のパターン。かかる時間は削り方や、草の多さ、生え方によって違う。昨日のところは1棟で5時間をかけた。閉鎖系の日課作業としては、これを3時間くらいでやれば精神的には楽である。しかし精度が落ちるので2回目の草取りが大変になる。1回目と2回目をトータルで楽にするということを当然考えているわけだが、条件はトンネルの個々で違うので、どの程度が一番いいということはなかなか掴みにくい。

草取りの方法としては近年固定してきて今の方法になっているが、今の作付け規模であれば恒久的な方法ではないと感じている。作付けの拡大はまったく期待できないし、今の規模でも体の負担は少なくないし、人を頼もうにも人がいないし、歳は毎年取っていく。だから草を根本的に減らすという工夫が必要になる。自然栽培を続けていればだんだん減ってくるという情報はあるが、そこへの期待とともに、一方では場当たり的な工夫もしていく。それで昨期は太陽熱マルチにヒントを得ていろいろ試したのだが、今期は9~10月の作業の都合でそれが叶わなかった。しかしここは避けて通れないところ、来期はその時期に他の作物作業との競合がないようにしっかり計画しておきたい。

などというと、これまでが計画が足りなかったかのようだが、そうではなくて、計画をしていても自然界のものだから、こちらが期待している時期に作物が動いてくれなくて、必ず前後する。時期の離れたものが悪いことにちょうど重なるように前と後ろにそれぞれずれてきたならお手上げだ。何かの作業は捨てなければならない。だからそうならないようにするのなら作業のタイミングが少々ずれてきても何とかなる程度の作業量や作付け量にしておく必要がある。しかしそれでは全体的に減収でそもそも経営が成り立つかどうかという不安がある。

だからそういう解決策でなくて、かつ以上のことを前提とした上でしっかり計画したいと言っている。かなり頭を使う。

この時期の草取りを楽にするための方法、ということ一つとっても、その対策は半年も1年も遡る。「風が吹けば桶屋が儲かる」式に言えば、緑肥播種を意地でも初夏に終わらせるとか、一年前のゴボウの種まきを半月早めるとか、ということになる。意味が分かるだろうか。ということなら来期の草取りマラソンを楽にするためには、今やっている草取りマラソンのゴボウの種をもう半月くらい早く蒔いていなければならなかったということ。もちろんもう手遅れなので、来期のゴボウをもっと早く蒔いて、再来期の草取りを楽にしようと考えることになる。すっかり慣れたことではあるが、なんとも気の長い話である。

1/4 仕事始め

今日から仕事始め。なんて、うちのような自由業の百姓が仕事始めも何もないもんだが、今年は息子が体調を崩したので、それに付き合って珍しく寝正月。今日から保育所が再開なのでそれに合わせて仕事もやろうということに過ぎない。

それにしても今年は今の農業を始めてのんきに年末年始を過ごせた。タイミング仕事がなかったからだ。例年だと天気や気温や風速や畑の乾き具合によって「やべえ~やらんとならん~!」てなことが必ず一つ二つあるものだが、今年はそれがない。ちょうどこの時期に外れてくれた。おかげで心置きなくゴロゴロ。酒を飲んでは昼寝をし、起きては息子とブロックで遊び、くたびれたらまた寝入る。久しぶりに家族でのんきで濃密な時間を過ごし、そのことを女房とクスクス笑い合っていたことだ。

年明けのまずの作業はゴボウトンネルの草取りマラソン。今日までのところで、丸ちゃんに割り当てたところは除いて40%が終わった。あと2週間で全部終わらせるのが目標。旧暦の年越しまでには多くの区切りをつけたい。

1/1 他人の批判をするべきではない

元旦の今日は女房の実家へ向かう予定だったのだが、出発する頃になって息子の発熱が判明。急きょ取りやめである。

今さらトンネルの草取りに出向く気もしないので、時間にぽっかり穴が開いてしまった。美味い酒を飲みながら自宅でゴロゴロしていると、いつもと違うせいか、何だか新年という実感が湧いてきた(笑)。そこで今年はどういうふうに望んでいくのか、改めて抱負を考えてみた。

経営を安定させていくということは言うまでもないので置いておいて、今年は改めて自然栽培というものを私なりに伝える努力をしてみたいと思っている。もちろん経験が浅いので伝えれる程度はしれている。が酸いも甘いも今の現状を発信していきたい。

と言うと勘違いして欲しくないのが、別にうちの経営のためではないということ。うちの商品は作ったものは全部売り切れる状態。お客さんに断っている状態なのでこれ以上宣伝したって何の得もない。ここのところの誤解はやはり多い。

またうちのような栽培を宣伝すると、「他人の批判をするべきでない」と怒る人が出てくる。みんな一生懸命やっているんだから悪口は言うな、というのである。これが一番厄介。私は他の農業者の批判や悪口を言うことはない。だがそう思われるのは相手が勝手に自分が批判をされていると感じてしまうということ。とにかくこれが厄介。

私は農薬や肥料の批判はする。そしてそれが幅を利かせているシステムも批判する。しかしそれを使い運用する人を批判することは決してない。だってこれらを使わずにやるというのは難しいことだとよく分かっているから。消費者は好きなことを言う。自分がやらないから言えるのである。しかし私も消費者の一人である。消費者の立場からは言いたいことはあるし、説得力が欲しいので生産者の立場からも言って欲しいという気持ちも分かるから、生産者である私は冷静な視点で農薬や肥料そのものを批判しているに過ぎない。あくまで生産者の味方のつもり。

なのに生産者からの批判を受けてしまうのは、相手が0か100かの視点だからだろうと思う。私の主張が、「肥料を使う=100%悪」と捉えられてしまう。そうではなくて、このたび連載で書いたのも、自然栽培といのはこういう理屈だと思うので、皆さんどうですか、少しずつ転換しませんかということに過ぎない。私だって肥料をたくさん使っている。今はまだ自然栽培を「実践している」のではなく「目指している」に過ぎない。

話は違うが、私が以前このブログで「市内の道の駅の直売所が遊休農地問題などの対策にはならない」というようなことを書いたら、「反田は直売所を批判している。」と言われているような噂も聞いた。批判どころか直売所の文句を言っている人に、「あれは生きがい対策としては最高のものですよ。」と説いて回っているというのに。

という愚痴を言っていたって仕方がない。そういう解釈がされるのは私のやり方が(言い方)が悪いからだろう。

批判ばかりしてても、意固地に自分の世界に閉じこもっててもつまらない。そういうことに今一度、今年は努力をしてみたい、というのが今年の抱負である。

まあ、物事の多様性を考えれば、誤解されて批判されるような立場の人も少なからず存在した方がいいと思うので、私がその役というなら仕方がないのだけれど。

*

魚コロッケ(送料込)

販売価格(税込): 3,240 円

イベントで2000個売れた大人気の蒲鉾屋さんの魚コロッケ!贈り物にお弁当やおつまみに子供から大人までリピート多数の人気商品です!

ごぼちく(送料込)

販売価格(税込): 3,240 円

水で溶くだけの衣付だから、お家で揚げたてを食べられます。ボリューム満点のごぼちくは、1本だけでもおかずにおつまみに十分です!

かまぼこ・揚げ物詰め合わせ 5,000円セット(送料込)

販売価格(税込): 5,400 円

ギフトに喜ばれる住京蒲鉾店のイチオシセット!人気のすまき蒲鉾から、おつまみにも最適な天ぷらなどギュッとつまったギフトセットです

ミニ瓦 5枚セット

販売価格(税込): 2,160 円

職人が1枚1枚手作りするミニ瓦。和菓子の受け皿や、お香をおいたり、アロマキャンドルをおいたり、ジュエリーをおいたりと用途は様々。お部屋のアクセントにもなります。

瓦箸置(唐草) 5個セット

販売価格(税込): 3,240 円

島根県石見地方にある江津市で製造が盛んな石州瓦。この瓦をそのままミニチュアサイズにした箸置きです。

瓦根付 1個入り

販売価格(税込): 918 円

石州瓦をそのまま小さくした粋な根付。携帯ストラップや鍵につけたり、着物の帯につけたり。赤茶色といぶし銀、大切な人とペアでつけても渋くて素敵です。

検索条件

商品カテゴリから選ぶ
メーカーから選ぶ
商品名を入力

ページの先頭へ戻る