はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2013年12月の記事

12/27 年末の養生

昨日からこの冬初めてのまとまった雪となった。楽しみにしていた忘年会やイベントが中止になったりして、少し拍子抜け。年末も押し迫っていろいろな用事が出てきているので、日課である草取りマラソンは中止して朝から事務所で過ごしている。

毎年、年末といってもあまりそういう気がしない。それはこの時期には作業がひと段落していないことが大きい。まだまだ作業に追われて体も興奮している。メインの草取りマラソンを始め、大体落ち着くのが旧暦の年越しあたりになる。今年は1月31日。今年もこの頃になりそう。

しかし今年はちょっと違って、少し年末という気がしている。それは先週の体調不良ののち、少し養生をしているためかと思う。数年来の疲れを落とそうとここ数日、午後には温泉に通っている。こういうことをやるのは初めてである。平日でほとんど人がいないのでちょっとゆっくり目に入る。のぼせる前に床に寝転がって熱気をとる。素っ裸の解放感がたまらない。冷える前に半身浴で湯に浸かる。これを繰り返していると何故かだんだん体が辛くなる。でもまだ上がらない。落ち武者のようにだらしなく、辛くなったから休もう、という感じでぼんやりしながらこれを繰り返す。そのうち上がって着替えて休憩室で一休みするが、何とも体が温かく辛い感じである。これでいいのだ、という気持ちが不思議とこみ上げてくる。

こんな感じなので、ここ最近は「ふぬけ」である。ふぬけの心地よさ。ふぬけになるときというのは大体において不本意でそうなっていた気がしてあまり感じの良いものではなかったが、この度のは敢えてやっていることで気持ちがいい。ふぬけの良さ、ふぬけの勧め。

ちょうど年末年始が近づいてきたことだし、この勢い(笑)でかなりのんびりモードで年越しをしてみようと考えていたから、いつになく年末という気がしているわけ。年越しというのは、気持ちを穏やかにということだろうから、ちょうどいいかもしれない。

と言っても草取りマラソンがある。これは女房と工夫を話していて、なんとなく進めて行くことをたくらんでいる。

12/27 ありがとう「下の原」

今朝のスタートは、寒風の吹きすさぶ中を下の原地区のイノシシ除け電気柵撤去作業。今の農業を始めて10年間耕作し続けてきた田んぼの最後の作業となった。今日をもって、下の原地区から撤退することになる。

10年もやれば、それなりに思い入れや思い出ができる。そもそもこの地区の田んぼは、私が農業を始めるにあたって、いきなり畑を10ha規模から始めざるを得ないという成り行きがあった中で、「自分のやりたいのは田んぼだ、田んぼも用意してくれないか。」と当時の役場の課長さんに頼んで世話をしてもらって借りたという経緯がある。「2ha借りれたぞ」という課長に、「広すぎる」と答えると、「今さらどうにもならんから何とかしろ」などと、今思い出せば結構めちゃくちゃな流れで取得したことであった。

経営の柱が畑なら、精神的な柱が田んぼ。そんな位置づけになっていた。もちろんずいぶんと食わせてもらった。私らは圃場の土に食わせてもらっているのである。そのお礼に管理をする。田畑とはそういう位置づけ。そういうことは、来年がないという圃場を返還時に強く意識するものである。

またこの地区には多くの人が交錯した。従業員がいる頃も懐かしいし、県の人たちとの取り組みは楽しかったし、民間稲研の稲葉先生、視察に来た多くの人たちの顔ぶれも目に浮かぶ。国道から見渡せるため野次馬も多く来た。朝の5時から代掻きをやって苦情が出たり、暗闇の中でイノシシと対峙したこともあった。思い出せば思い出すほど、懐かしくてこれを書く指が鈍る。

当時は、まさか返す時が来るなどとは思いもしなかった。しかし諸事情でそうせざるを得なくなった。多い時で3ha借りていた圃場も1.5haになっていた。そしてこの度、そのすべてを返すことにした。

周辺の耕作者は皆年を重ね、亡くなられた人もいる。お世話をしてくれた当時の課長さんも今年一杯で定年。うちは10周年。時の流れを感じずにはいられない。

またいつの日にか、この地区の圃場にお世話になるときが来るかもしれない。それは10年後、20年後、はたまた30年後か。過疎の地が抱く後継者問題は実に根が深い。

国道からすぐ下に見える距離でありながら、改めて用事でもない限り当分の間この原に降り立つことはないだろう。今年で最後の作付けとなった大豆は反収240キロという豊作になり、大不振の今年の経営を最後の最後に救ってくれた。ああ、なんとありがたい。今年もありがとう、本当に今までありがとう、ありがとう、ありがとう、そう言い続けながら圃場を後にした。

12/25 国の交付金制度の矛盾

昨日書いたことの矛盾で、例えばこんなこと。

有機JAS規格で定義されている、「ほ場における肥培管理」の項を紹介する。(読まんでもいいよ。)

『当該ほ場において生産された農産物の残さに由来する堆肥の施用又は当該 ほ場若しくはその周辺に生息し、若しくは生育する生物の機能を活用した方法のみによって土壌の性質に由来する農地の生産力の維持増進を図ること。ただし、当該ほ場又はその周辺に生息し、又は生育する生物の機能を活用した方法のみによっては土壌の性質に由来する農地の生産力の維持増進を図ることができない場合にあっては、別表1の肥料及び土壌改良資材(製造工程において化学的に合成された物質が添加されていないもの及びその原材料の生産段階において組換えDNA技術が用いられていないものに限る。以下同じ)に限り使用すること又は当該ほ場若しくはその周辺以外から生物(組換えDNA技術が用いられていないものに限る)を導入することができる。』

つまり簡単に言えば、「ほ場やその周辺から発生したものだけを使って栽培しなさいよ、それでダメだと思われるときにだけ、別表1の肥料を使いなさいよ。」ということ。

なのに、別の(今回の)事業の有機農業の定義は、「別表1の肥料を必ず使いなさいよ。」ということとほぼ同じことになっているのだ。なぜこうなったかというと、捨て作り、つまり管理をする気もないのに補助金目的でとりあえず作付けをした可能性があるから、ということらしい(本当か・・?)。

制度の適正な運用のためには線引きはどこかに必要ではあるが、ここかよ(笑)。捨て作りかどうかの線はもっと別のところで何とでも引きようがあると思うのだが。

ところで上の太字から読み取れること、有機の本流は制度から見たって自然栽培ってことだよね。

12/24 書類の作成

昨日まで世間は3連休だったようだが、私は書類の作成、集落水源の掃除、そして発熱でダウン。でも休日らしいこともあって、しめ縄作りのワークショップに参加。これはよかった。稲わらというものをもう少し見直したい。うちには山のようにあるんだから。

今日は熱も下がり、急ぎの書類を昼前に市役所へ届け、この度の件は一区切り。なんのことかというと、環境保全型農業に対して支払われる補助金があるのだが、うちがあまりに徹底して取り組んでいるから補助金はあげません、という大爆笑ものの事態に対し、市がなんとかしようとしてくれているのだ。ありがたいではないか。

目先の運転資金レベルだけで考えると、この補助金がなくたってどうってことはない。しかしうちのような栽培法が「捨て作り」、つまり真剣にやっていないと見られるということが、これからの社会に対して良いはずがない。こういう視点からもちょっと頑張ったわけ。

安部総理夫人はうちのような栽培法に興味を持って実践者と対談しているし、最近ではこういう栽培でお世話になっている会社の社長さんが参議院議員会館で講演をしたらしい。行政や研究機関の意識が現場に早く追い付いてきてくれるように、微力ながら私も現場の立場でやれることはやっていきたい。

今回のような書類作成、やっているうちに徐々に頭がそのモードに変わってきてそれなりの物はできるんだけど、普段からこういう仕事をしているわけじゃないから、そうなるのに時間がかかるんだよね。ああでもないこうでもないとずいぶん時間を割いて、終わってみれば、何だ1日でできたな、となる。たまには頭の体操でいいんだけど、その分時間が割かれるわけで。

証拠書類を作るのをお願いしたある人が、「反田さんはいつも国と戦ってるんですね。」だって。もちろんそんな大げさなものではないが、言われて結構おかしかった。

12/21 がこん

今日は朝帰りのあと、午前はメール対応、午後は降って湧いた急ぎの書類の作成。痺れるね~。

12/20 研修というサービス

最近の研修ネタをついでにもう少し。

これまで何十人という研修の問い合わせがあったが、結構驚いたことは、ほとんどの子が研修というサービスを受けたいと思っているということ。商品を見定めて選ぶのと同じような感覚で、研修先を見ている。少しでもサービスのいいところ、つまり楽しいし、かまってもらえるし、自分をいっぱしにしてくれるし、というある意味快適な「見返り」が期待できるところを求めて探し回っているのだ。

このことは受け入れ側になった私にとっても新鮮だった。私らの頃は(というか、私だけか?)、研修を受けるというのは、日々の経営を見させてもらう、ついでに話を聞かせてもらう、あわよくば作業をさせてもらう、ということが研修であって、何か見返りを求めるという発想はなかった。その場の環境で可能な限りのことを自分で探し出し、自分の欲求に任せて学ばせてもらう。それが研修だと思い込んでいた。

しかし、今はこちらがどういう研修を「提供するのか」ということをあらかじめ説明しておかないとならない。でないと「思ったのと違っていた(思ったサービスを受けれなかった)。」などと言う理由で辞めかねない。だから、「サービスは何も提供しない、こっちは忙しいんだ。勝手に見て聞いて、勝手に学んでくれ。ただしこちらの言うことは絶対に守れ。」ということをあらかじめ説明して来てもらっている。

それにしても、研修サービスを求めて徘徊する彼らを見ていると心配になる。早かれ遅かれ生活が成り立たない、起業なんてとんでもない、ということに気が付いて別の道を目指すことになるわけだが、その別の道だって大丈夫なのだろうか。

幸せの青い鳥ならぬ、ラッキーの青い鳥なんていない。いや本当はいるんだけどね、自分の目の前に。カバチを垂れてばかりいないで、何者かになりたいという強い思いで目先の努力をして行くしかないのだ。

12/19 草取りマラソンが始まる

今日から恒例のトンネルの草取りマラソンを開始。全部で31棟。うち10棟を研修生にやってもらう。

ゴボウ増産第一の矢である太陽熱マルチの失敗により、このたびは播種前に大変な手間を強いられたわけだが、実施したところは明らかに草が少ない!これが半分近い14棟分なので、今年は少し楽ができそう。

しかし研修生を受け入れたときのいつもの悩みだが、研修生の労働力をあてにするといろいろと厄介である。研修生には補助金が麻薬であることを常々伝えているが、受け入れ側にとっての麻薬とはこの研修生の労働力。研修生を頼っていると、いない年には回らなくなってしまう。研修生をあてにしない経営が理想で、研修生がいようといまいと売り上げが変わらずに私の労働時間も変わらないということを目指すと、こんどは集落の人にパートさんとしてお願いしていたことを研修生に代わってやってもらうことになったりして、パートさんの実入りが減ることになる。

しかし何もさせないわけにもいかないので(本当は見ているだけでもいいと思っているが)、草取りだってせめてトンネル10棟分はやらないと、ただ誤解して終わり、ということになりかねない。

まあ、こういう悩みがあるってことで。

12/18 相変わらずの研修の誤解

最近、農業を始めたいとか始めたとかいう若者の情報がよく入ってくるようになった。うちも独立就農の研修生を昨年から受け入れているし、今後もそういう希望者がいる。何かの折には自然とその手の会話になる。

その中でウチの誤解が相変わらずある。これまでに何度か書いてきたことだが、改めて。

「反田のところで1年続いたら大したものだ。」などということがマコトシヤカに言われているらしい。きっと雇用研修をしていた頃からの「ニート教育としては厳しい」という批判や噂をそのまま曲解して引きずっているのだろうと思われる。働くのが嫌いな子たちに、毎日8時~17時くらいは働け、週に5日くらいは働け、ウソはダメ、仕事中に携帯ばかりしていてはダメ、などと接していると、「もう辞めさせてください。」とくる。またはこちらから辞めさせていた。

どこでも繰り広げられている光景と思う。現にうちに土木部があった頃はこういうのは当たり前だった。しかし私が農業の会社としてこういう接し方をすれば「反田は厳しい」と見られる。しかし残念ながら私はニートを教育するために彼らを受け入れたのではない。門戸が広すぎたのは私の反省点。周囲の誤解には、農業という分野が軽く見られているからだけでなく、島根の世間が狭いからということがあると思う。

話を戻して、うちの研修。有機農業としては一般的な農作業ばかりだし、労働時間は私より遥かに少ないし、休みも多い。極端に働くことが嫌いでなければ、何となくやっていれば簡単に1年は過ごせてしまう。研修を有意義にできるかどうかの加減は、望んで研修に来た本人次第でどうにでもすることができる。

これから経営者になりたい者に対しこういう方針で接すること間違ってはいないと考えているが、場合によってはむしろ逆効果になることもよくわかっている。私も常に反省している。独立起業が無理と思った子に対しては、あまり放任せずに、私が聞く限りの世間一般的な受け入れ先としての接し方をしていこうと考えているが、そこで縛りとなるのが助成金。門戸を狭くすれば大して問題にならんのだけど、そこんところが難しいんだよね。

12/17 タイミング作業の山を越える

タイミング作業の最後の山、サトイモの収穫と今田地区の大豆跡3haの耕うん作業を無事に終えた。明日からの天候で水はけの悪い今田地区は閉ざされることになる。ホッとしたが、ホッとするとまた背中が痛くなりかねない。緊張しておきたいが、そういうのって無理だよね。

大豆跡の耕うんは、耕すというより、畝を平らにする目的。畝があると春の雑草管理が理想的にできない。田津1.7haがまだ残っているが、田津は水はけがいいので、そのうち入れる機会がきっとある。

早くタイミング作業の大方を終わらせたいなあ。そうすればいろいろ予定も入れられるし、人と約束ができるし、ドタキャンありでお願いしますなんてことを言わなくて済むようになる。オフとは言えずとも、そういう時期を作りたいと考えている。

12/16 冬に多い体調不良

ここ数年来、冬になると体が重くなる。土木や教育界に身を置いたころはまったく逆であったが、自然に寄り添う商売がらのせいであろうと満足している。

しかし結構困ることもあって、一息ついて気が解放されたときに、体のあちこちに様々な症状が出るのである。最近ではトンネル設置が終わった直後の12月初めに背中が痛くなった。薄っぺらい胴体である、正確には背中なのか内臓なのか分からない。ずきずき痛む。振り返る動作なども困難。

実は一昨日、昨日もそうだった。しかも昨日は重症。寝たり起き上がったりが痛くて叶わない。じっと寝たままになっているしかない。せっかく久々に息子と遊べる週末になるはずだったが、期待外れ。世間ではいろいろ楽しそうなイベントもあったようだが、はははで済ますしかない。

一昨日は養生しようと温泉に行った。そしたらもっとひどくなって昨日。夕方には少しマシになったので、また温泉に。帰宅してまた少し辛くなり。

しかしこれはいつものこと。私はデトックス(排毒作用)だと思ってのん気に構えている。要するに体を動かすなというサイン。そして溜まった毒を燃やしている。ありがたやありがたや。案の定今日は何とか回復。まあまだ本調子ではないけど。

夏場にあれだけ無理をしている。無理には個人差があって、私のように花車(きゃしゃ)なくせに辛いことを苦にしないのであれば、必ず体に無理のしわが寄っているはず。本来ならシーズンオフに湯治でもして、体の回復に努めるべきなのだろうと思う。

昔の人は石油に頼れず少々のことは体任せに行った。だからそういう湯治とか体の養生については当たり前のようにやっていただろう。だが現代。スポーツ選手でもない我々平凡人はそういう感覚には乏しいようだ。

年齢のこともあるし、そろそろ体の養生方法について意識してやってみたいと思い始めている。しかし問題は、シーズンオフがいつかということ。オフがあっては食ってはいけぬと言い聞かせて組み立ててきた今の経営だ。出来たものを組み替えるというのは意外と大変なのである。

12/15 誰かサトイモをやらないか

来年からニンジンもサトイモも田津地区に戻すつもりでいる。うちの技術が上がって、今田地区の7haがお米と大豆だけで賄えるということも後押しになっている。

ニンジンは洪水を避けやすい作型だし、サトイモは洪水に強い。どちらも洪水との共存を目指す田津地区には合っている。そう思って温めていた構想だったが、目先の事情と浅知恵で今田地区へ引っ越してしまった。4年の苦戦という授業料を払い、また田津地区に戻す。当時干ばつに遭い、経営的にどうかと思われたいくつかの要素も、この3年の経験でかなり解決できるような気がしている。

田津で最後に栽培した2010年のサトイモ。あの美味さには今のうちのゴボウのような感動があった。私ら夫婦はあの味を今でも引きずっている。

なんだ、結局田津の土に頼るのか、その土のお陰じゃないか、と言われればそれまでだ。それが事実だから。でも世間を向けば、今田地区の土を変えて行く取り組みにも価値がある。だから一部は残す。一部でサトイモを連作し続け、どこまでサトイモや土が変わるかを見てゆきたい。

堤防ができなければ、田津では農地が近い将来あり余ることとなる。誰かサトイモをメインにやってみようという挑戦者はいないだろうか。うちがやれないのは、あくまでもゴボウ、お米、大豆の基幹が出来上がってしまっているためで、サトイモをメインに据えて経営を一から作っていくということであれば今からでもやってみたいくらいだ。販売だって、ゴボウではうちとダブって難しい部分もあるが、違う作物ならいくらでも紹介できる。面白い取り組みが展開できそう。

ゴボウ、サトイモ、あとレンコン。これらはこれからの時代の注目株と思っている。こんな妄想も、堤防ができないことが明らかであれば実現のための歩みが可能だが、そうでないことが何とも口惜しいことだ。

12/14 転作田のサトイモ、ニンジン

作業がいろいろある中で、最近のメインはサトイモの調整の思案。すでに5年目を迎えたサトイモ栽培だが、なかなか軌道に乗らない。近年ではうちのメインは、ゴボウ、お米、大豆の3品目となっており、これらが明らかに突出している。こうなると他の作物はこれらの隙間をぬってということになるので、なかなか経営的に前進しないということになっている。

2009年に新規作物を導入するときに、まずは水田として大区画化圃場整備をしたところで、転作目的で栽培できる作物を考えた。これは成り行きによってそういう圃場を7haも借り受けることが決まっていたからだ。当時はお米と大豆だけではその面積を使い切る自信がなかった。それで野菜を入れたいと思ったのだ。

浮上したのがニンジンとサトイモ。これらはそれまでに1~2度ずつ、田津地区で栽培していた。当時、比較的暇があったのが4月、8月、10月、12月。ここを有効利用することを考えると、条件にあうのがニンジンとサトイモだった。

しかし夏の干ばつでひどい目にあったこともあり、水利がある今田地区の水田が都合がいいと思えた。ブルドーザーにガチガチに踏み固められた耕盤はサブソイラや作物の根で壊すとして、一生畑として使うという覚悟でやれば何とかなるだろうと考えた。そしてサトイモが3作、ニンジンが4作を経過した。

そして、そのどちらもが苦戦している。

苦戦の内容は省くが、やはり自然栽培をするにおいては、畑の野菜を水田という構造の場所で作るということに無理があると言わざるを得ない。自然栽培をやるためには、無肥料でも育つような管理をしなければならない。作物にとって不利な条件はことごとく排除する必要がある。そういう中で水田の構造とは、3~4年程度で畑作物としての不利さを解消できるほどチャチではない。

続く。

12/13 大豆の予約受付開始

今日2発目のブログ。

今年の大豆の予約受付を始めた。自然栽培にして2年目の圃場のもの。自家採種は、したものとしていないものが混じっている。昨年の大豆は今までで一番評判が良かった。今年ははたしてどうか。

そしてなんということか、個人向けの予約を取ることを忘れていた。先週思い出して、準備を始めたのだが、途中でまた忘れてしまった。何をやってんだか・・。

で、とても申し訳ないのが、締め切りが12月20日の15時ということ。この時間までに振込までお願いしている。うちのサイトから専用フォームで申し込んでもらって、こちらから振込先を教えて、振り込んでもらうまでの余裕をみて、申込み自体は早めにお願いしたい。

今、大豆が乾燥・調製の旅に出ていて、この時間までの確定分のみを引き取りに行くので、これを過ぎるとどうにもならない。例外は、なし。よろしくご理解のほどを。

うちのサイトはこちらから → 

12/13 JASの新聞記事

今朝の地方新聞「山陰中央新報」で、この度の有機JASの結果が続報の形で掲載された。

新聞記事というのは限られたスペースで全体像を伝えなければならないので、記者さんも大変だ。前回の記事も私の周辺では「誤解を与える」と賛否がいろいろあったが、今回も誤解を生みそうなことがいくつかある。

一番大きいこと。読みようによっては、自治体の働きかけによって緩和措置がなされた、という印象を受ける。しかしこれはまったく当たらなくて、この度の判定は決して緩和措置などではない。この制度の歴史が浅く、こういう事例(自己申告)が全国的にほとんどないために、法律の解釈と適応に幅があって手間取ったということである(にしておく・笑)。川の水の冠水そのものに問題がないということは以前から国のJASの担当部署から説明がなされていた、とこの制度に深く関わる人から確かな情報として直接聞いている。

まあ緩和措置と思われようと何だろうと、私はどうでも構わない。こういう問題が世の中に知れ渡ること自体は好ましいことと思っているし、最近、自然栽培に対する国の立ち位置の残念な一端にちょうど触れたこともある、わずかずつでも真っ当な理解が多くの人に浸透していくことを願っている。

それにしても、記事を読み終えたところで、この記事に多くの配慮がなされていることを思った。渦中にいる当事者だから思い得ること。関係者のそれぞれに事情や思惑、メンツがある。はははと笑いつつ、関係者の安堵感に思いをいたした。

12/11 オーガニックフェアで思ったこと

昨土曜日はオーガニックフェア。思った通りに多くの人と、懐かしい人たちと交流があり、楽しんだことだ。

ゴボウは相変わらずの盛況。2Lばかりを並べたのに100袋では足りなかった。いつものようにずいぶんと持ち上げられ恐縮するばかり。

今回感じたことに、出店者に若者が多かったということがある。私の感覚なので実際にはどうか分からないが。いろんな立場の人が有機の普及に関わられてきている成果かと思う。少し前は珍しいということもあって私は少し浮いた感じだったが、今では埋没しつつあるという気がしている。そのことが何とも心地よい。

島根の社会は狭い。直感的にはもう一度目立つことがあって、その次にはすっかり埋没していくというのにビビッとくるが、後の世代を思えばそういう世の中が来てくれることを祈るばかり。

すっかり埋没した後は、あれ、反田はどこ行った?ああ、ここにいたか。あれれ、お前の土は凄いことになったなあ!となって死んでいけることを願えば、とても愉快になることだ。

12/10 JAS問題が落着

8月9月の冠水による有機JASの判定がようやく出た。一旦はすべてアウト(格下げ)になったのだが、すったもんだの末、再検査、そしてこの度の判定。

結果はというと、ほとんどがセーフ。アウトは40圃場中、自己申告をした6圃場のみ。私の視点で厳密に自己申告をしたわけだが、それを通してくれた形になった。

ポイントがいくつかある中で、今回一番大きいことは、当初のアウトの一律判定の根拠になっていた「川の水による冠水」、これ自体は問題ではないというのが国の見解だったということ。問題はそれによって慣行圃場等の物質が有機圃場に流れ込んでいるかどうかにあった。

有機JASでは、「一旦川に帰したものは白」というのがルール。農薬だろうが何だろうが一旦川に戻れば、圃場に入ってもいいということ。これを黒にしていたら源流の一枚目の田んぼでしか有機栽培ができないということになるので、極めて真っ当なルールである。このたびはこの真っ当なルールにのっとっている。そして状況を把握し、申告し、説明する。極めて有機JAS的な手続きを踏み、極めて有機JAS的な判定になったと思っている。

詳細は省略するが、いくらか問題が残った田津地区。格下げの原因になる、田津の原にポツンポツンと点在する慣行圃場。ご年配方々が生きがいに耕作しておられ、それなりに歴史ある畑たちだ、とやかく言うべきではない。そしてそれらはこの10年で大きく減った。これから10年でも間違いなく減り、20年後にはほとんど皆無になると思われる。洪水は有機JASにとってなんの脅威でもなくなることになる。

そして多くのそれらが自給用である。自給用の圃場の減少は、田津集落の世帯数の減少を意味する。20年後に慣行圃場が皆無になったとき、田津には何世帯が残っているか。

そして洪水で浸かる低地帯の家はおそらく私の従兄弟の家を含む2~4世帯のみ。そのために堤防ができて田津地区の営みを、歴史を、抹殺する可能性があるという。これを許す結果にでもなれば、もはや現代人は狂っているとしか思えない。

12/9 自分が自分が

今の農業をするようになって、とりわけ自然栽培に傾倒するようになって、世の中の矛盾や虚しさ、人間の浅はかさ、などを思う機会が増えた。まともに考え出すとかなり鬱になりそうなので、そこそこで向き合うようにしている。

人間ってのはどうして、自分が自分が、になるのか。あんたの「自分が」は、おそらく後世の人にとってはまったく関係がない。あんたの我はどうでもいいから、後世の人に思いを巡らせてみたら。

今日は何かと気分がすぐれない。しかし後世の人にとっては、今の私の気分がすぐれない理由などは大したことではなさそうだ。そう思ったら、一つ二つは気分が戻ったことだ。

12/6 明日はオーガニックフェア

前日の告知であるが、明日は「しまねオーガニックフェア」に出店する。松江の「くにびきメッセ」にて、10~15時開催。少しは早めに宣伝すればいいのだが、まったく商売っ気がない。というのも「もの」が限られているため。ゴボウなどは普通はお店には並べない直径3センチ以上のものを販売する。昨年はゴボウを忘れて行ってお客さんに叱られた。今年は大丈夫。きっと。

いろんなタイミングごとが終わらないまま、天気が良さそうな中、出張を迎えるが、ついでにいろいろ用事を片付けてやろうと考えている。別に何も買わなくてもいいので、私に用のある人はメッセまでぜひ来てもらいたい。明日の目的は、売るという行為ではなくて、世の中に一石を投じるということであるが、楽しみといえば、いろんな人に会えるということである。だから毎年この場を楽しみにしている。

12/5 宅配便のクール対応問題から

宅配各社のクール便がきちんと管理をなされていないかった問題が少し前に賑やかだったが、サービスが追い付かないために杜撰な管理をしてしまったという。そういうことはあるだろう。

競争の原理はサービスをよくする。そしていつか対応が限界になって、この度のような不履行になったり、ひどい場合は倒産ということになる。宅配各社の問題というより、構造的な問題という気がする。

冷蔵・冷凍サービスだけでなく、だいたい宅配は凄すぎる。関東の荷物が夕方に出して早い時には朝に到着する。何かインチキをしているとしか考えられない(笑)。さらに着日・時間指定の対応。現場の苦労は想像に難くない。

最近、クロネコのバイトをしていた友人が自分より若い正社員の口調が許せず、思うままに言い返して退職したという。そういう雰囲気になるのは現場がハードだというせいもあるのではないかと思ったことだ。

サービスを求めるのは程々にしたい。本当に必要な時にだけ求める。宅配なら、冷蔵が必要ないならクールにしない。必要のない着日・時間指定はしない、必要もないのに「とりあえず丸を付けとけ」と時間帯の表示に丸をする、それだけで業者は要らぬ動きを強いられる。それが過度になりサービスの不履行につながるということもあるし、その時間に届けるためにたった1個の荷物で車を走らせるということは石油の無駄遣いにもなる。

サービスの高度化は分業化に繋がる。そして相手の立場への想像が働かなくなる。相手が苦労をしてサービスを提供してくれていることなど想像できず、ボタン一つでサービスがやってくるくらいに考えている。こんなことを感じることは少なくない。

救急車をタクシー代わりに呼ぶという笑い話のような事実があると聞くが、それと本質は変わらない。こういう事例のたびに、どこまで自分を見つめ直せるか。

12/4 要らん雨

今日は午後から珍しく快晴。どんだけ順調に進んだか、と言いたいところだが、朝の一時の強雨ですべてはパア。

大豆は残り1日強で終わるはずだったのだが、委託先が一旦撤退することを決定。サヤが濡れては枯れんのよな。次の機会を待つことに。

サトイモは畑がぐちゅぐちゅ。どうにも能率が上がらん・・・。

降った時間はわずかだったが、要らん雨だったな~。くたびれるばかりだ。

12/3 サトイモも始まる

今日からサトイモの収穫。まずは来年の種イモの選抜から。今日はほとんどこれ。明日からはひたすら掘る予定。

しかし天気のことがある。土が重いので雨でどろどろになると収穫ができないことはないが、その後の調整作業やら何やらがきつい。販売できるのはいつのことやら・・。

ひたすら掘ると言ったが、本当は程々にしかできない。他にタイミング作業が減ったとはいってもまだ何やかんやと残っている。それらと同時進行になる。

12/2 大豆の収穫が始まる

今年のトンネル設置が終了し、つかの間の心理的休息。とあるイベントに招かれた昨夜、自分を見失って飲み過ぎたのにはそんな事情があるだろう。

そして今日は、最大の懸念になっている大豆の収穫が開始した。弥栄から大きなコンバインが2台やってきて、6haもの大豆を時間的にはあっという間に刈ってくれることになるが、地区が3つにまたがっているし、何しろ天気のせいでサヤが湿っているなどと条件が悪い。作業が何とか進むことをただただ祈るばかり。v

そしてもう一つの懸念、サトイモ。ようやく収穫の準備を始めたところ。面積はわずか1反だが、作付け方法に勘違いがあって、効率の良い収穫方法が取れない。寒くなると腐るのがサトイモ。急ぎたい。

そんなところに、消防署から宿題が降ってきた。譲渡された建物だからいろいろ面倒がある。ひやひや物の要件が白であることをただただ祈るばかり。

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