はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2013年3月の記事

3/30 播種作業

培土のふるい作業は昨日終わらせ、今日から種籾の播種作業。

床土や覆土の素材と、種の履歴から今年の苗は大きく分けて4種類になる。

まずは自然栽培3年目の種籾と、稲わら堆肥入り田んぼの土の組み合わせ。市販の培土は播種機での作業に適したように水分が調整されているが、田んぼの土を自分で採ってきて使う場合は水分などの条件が播種機に合わない場合が多い。今回は出だしはうまく行ったが、次のロットの土になると連続作業が不能になった。水分が微妙に多いらしく、ホッパーの中でブリッジ(空洞)現象を起こすのだ。本当に微妙な違いなんだけどね。仕方なく苗箱4枚分くらいの土をこまめに入れながらの作業。一気にペースが落ちた。

ちなみに作業は1人でしている。普通は2~3人でやる作業なのだが、昨年から1人でやっている。助っ人を頼むときは女房のみ。今日も初めの40分は女房とやったが、そのあとは1人。枚数も1000枚ちょっとだし、うまくやればそれほど能率は悪くない。ただ、水分が多いとかのトラブルがあるときは一気に悪くなるが。

さて続き続き。田んぼの土のロットはあと100枚。それが終われば市販の培土。これはフォークリフトでフレコンバッグを吊ってやるので楽で早い。

3/29 種籾が見えない・・

早朝、芽出し作業中の種籾の様子を見に行って驚いた。手のひらに種籾をとって目を凝らして見ようとするのだが、近くにやるとぼやけて見えないのだ。つまり老眼。

こういう傾向はここ数年意識してはいたが、今朝は特にひどい。発芽状態を見たいのに見えない。はっきり見えるところまで離すと、今度は小さすぎてわからない。腹が立ってくるのと同時に、こりゃ面白いや!とおかしくて仕方がなかった。

私は視力が良く、これまで目のことで不自由を感じることはなかった。年に一度の健康診断では1.5までしか測ってもらえないので不満なのだが、計測するとおそらく3.0くらいあるんじゃないか。もう何でもかんでも見える。女性の服が透けて見えることだってある。うひひ、要注意だぞよ・・。

今は今朝ほどはひどくない。早朝でたまたま調子が悪かったのだろう。そのときはとにかく発芽の様子を確認しないとならない。目に涙を浮かべればレンズになって見えるんじゃないかと頑張ってあくびをして涙を溜めてみた。おお見えた見えた、ということでピンチ?を凌いだ。

老眼鏡の世話になるのは遠くないのかも。「老い」というものを実感。楽しんでいきたい。

3/28 今日も粛々と・・・

「風のえんがわ」でランチしたら、やっぱり午後からの作業が辛くなった(笑)。仕事を早めに終えてからまったりしに行くのがいいな、あそこは。実は昨日も行ったんだけど、ディナーはよかったぞい。

体に力が入らない状態だが、容赦なく追われる一日。種籾の芽出し~乾燥。トンネルの換気。そして昨日に引き続き田んぼの土のふるい作業。

もう飽きたよ~。畑に出たいよ~。

いくらかは稲わら堆肥と混ぜることに。昨日ブロキャスで混合するなんて写真のせたけど、使わんでいいよ。ふるえば混ざるもん。トラクターの回送し損になった。まあ久しぶりにブロキャスを水洗いできたからよかったか。

ところで、芽出しがまだ終わらない。今年は自家採の籾が塩水選で大量に浮いてしまったので足りなくなり、急きょ追加で有機の種籾を購入。浸種後一緒に芽出しにかけたんだけど、購入したのは芽が出たのに、自家採のはほとんど変化なし!!まさか死んじゃあいないよなあと不安になったが、かなり遅れて芽が出てきているので、とりあえず大丈夫か。これを書く夕方、もうちょっとなので、また夜をまたぐよ。昨日は結局水温下げたんだよね。そしたら朝ちょうどいい状態だった。今晩もこの手で行こう。

3/27 粛々と育苗の準備

粛々と育苗の準備を進めている。

種籾の芽出し作業のかたわら(ニンジンの調整作業も)、

ようやく播種作業のスペース確保、

早朝から雨に追われて田んぼの土の採取と、ふるいの準備。左のは有機栽培用の購入山土。

稲わら堆肥との混合はこれでやる。

いやはや育苗とは大変なものだ。苗を買って済ませれば、これらの作業や、これから田植えまで延々と続く苗の世話は必要ない。

しかもうちの場合、自然栽培用に田んぼの土を使おうとしているため面倒が増えている。田んぼの土をエッチらオッチら運んできて、ふるいでふるう。もっと効率が良くて楽な方法を考えたいけれど、まずは「質」の問題をクリアしてから「量」、つまりこうやればいい苗が立つぞという技術的なことを確立してから投資はしたい。

それにしても悩ましいのは、芽出しが夜中くらいに終わりそうなこと。明日の日中に加減を見れるよう期待してやっていたが、芽の動きが思ったより早い。また夜中に見に通わねばならん。それか冷水に漬けて中断してみるか。今晩は父母と義父母とみんなでディナーなんだよねえ。でもこの段階で初体験のことはあんまりしたくないし、どうするべし。

3/26 黒字は大豆のおかげ

今年は太い黒と書いたが、うちの主要3品目の内訳は、ゴボウがトントン、お米が大赤字で、大豆が真っ黒。何のことはない。大豆が運よく黒だったというに過ぎない。とにかく収量が半端でなかった。5haで12トン。出来のいい圃場では反当300キロくらいあった。自然栽培でこれ。しかも見た目もきれい。検査したら2等と3等ばかりだった。ってわからんか。農薬使わずにやって2等が出るなんてちょっと普通はないのだよ。

もちろん大豆がこんな出来になるなんて期待すらしていなかった。今までのうちの経営で大豆とは、利益を出すためではなくて、農地を守るために作るものだった。損をしなけりゃいいんだよ。「水田」を畑のようにして作れば補助金が結構もらえるので、それで赤字を埋める感覚。だから補助金のない「畑」ではあまりやりたくない。そんなもの。

しかし今年は畑にも補助金がついていた。見た目検査に合格すれば結構太い額。これがなくたって黒なのに、ありがたくいただいて、今後やってくる機械更新ラッシュに備えて蓄える。ああ、ありがたやありがたや。10年は会社の寿命が延びたか。これをばら撒いた民主党、いずこへ。

大豆の豊作を言うと、何が良かったのかとよく聞かれる。だがそれが分からない。なぜ今年はこんなにできたのか。管理も例年と何も変わらない。理由がさっぱりである。だから今後もよくできるとは限らない。

私にとって今回の豊作はどうでもいいことである。それよりももっと長い視点。マメ科は土を汚す。パイオニアの性質。過渡期の活躍。マメ科とどう付き合っていくかが、経営と農地の維持のためのカギでもある。

3/25 いきなり追われて憂鬱

春になり忙しくなってきた!!と言いたいところだが、ずう~っと忙しいし、今年はすでに追われている。サトイモやニンジンのせいで冬の間にやっておきたかったことができていないためだ。近頃の作業本線は稲の育苗の準備。といってもまずは作業場を片付けなければならず、ここ数日そればかり。播種作業に使うスペースに大量に仮置きしている荷物などを移動するために、まずは別のスペースを片付けなければならない、という非能率ぶり。

とにかく追われないようにスタートして、6月の繁忙期のどこまで逃げ切れるか、というのがうちの経営なのだが、今年はすでに憂鬱である。

ところで今月は決算。4年ぶりの黒字。しかも太い黒。4年に1回くらいこういう黒になれば何とかやっていけるんじゃないか。洪水も4年に1回くらいあるしね。本当は4年に3回くらいちょっとの黒、というのがいいんだけど。

まあ、ちょっと追われ気味くらいの方がいいのは確か。なんとか気張って、取り戻すべし。連続で黒になるといいね。

3/23 秋まきゴボウの様子

自然栽培圃場のゴボウが素晴らしい生育をしている。

ここは2007年から隔年でゴボウ栽培をしてきており、そのどれもが素晴らしい出来だった。砂気の多いうちの圃場の中では腐食が多い方で、2004年に十数年来の放棄地を復旧。施肥は過去5年では2009年のゴボウのとき(自然栽培技術に出会う直前)に追肥をし、1年おきにマメ科緑肥を栽培している。

写真ではわかりにくいが、葉の色の鮮やかさといったら、ない。トンネルの換気に通いながら、この葉の色を見てぞくぞくしない日は一日もない。過去に9年ゴボウを栽培してきて、ここまでの輝きを見るのは初めて。いや、見るというより感じる。何か魔力というか妖力というか、そういうもの。どんな人でもこの葉を見たら元気になるのではないか。そう思わせるほど、すごい。

田津地区の畑は水はけが底なしにいいので、腐食さえあれば自然栽培への転換は容易と思われる。

腐食の多い圃場はいいとして、問題はそれが少ない圃場。こんな写真。

分かりにくいが、ゴボウがまともに育たず枯れるものも出てきている。これは砂質の高くて腐食の少ない圃場。こういうところではこうなることが多い。腐食の多い圃場と少ない圃場の履歴の違いは何なのか。現場を見て、ご年配者の話を含めて考えるけれどわからない。度重なる洪水や40年前の圃場整備にも原因があるだろうから無理はない。

この腐食の少ない圃場での今後のゴボウの管理方法を最近ずっと考えている。緑肥で腐食を増やす方向でやるとしても、それだけでは年数がかかり過ぎて経営を圧迫する。少々の腐食分をぶち込んでも、あの砂質の改善は簡単ではあるまい。とりあえず植物性肥料に頼りながら様子を見るしかない。

3/22 待望の播種機を購入

春まきゴボウの2発目の播種。最近購入した待望の播種機を試した。

感動・・・。うちはシーダーテープといって、綿のひもに種が一粒ずつ等間隔で織り込まれているものを使っている。つまり種を蒔くというより、ひもを蒔いていくのだ。今までの播種機では地面の凸凹で播種深が一定にならないし、地面に露出する箇所があって、雑草対策のため一日でも早く発芽させようと浅く蒔いた場合、かなりの部分がそうなってしまっていた。

しかしこのたびはそれが全くなし。おかげで露出した部分に土をかけて回る作業が丸々カットできた。ああ、これで種まきが楽しくなる。

うちの現在の栽培規模でいうと、推定で年間およそ7時間の作業の短縮になる。たった7時間ということなかれ。この差は大きい。特に一日の工程が極めてタイトな秋まきの作型においては劇的な改善が見込まれる。

この機械の値段は4万円ちょっと。半永久的にもつような単純なしろものだから、うちのように年中忙しい経営であれば100%買った方が得ということになる。もちろんそんなことはわかっていた。わかっちゃいるけど買えない。こういうものって多いんだよな。

お金の使い方は、技術だ。ただケチるというのは明らかに下手。まあここにはエネルギーの節約などの視点は入ってないけど。だからそういう視点もできる限り入れて考えたい。なんてこと言っているから苦労するんだな。

3/21 油断で55度!

やっちゃった。トンネルの温度55度・・。

今日の朝の予報は最高気温が12度、で、曇が多め。こういう時は微妙なんよね。トンネル内が40度を超えないことを目安にやっているが、そこまで高温にならずに換気の必要がないかもしれない。換気の手間は1時間20分もかかるので、忙しい今はできればやりたくない。しかも今日は出荷場に終日いる予定。トンネル内の気温を見るためだけに10キロ離れた畑までちょくちょく見に行く暇はない。

ということで、出荷場から雲の多さを見ながら、遅くとも昼前に一度様子を見に行くことに決めた。

雲は幸い多かった。これなら40度を超えることはないだろう、と決め込んで昼前に行ってみた。そしたら55度だったのだ。

う~ん、違和感バリバリ。これでこんなに上がるかなあ・・、と落ち着いている場合ではない。ゴボウの葉っぱはチリチリ。ただでさえゴボウの調子が今一つというのに、さらに追い打ちをかけてどうするのだ。と急いで換気。一気に18度まで下がった。

このたびのことは「油断」。面倒だとか、ガソリンがもったいないとか(我々のような百姓の性か)言わずに様子を見に行くべきだったし、そもそも換気の手間を惜しまずに朝一番で換気をしておくべきだった。また今日のような微妙な日には、ちょくちょく様子を見れるようにトンネルのある地区で作業をするという原則。どうして守らない。

出荷場での作業(出荷作業ではない)も急いでいたからではあるが。

ところで、ゴボウの調子さえよければこのくらいの高温は短時間であれば問題ない。ゴボウ畑は2枚あるのだが、現に調子がいい方の畑のゴボウは何ともなかった。もう一枚の畑、今年は悪い。果たして7月に収穫の際にはどのような結果になるか。過去最悪になりそうな気配。恐ろしくてあまり考えないようにしている。

3/19 育苗培土の準備開始

今日は春まきゴボウの2発目の播種をする予定でいたが、週間天気予報がいい方に変わったため、いろいろ考えたあげく予定を変更。トンネルの換気、デスクワーク、稲の苗の培土準備、諸片付け、であっという間に夕暮れ。

培土は2年半越しの稲わら堆肥のふるいなどの作業。初めてのことで能率が上がらん。イライラして途中でやめた。いい方法を考えよう。それにしても稲わら堆肥、いい感じだね。昨日のイベントではバケツ一杯しかできなかった、なんて言ったけど、ありゃ言い過ぎだったね。バケツ七杯くらいあったよ。さあこれをどう有効利用するか。寝ながら考えよう。また紹介したい。

3/18 お話会とトンネル管理

夜半より、予報どおりの強風になっている。いつものように目が覚めて、真っ暗な中、ゴボウトンネルの巡回に行ってきた。風に対する対策は毎年変えてきていて、何度も書いてきたので詳しいことは省くが、「作業性」と「トンネルの強度」との折り合いを求めてきた結果、これまでに何度も強風によりビニールが飛ばされるという目に遭ってきた。

ハウスがゆがむほどの数日前の強風に遭った感じで、ようやく最終形に行き着いたかという手ごたえを感じているところだが、今日の風は換気を始めて最初の風。ここで手ごたえを感じれて初めて意味があるのだ。

さっき懐中電灯の光でざっと見て来た限りでは全く問題なし。今回の対策が奏功しているか。まあ強風に長時間いたぶられ続けてみないとわからないこと。シーズンに入って1回目2回目の風でギャアギャア騒ぐようではダメだ。

というくせに実は今の風はとても心配していて、というのも今日の午後、主賓級でイベントに招待されているのだ。主賓級でありながら、トンネルの温度管理や風管理で離れにくいこの時期のため、私のドタキャンOKという上での開催。ありがたいことである。ぜひ何とかしたいところ。

風は幸い午後からは比較的弱くなる予報。あとは日照との絡み。ぎりぎりにこちらを出て早めに戻らせてもらうとして、風と日照の具合によっては厳しいか。しかし太陽の高い12~15時くらいに雨になってくれていれば日照の心配はなく、予報では幸いそんな感じになっている。

ちなみにイベントの詳細はこちらから。これで行けんとヒンシュクだわな。

おお、すげえ風だ~。

3/16 少し憂鬱の換気月間

トンネルの換気の準備ができて、今日から本格的に温度管理が始まっている。近年これが上手く行っているので、薹(とう)立ちが激減した。だから自信を持っているが、ビニールを撤去するまでのおよそ1か月間、日曜だろうがなんだろうが振り回されて落ち着かない。そして強風に弱くなって心配が増える。あ~あ、またこの時期が来たか。

せめて生育が良ければいいのだが、メインの圃場で今年は調子が悪い。圃場のせいか、温度管理のせいか。原因は一つではないと思っているが、近年の無肥料管理にも一因があると感じている。

ところで最近、土を見る目が研ぎ澄まされてきているような気がしている。この先何が見えてくるか。ドキドキわくわく。なんて楽しいのか、百姓は!

今日も急いでいる。アップして行くぞい。

3/15 トンネルの換気準備

ゴボウトンネルの換気の準備を朝から。今年は3月に入って暑かったから、本当はもっと早くにやっておかなければならなかった作業。おかげでトンネル内の高温で、ゴボウの葉がチリチリ巻いてしまっているし、枯れた株も多数。数日前の暑い日には50度くらいあっただろう。辛かったろうな。

今ちょっとだけ、夜の気温やら風速やらこれから数日の天気図などをPCで見に帰ったところ。よしまた行こう。

3/14 なぜくたびれるのか(4)

そういえば3月4日以来、「続き」を書いていなかった。書く暇と気分がなくていたら、そのうち忘れてしまった。どう考えていたか、主張の流れを忘れてしまったので、つじつまが合わんかもしれないが、書いて終わりにしたい。

経営が苦しい、生活が苦しい、だからくたびれて離農してしまう。しかし経済的に豊かでなく、結構苦労しているように見える人でも、生き生きとして農業を長年続けている人もいる。何が違うのか。そういう人は自分の深層の欲求を満足できているのではないかと思える。私でいうなら、「痛快な農業を実践することで常に多くの人に注目されていたい、そのことで尊敬されたい。自分は偉くはないがやれば何でもできると思いたい。人に説教をしたい。」と書いたが、例えばそういうことである。

これはあくまで当時の私の欲求であり、今ではずいぶんと変わっているが、就農当時はこれらの欲求をいかに満足させることができるかがいずれ問題になってくると思っていた。もちろん日頃から一々思っているわけではない。無意識の世界にある影の欲求ともいうべきか。就農直後の2~3年はあまりの大変さのため、こういうことはほとんど忘れていたが、3年目くらいからは意識してくることになった。

幸い、うちの起業は常に多くの人から注目され、それなりに認められてチヤホヤされることになった。またそれなりにいろいろ実現してきて満足感もある。そして人に説教をしたいという欲求は、ブログを書く場を与えてもらえて(当時はフリーのブログなどなかったと思う。あったかもしれないが私はこういうことに疎い。)、毎日偉そうなことを書くことで満たされた。

こうして凌いできて、現在も特に不満はないし、それどころか大きな誇りを持って取り組むことができている。体力的な負担も明らかに年々減ってきているし、きっとこれからもこのブログで偉そうなことを書きながら(笑)、不満なく今の生活が続けて行けそうだと思っている。そもそも私ら夫婦の「今の」収入は少ないけれども生活にくたびれてしまうほどではないだろうから、経営さえ続いてくれて、原発事故などの取り返しようのない不慮の事故さえなければ、きっと今の変哲のない幸せな生活を送っていけると考えている。

という私の例ばかり書いていたら長くなった。もう一回続く。

3/13 大豆栽培に繋がる思い

午前中は葬儀。長年、もと土木会社だったウチに勤め支えてくれた人が亡くなったのだ。私もずいぶんとお世話になった。そう言って見送ったことだ。

私も来月で43歳になる。一年に一度の作物ばかりだから、あと何回作付ができるか。自分を知る。あと30回やれれば御の字だと思っている。

そんな視点からも、考えるべきことが多い。まだまだ形にしていきたいことばかりだ。ニンジンの収穫やゴボウの草取りマラソンに追われまくられて、すでにこの春からの作付の準備が怪しくなっているが、目先のことを考えるためにはそれだけではダメで、何年も先のことも同時に考えて行かねばならない。頭の中はグチャグチャだ。

つい今しがた、今後の大豆栽培のことを取引先と電話で話した。大豆を栽培するということは、単にそれだけのことに非ず。農地を守るということ。地区を守るということ。空間軸に時間軸を合わせて、立体的に私が住むこの地域をどうするかということに、決して大げさでなく、繋がっている。現在の事情のみで左右されるのでなく、今後の可能性をすべて包括した選択肢を考える。

そして大事なのは、必要以上の欲を絡ませないこと。何かを成すための原動力としての欲と、それを続けるための欲、くらいにしておいて、くだらぬ欲はいらない。食っていける社会、地域の創造。・・・・・ずいぶんと間を置いて、田津地区の「人間社会への活用」と、その前提となる洪水との共存。

大げさと思われても仕方がない。私の中にはもう当たり前のようにこういうことが刷り込まれている。

3/12 ニンジンの収穫が終わる

今日は終日ニンジンの収穫。地元の人にお願いして4人で作業。1トン近くを掘り上げた。皆くたびれ模様。感謝。

まだ畑に推定で300kg以上残っているけど、それらは見捨てて今期の収穫はこれでお終い。早いものは薹(とう)が立ち始めているから。とうが立つと、ニンジンが根っこになってしまって、固くて不味くて食べられんよになるんよね。

来期は年内に機械で収穫できるようにしたいところだが、ゴボウとお米と大豆屋のうちとしては、課題が多い。どうするか・・。

3/11 「取り越し苦労」

昨日の朝はそのあと暴風。本当に強かったのは2時間くらいだったけど。やってよかったよ。

農業では「取り越し苦労」が大事。これが上手にできるようになるかどうかは大事なこと。でもそれなりに難しいんだよな。

「取り越し苦労の科学」というものを真剣に考えてみたいね。でももう研究されてるんだよね。311の津波のことでも、のちにいろいろ検証されてたように。

3/10 未明の出動

夜中の3時に目が覚めて眠れなくなった。さびしく鳴り響く強風の音。この時期の強風。暴風に変わるとゴボウのトンネルがまずい。ビニールが飛ばされてこれまでに何度もひどい目にあってきた。しかも今朝は気温が高い(19度!!ありえん・・)。さらにここ数日の陽気でトンネルを押さえる土が乾いている。こういうときが一番飛ばされやすい。

ということで事務所へ来て、トンネル補強の細工の準備をしている。これは冬の間にぼちぼちと進めておくつもりだった作業。それをやっていないから慌てるハメになる。

さて、と。細工の準備はまだまだ残っているが、もう飽きた。とりあえずできたやつだけで畑に出て補強してくるか。予報ではそれほどの暴風にはなりそうにないが、念を入れておいて損はない。これから半月くらいの強風期を控えて、どうせ必要な作業ではある。

それにしても、まだ5時過ぎ。暗い。強度の弱いところを優先にやりたいが、暗いんではそれがわからん。

3/9 今日もなしよ

3月上旬というのに、この陽気。暑いよ。おかげでいろいろと振り回されている。

それにしても、この時期に田畑が白乾している。ないない、ありえん・・。それっ!とトラクターで耕し始めたら、水温計が上がってオーバーヒート・・。農機屋さんに連絡するのは原因を調べてみてからと思っているのだが、その暇がない。

さて、もう行こ。ニンジンの収穫に。

3/8 最近の様子

ここにきて追われまくり・・。休憩がてら、最近の様子を写真で紹介。

例年より少し遅いお米の納品、80袋。

やりたくないけど訳あって、大豆後の水稲予定圃。冬季湛水で食味の低下が防げるか?の実験。

春まきゴボウの準備が始まる。畝立て中。まずは1400.mの種まき完了。

自宅の敷地内の梅の大木。ウグイスのさえずりも。

自宅の庭のコケ。

今日はこれから種籾の塩水選。

3/7 今日の農作業

8:00~8:20 道具の片づけ
8:20~9:40 トンネル内の草取り
9:40~10:20 田津から今田へトラクターの回送
10:20~10:40 苗代の苗床の耕うん
10:40~11:10 サトイモ予定圃の耕うん

11:10~11:50 事務所にてデスクワーク
11:50~12:20 休憩
12:20~12:30 デスクワーク
12:30~13:30 ニンジンの洗い・調整
13:30~15:20 種籾のノゲ取り

15:20~15:35 休憩
  15:35~16:30 種籾のノゲ取り
16:30~17:00 塩水選の準備
17:00~    休憩

3/6 異常な陽気で

にわかに暇なし。この異常な陽気で、奴らが動き出してきたぞよ。ああ、作物と草のことね。ついでに俺も動き出してきたぞよ。ぐひひひ。

それにしても今年のこの時期の暑さはどういうことだ。いろいろ心配。特にトンネルの温度管理の不安。ニンジンもそろそろまずそうよ。うちの都合では、3月が寒くて4月が暖かいというのがベストなんだけどね。勝手にホザいてろ、だね。

3/4 なぜくたびれるのか(3)

自分のことを現実以上に大きく見せたがる人がいる。決まってこういう人は物事が上手くいっていない。これから成長する若者や、何かに挑戦しようとする人にとってこれは致命傷。だからずいぶん以前から書いている「バカになる薦め」。自分のバカを知り、相応に振舞う。このことについて、①まずは自分の身の程を知る、②その少し上の努力をする。として以前のブログに書いた。

何かをやろうとしたけど結局ダメだったという人は、詰まるところこのことが出来ていない。農業で挫折する人だってそうだと思える。自分を勘違いする。多くの場合は過大評価。自分を大きく見せようとする。プライド、体裁、意地。もちろんいくらかは仕方がない。美学もある。論ずべきは程度と質。難しい。

どういう場合に自分を大きく見せようとするのか。それは前回書いたような、自分を突き詰めて洗い出した欲求が長い期間満たされない場合ではないかと思える。昨日は私自身のあの様なことを書いたが、やってみるとみんな似た様なネタになるはず。人間は常に誰かしらに認められていたいという欲求を軸に生きているんじゃないか。それが長い間認められないとなると、自分を大きく見せようとすることを始める。アピールである。必要なのは自分を「大きくする」ことであるのに、「大きく見せる」ことに力を入れてしまう。

よく、「自分を卑下する必要はない。常に誇りを持つのがいい。」と言うことがある。私が言う「自分のバカを知る。相応に振舞う。」ということと相反する意味として理解する人は多いが、しかしこれらに矛盾は感じられない。①自分のバカを知り、無能を知ったら、②次は自分を卑下することなく、自分の力を信じ、誇りを持って努力すればいいのだ。しかしそうではなく、①の段階で「自分はバカではない!無能ではない!」と勘違いをするからいけないのである。そして②もおかしくなる。その結果いつまでも自分が成りたい自分に成れない、自分が為したいことが為せないということになる。

続く。

3/2 なぜくたびれるのか(2)

新規就農者をこれまでにそれなりに見てきて、そのうちやめてしまう人の共通点は、思ったように経営がいかず生活が苦しいということだ。当たり前といえば当たり前で、そうならないように私もこれまで頑張ってきた。

ただ生活の苦しさの感覚とは、就農したての頃と10年20年経った頃とでは変わってもくる。初めの頃は何をやるにも新鮮な気持ちで、少々の苦労や貧乏は苦にはならないものだが、それが毎年というのでは「飽き」がきて、それが肉体的疲労の蓄積と相まって、やっていることは同じなのに苦痛で苦痛で仕方がない、というようなことも出てくる(私もたくさんある)。また独身者であれば、結婚後は根本的に何もかも変わる。結婚を機会にせっかく始めた百姓をやめたという例は多い。

それから、もっとも大きいのが個人差。どのレベルを苦しいと思うかは人によってずいぶんと違う。「自分を知ること」とはどんな時でも何をするにも大事なことだが、こういう視点からも必要なことである。

多くの人が意外に甘く見ていると思えるのは、生活が苦しいという感情の中には、自分の欲求が満たされないという不満が関わるということである。人には皆、様々な欲求がある。心理の深層までつついてみて、例えば綺麗ごとではなく本音の本音を洗いだしてみる。本物の野菜をつくることで評価されたい、格好をつけてみたい、ちやほやされたい、尊敬されたい、威張りたい・・・。こんなことばかり書いてみたが、何かを始めようとしている人は、自分を突き詰めるとこういうところに行きつく人が多いのではないか思う。

私自身、千葉での自己研修時代、気の置けない友人と2人で語ったことがある。彼は、「素晴らしい野菜を作ってその技術を教えたい、偉そうにしたい。常に人に説教をしていたい。自分は偉いんだと思って生きていきたい。」というようなこと。私は「痛快な農業を実践することで常に多くの人に注目されていたい、そのことで尊敬されたい。自分は偉くはないがやれば何でもできると思いたい。人に説教をしたい。」というようなことであったと思う。

ちょっと公言できないようなことばかりであるが、こういう洗い出しをする。上記の場合、私も彼も実現していないことばかりであったが、ただ1つ、私の「人に説教をしたい」願望は、当時進学塾で生徒・児童に対して毎日偉そうにしていたことで満たされていた。そのことを自覚し、農業を始めるために進学塾をやめたときにやってくる心の穴を意識することになった。

続く。

3/1 なぜくたびれるのか

「農業者は職人でないとならない」と言われる。これは正しいと思うので、私もこれまでにさんざん書いてきた。一方で真反対のように、「農業者は職人ではいけない」と言われることもある。しかしこれも正しいと思う。双方に矛盾は感じられない。

というのも、私が、「農業者は職人でないとならないが、それだけではいけない。」と考えているからだ。だから両者の意見はあまりにも正しい。しかし私のように考えていない人の多くは、これら2つの意見をまったく反することのように受け止めるだろうし、どちらがいいのか、などと議論を始めるかもしれない。

さて、生き方というものを語るとき、「我慢はほどほどに、自分に素直に、やりたいようにやればいい。」的な言い回しをされることがある。一方で、「人生とは我慢だ。自分に厳しく、常に努力を怠たってはいけない。」と言われることだってある。これも双方に矛盾は感じられない。「やりたいことをやって自由に生きていくためには、我慢をし、努力をし、自分を鍛えていくのがよい。」と私は考えているから。そして現実には双方の割合。そしてそれらは今までの「成り行き」を無視できない。成り行きの上にこれからの生き方がある、というあまりにも当たり前のこと。

しかし、「どっちの生き方がいいのか。」などという議論を、SNSの普及もあって目にし耳にすることが少なくない。見ていて聞いていてあまりに虚しく、何より不思議である。これらが矛盾していないことは、これまでの人生の中で自然と学んできて感じとれるのではないだろうか。「潜在意識」で当たり前のように感じれることを、「顕在意識」のみで考え、机上の理屈で侃々諤々。

私が思うに、こういうことをグダグダやるのは、自身のない自分を肯定したいときや、楽な方に流れようとしている今の自分に理屈をつけたいとき、ではないか。新規就農者で挫折する人にも多そう。要注意。

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