はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2014年1月の記事

1/31 少し早い2回目のマラソン

トンネルの2回目の草取りマラソンが始まっている。理想では1回目にきちんとやっておいて来月後半に2回目に入るのがいいのだが、今月で辞める研修生がやったところが結構めちゃくちゃであと半月も待っていられそうにない。この時期に2回目というのは無駄があって、3月にもう一回やらなくてはならなくなる。

このマラソンの草取りは草ごと地面を削るという方法なのだが、それなりに難しくて、ただ削ればいいというだけではなくて草が再生しにくいようやる必要がある。そうでないと今回のように2回目が早くなり、本来必要ない3回目を強いられることになる。1回目のものをきちんとやれば大体上手くいく。だから2回目のは集落の人にお願いすることはあっても、1回目は極力夫婦でやることにしている。

その1回目を上手くやるためには、本当は腕前だけではなくて天候も読まなければならない。作業時と作業後の天気が悪いほど、またトンネルのビニールが古いほど草が再生しやすい。ただそういうことばかりを気にしてはいられないので、ある程度のところで割り切ってやるしかないのだが。

また、種まき前の10月の作業のある一工程を、適期にやるということも大事なこと。草退治は奥が深いのよな。

今年は一部で太陽熱マルチも試したが、これはさらに来年改良を重ねるつもり。また従来の方法でも、1回目の草取りの一部の行程を集落の人にお願いできる方法を考えたところ。改善点が次々にあるということは楽しいことだし、精神安定上もいい。

1/30 ロープ結びの思い出

ちょっとだけ暇がある、というときによく「ウィキペディア」をみる。今朝は広島カープを引退した前田智徳について見ていたんだが、自宅でコタツに入って簡単に他人の興味深い人生を垣間見られるなんて、良くも悪くもすごい世の中だなあと改めて感心したことだ。

でそれから膨らんで女房と話してたネタなんだけど、学生時代の造園のバイトで、あるとき親方からトラックの荷台のロープを結べと言われた。荷崩れしたら大変なのできちんとした結び方というのがあるんだけど、それが分からない。結び方を教えてほしいというと、普段見ていないのか!と怒鳴られた。悪かった、見せて欲しいと言ったら、よく見とけよ~とか言いながら、サラサラ、パッ、という感じでやられてしまって、アレアレと言う間に終わってしまった。もう一度やって見せてくれと言ってもしてくれない。

そして後日またやってみろと言われたが、放置していた私には当然できない。このときはずいぶんと叱られた。

次言われたらやばいぞ、ということで、何とか結び方を学びたかったが、身近に知っている人がいない。道端で土木工事をしている人などに聞いてみるというのも勇気がなくてできない。仕方がないので、京王線の特急に乗って1時間をかけて新宿の紀伊国屋書店に行ってみた。

ロープの結び方のような図解入りの本があった。買おうかと思ったが、金ももったいないし、本来は見るだけで会得しなければならないのだから買うまいぞ、としっかりと立ち読みでイメージトレーニングをして買わずに帰った。

そして帰宅してやってみるが、あれあれ、上手くできない(涙)。センスがないと言われ続けてきたが、このときばかりは落ち込んだ。

次のバイトの時に、やれと言われたらどうしようとビクビクしていたら、親方が結び始めた。すわ!と近寄って凝視していたら、きっと可笑しかったのだろう、前より少しだけゆっくりとやって見せてくれた。それでようやくできるようになった。

今の時代、ロープの結び方なんて簡単にネットで調べられるのな。動画もあるし。便利になった反面、やっかいな時代だ。

1/28 個人向け販売のミス

これまでに多くの出荷ミスをやってきたが、その都度反省し、人間は必ずミスをする、気合だけでは防げない、だからシステムで防ぐのだと、細かい工夫を重ねてやってきた。おかげでミスは減り、近頃では大きなトラブルはなかった。

ところが最近、個人のお客さん向けの販売で立て続けに2回失敗が続いて凹んでいる。

最初のは、大豆の中身が少し足りなかった。13キロの注文に対し、記録と記憶の双方で12.5キロのロットに別ロットを加えて13.2キロちょっとにしたことになっている。いい加減にやっていたのなら改善のしようがあるのでいいのだが、この度のようなのは手におえない。お客さんは味噌を仕込む直前だったということで、発酵ごとの前に不快な思いをさせてしまった。単なる間違いであって決してケチな魂胆などはなかったと謝った。

次のは、お米を量を間違えた上に、違う送り先に送ってしまった。FBのメッセージ機能でやり取りをしていたのだが、途中で変更になったことをウッカリしてしまったのだ。間違いを減らすために電話などの口頭ではなく、FAXやメールなどでお願いしているのに、それで間違えていたのではどうにもならない。お世話になっている方なので許してはくれたが、大変申し訳ないことであった。

うちは販売はほとんどが業者向けで、個人向けは数パーセント程度だ。個人向けの販売になぜ力を入れないかというと、簡単に言うと販売管理の手間がないのと、生産量が足りないせいである。個人向けは今やっている規模でもういっぱいいっぱいだ。

自分の力量を棚に上げておいて言うのもなんだが、個人向け販売はもう少し縮小せざるをえないかと考えている。といっても量ではなく、アプローチの方法の縮小。さらにお客さんの方を向いていない失礼な対応になるかもしれないが、サービス至上の世の中では、うちのようなやり方があってもいいのではないか、などと考えている。

1/26 続・新規就農者向けの講座

就農自体は簡単だ。てきとうなことを言えば、お金さえあれば就農はできる。お金さえあれば土地や機械、設備を揃えることは不可能ではない。これらさえ揃えば生産行為自体は始めれる。またお金がなくても開始できる経営スタイルもある。頭でっかちだろうが勘違いだろうが何だろうが、農業を始めることはできる。

しかし難しいのは経営だ。その継続だ。さらに言うなら、3年続けるのと10年続けるのと30年続けるのとでは、意味がまったく異なる。ほとんど全ての人が一生続けていきたいと漠然と考えているはずなのに、30年続けたいなどと具体的には考えていない。3年続けれればあとは何とかなるだろう、と思いたくなるところに落とし穴がある。

私も就農してまだ10年目。だから偉そうなことを語れる立場ではないのだが、新規で始めて何とか10年を「もっている」ちょうどよい進行形の当事者ということで白羽の矢が立っているわけだろうから、自分の体験を中心にどう考えながら日々を過ごしてきて、過ごしているかを中心に話してみたい。参考になることだってあるだろう。

でも本当はこういうテーマにぴったりの講師ってのは、挫折して農業を辞めた人なんだよね。毎年一人ずつそういう人を掘り出して、なぜ挫折したのかを語ってもらうということが出来れば最高である。私も5年後や10年後にでもそういう立場になって登壇を要請されたら、そのときは自信をもって偉そうに話してやりたい。

1/24 新規就農者向けの講座

2月14日の島根有機農業協会主催の講座に、講師として呼ばれている。テーマが「農業を生業とするということは」。ちょっと変わったテーマである。この時期に何かしゃべってくれと言われて承諾していたのだが、先日お願いされたのがコレ。また珍しいテーマにしたものだ。最近うちの周囲にも新規就農をめぐる怪しいムードが漂っているが、県下が広くこういう雰囲気なのだと聞いている。それを裏付けるようなテーマである。

チラシには、就農するために必要なことや農業で生計を立てていくために必要なことはなんだろう、反田に聞いてみよう、となっているが、これはストレートでいい。私もこんなことばかり考えてやってきたし、実は今も生計を立て続けるためにはどうすればいいかを常に考えている。そしてこのことの奥の深さに途方に暮れている。

だから趣旨はいいんだが、ぶっちゃけ、そんなこと私に言われたってわからない、というところか。きっと多くの経営者がそうなんだろうと思う。突き詰めていくと自分との戦いという、おそろしくベタで曖昧なところに行き着く。でもそういうネタって話としてつまんないから、あんまりできんけどね。

今回のテーマ。どういう層を対象にするかで話の内容は大きく変わる。勘違い層に引導を渡すということでよければ話しは簡単(笑)だが、それだけというわけではあるまい。でも有機農業協会の講座だというのもミソで、勘違い層は有機農業や自然農法にあこがれる人に多いのだそうだ。理想ばかりの頭でっかちが実に多いと関係者から聞いた。そういう層は以前から多かったはずだが、新規就農対策で国や自治体が金をばら撒いている昨今の事情が輪をかけて、こういう層を対象の講座でもいいくらいのことになっているのかもしれない。

もちろんそれでは講座自体の効果にならないので、就農はするが数年で辞める羽目になるという予備軍向けかなと考えている。

続く。

1/23 ノロの我が家

なんやかんやと追われている。一つ片づけたと思ったら、また次のことが来る。といういつもの愚痴。

こんなときに息子が嘔吐。保育所の手前があるので女房が病院に連れて行ったら、ノロだって。そいでもって病院でテレビを久しぶりに見たら、ノロの症状が出た奴は人間じゃない!くらいの勢いで報道していてびっくりしたとのこと。相変わらずマスコミはやってくれる。

なぜノロそんなに嫌がるのか?ただ吐いて下痢して、場合によっては熱が出るだけだろ。息子のように小さな子にとっては体を丈夫にする要素だし、症状が出たら、まあわざわざ喜ぶ必要はないだろうけど、身辺が極度に清潔すぎたのではないか、とか生活を見なおすきっかけになっていいんじゃないか(でも大多数が反対の対策を取ろうとするんだけどね、なんか虚しいね)。というのは私が言っているだけではなくて、もう数えきれないくらいの真っ当な人が言っていること。

ほんと、マスコミってのは罪だよねえ。

息子は翌日には元気いっぱいで、こういう時が一番厄介。保育所に登所を禁止されて、夫婦が交代で面倒を見ているが、甘ったれの我がまま息子が相手では、およそ仕事や生活が進まない(笑)。まあこの時期だから致命的なダメージにはならないが。都合1週間の休みを、息子は嬉々として謳歌中。まあこういう時に、親父としては仲を深めるか。

1/19 倒木の撤去作業

年末の大雪で木が倒れて道をふさぎ、倉庫へ行くことが出来なくなっていたのだが、昨日の昼前に、午後からやろう(撤去しよう)と親父が言ってきた。屋根に上がらなければならないので、条件がいいときを逃すわけにはいかない。

樹齢が、さあよくわからないが、100年くらいはあるんじゃないかというナラの木。雪の重みで倒れたわけだが、根玉をみると岩の上に乗っかっているだけ。こりゃあ倒れるよなあ。というより、わずかな土の層に根を張って良くぞここまで育ったものだ。こんな瞬間にも自然界の凄さを垣間見る。

撤去作業は、それなりのユンボやクレーンがあれば簡単だが、そういうものはない。ともあれ倉庫の屋根に倒れ掛かった木を下ろさねばならないのだが、どういう順序でやればいいかという答えはなく、おかしな順序でやると危険だし、手詰まりになる可能性があるので、よくよく眺めて順序を考えなければならない。

親父の判断で行程を組み立て、まずは屋根に上ってのチェンソー作業。ガルバリウムのトタン屋根が意外と滑るので、要所ではチェンソーを持つ親父のズボンを私が後ろから引っ張りながらと、なかなか厄介。最後の一入れでチェンソーの歯が噛んだ。のこぎりで近くを引きながら徐々に崩して、木は突如大音を響かせて地に落ちた。結構ひやひやものであった。

振り返って、もし私の判断で進めたとしてらどうだったか。出来たとは思うが、面倒なことになったかもしれないと思う。やはり一日の長、親父の判断や振る舞いで、さすがだなあというシーンがある。

親父68歳、私43歳。うちの息子が43になるときには私は81である。私も、おっさんになった息子と一緒にこういう作業をしてみたいが、さすがに無理そうである。

1/18 ツルの恩返し

一昨日、畑でスタックしていた近所のおじいさんの軽トラックを引き上げた。よりによって近くの50馬力トラクターがバッテリー上がりだったため、別の地区にある40馬力トラクターを回送してきて引っ張った。

これまでにもこの手のことは数度あるが、こういうときに、「ツルの恩返し」や「かさ地蔵」の逸話を思い出す。これらの話は、微妙だ。子供の頃にカエルやカタツムリを助けるとき、「見返りがあるぞ」、と言われているようで嫌だった。「僕はそんな見返りを期待しているわけではない。こんな話は知らなければ良かった。」とカエルを助けるたびに思っていた。

同時に、これらの逸話は何を示唆しようとしているのだろうと考えたものだ。まさか見返りの期待の勧めではなかろうし、もっと深い意味があるはずだ、と子供心にぼんやりと考えていた。

最近になってそのことがわかったような気がしている。簡単にいうと、「見返りを期待せず、心を整えて、いい運を掴みなさい。」といっているのではないか。

見返りを期待せずに何かをする。この行為は意外と難しいものだ。人間はあらゆる場面で無意識のうちに見返りを期待している。そしてこのことは、数日前に「運を呼ぶ方法」の3つ目にあげた腹を立てないこと、というのに繋がる。腹を立てる、立てない、にはいろいろな場面があるが、例えばベタな夫婦喧嘩ネタで、「いったい誰のためにあくせく働いていると思ってるんだ!」みたいに怒鳴り散らして腹を立てている場面。これは相手に対し見返りを求めている典型。腹を立てるという行為は、見返りを期待していたという行為と関連が深い。

このたびのこと。国道でおじいさんに捕まったのが運の尽き、ではない。急ぎの作業の大詰めが控えていたから落ち着かなかったが、落ち着いて心を沈めて対応しろというプチ試練である。そして見返りを求めず、またその行為自体の中に楽しみを見つける、という日々のトレーニングの一環である。ただ少し大げさな事例になっているだけ。だから、こういうときに努めて意識する場にする。

などと考えると、あのツルや地蔵の話に合点がいき、いい話だなあと思えるのだ。

一方、現実には必ずお礼がある。私は心の底から何もいらない、すぐに忘れてくれていいと思っているのだが、逆の立場ならそういうわけには行かない。まあそこは現実的に。

でも結構多いのがスーパードラ○のセットなんだよね。あれいらないよ、どうせならモルツがいいんだけどね。もちろん冗談だよ(笑)。

1/16 基本を見つめなおしたい

休憩がてらにネットをいろいろ見ていたら、参加する予定だった11月の自然栽培の講習会の様子の映像を見つけた。くそ~、俺も行きたかった~、と悔しがる自分がいる。

自然栽培を始めた最初の8か月で講習に3回通った。出雲、埼玉、千葉。これだけ受けてイメージは掴んだし、あまり頭でっかちが先行するのは気に入らない、少し耳を塞いで自らの実践と、実践者の体験などを拾いながら学んでみよう、と3年が経った。

この間、自然から学べということで、それなりの糧や成果は得られた気はしている。しかし行き詰まり感も。それでそろそろ原理原則を見つめなおすことが必要だろうと、昨秋の講習に久しぶりに参加しようと考えたのだ。

結局はタイミング作業が襲ってきて当日にキャンセルをした。今思ってもその選択はそれなりに正解で、もし講習に参加していたら現場は明らかにめちゃくちゃになっていたと思われる。しかし一方で悩みも深い。その数日後、その講習で中心だった方が県内に講演に来られたのだが、これもまた作業の関係で行けず。仕方がないとはいえ、、昨日書いた反省も含め、う~ん、こんなことでいいのだろうか、もう少し違うリズムは作れないものか。

みんなもっと余裕があるように見えるのだが、どうなんだろう。まあ、他人を気にしても仕方がない。一つずつ解決していくしかない。そうやってきたし。

1/12 運を呼ぶ方法

起業して軌道に乗せている多くの人が、自分は運が良かったということをよく言う。私も軌道に乗せているかどうかはまだ怪しいとして、運が良かったということは誰にも負けないクチだと思っている。

昨日は就農希望者が見学に来た。そこで運の良さという話になった。私はよく「運ってなんだろう」ということを考えるのだが、運がいい人には何か法則というか、共通点があると思う。20代前半からそんなことを思っていたが、ようやく最近ボンヤリ何か見えてきたような気がしないでもない。

運は人が運んできてくれるもの。人を大事にしない限り、運は来ない。

漂う運を掴むのは自分。自分の力量がその運に見合うだけの高さで、かつ進行形の努力がないと運を掴む(見抜く)ことはできない。

腹を立てるという行為はすべてを台無しにする。腹を立てれば小運は来ても、息の長い運は来ない。

とこんな風に考えるのだが、何だこれらができたら人生は楽しいに決まってるじゃんか、ということばかりである。みんなラッキーを求めて、こういうことを意識してみないか。俺も柳の下の何匹目かのドジョウをを狙って、やるよ。

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1/10 『56』が悪い

秋蒔きゴボウの草取りマラソンが連日進んでいるが。今日からまた「56」という圃場に戻った。「78」という圃場もあって、この度はこの2枚。両方とも、2~3年前の前回は豊作だった圃場だ。

生育の方はというと「56」が極めて悪い。昨年のが過去最悪の出来だっただけに今回は期するものがあっただけに、ガッカリしている。ここは自然栽培を始めて4年目の圃場。そろそろ来るか、という気がしないでもない。

そういう大まかなこともあるが、当然細かい原因を考えている。いろいろな要素がある中で、9月4日の江の川の氾濫時に隣接の竹藪から多くの、専門用語でいうと「A0層」(落葉・落枝やそれらが分解されたもの)が流れ込んで薄っすらと堆積したのだが、この処理を誤った可能性があること。またトンネルのビニール被覆時に発芽が始まっていたこと。この2点が特に気になっている。

他にも考えられる原因はたくさんあるので、これだ、と簡単には行かない。今後のために何をどう生かすか。胃が痛い。

収穫は7月である。これから生育が挽回するんじゃないのかと思う人もいるのだが、そういうものではないのだ。ダメな株は最後までダメ。つまりゴボウにならない。祈れることは、そういう株がなるべく少ないように、ということだけなのだ。そう祈りながら7月までハードで気の長い管理をジッとし続けなければならない。鍛えられてかなり慣れたが、やはり辛い。

1/9 タルマーリー忘年会で思ったこと

鳥取県の女房の実家に行くついでに、岡山県の勝山にあるタルマーリーというパン屋によく立ち寄る。親しくさせてもらっているということはもちろんだが、行きが山陰回り、帰りが中国道経由の周遊ルート上で、ほぼ「ついで」になっているという奇跡の立地が嬉しい。よっぽどの用事でもない限りはわずかな時間でも必ず寄ることができる。

そんな事情を知ってくれているから、年末の忘年会に呼んでくれた。正午からの飲んだっくれの会(笑)。タルマーリーさんとは別の忘年会でお会いできるはずだったのだが、大雪のために流れていたので嬉しいお誘い。ちょうど日にちの都合も合ったので、いつもとは逆回りのルートにして、朝家を出て、昼から夕方まで飲んだっくれて、夜に女房の実家へ。大勢の変わり者たちに囲まれ(笑)、極上の酒たちにも囲まれ、実に楽しいひと時を過ごした。(酒を飲ませてくれた女房に感謝です。はい。)

変人たちが盛り上がる光景を眺めて思った。ささやかな幸せ。シンプルかつホンモノの酒を飲みながら(飲み放題!アル中にはたまらんよ。)、シンプルでホンモノを目指す変人たちと語らう。周りを子供たちが走り回る。適度に回った酔いが手伝って、幸福感以外はなにもない。もう他には何もいらない。

同時に日々のルーティンワークを思った。この幸福感は、この日々のワークがあるからこそだろう、と。改めてこんなことを言うのも、日々はあまりにルーティンなのである。いや、正確には違う。単なるルーティンではない。「自然」と向き合うがために強いられるルーティン、その中にタイミングと専門性を持ったルーティン。自然は温かくも厳しい。その懐に抱かれつつも、同時に切るか切られるかの真剣勝負を強いられる。今でこそだが、慣れるまでは気持ちの安定を保つのに必死だった。

目の前で騒いでいる変人たちを眺めながら、程度の差はあるだろうがきっと彼らも似たようなものなのだろうと思った。自然の流れやリズムを意識し、誇りを持ちながら地味な日々をきっちり過ごしている。だからこそ、話が自然と盛り上がる。それぞれの立場に自然を基調としたきちんとした背景があり、そこにシンプルな自然のお酒が花を添える。

自然に生かされるルーティンワークとささやかな語らいの楽しみ。日々の晩酌で思う女房との会話の楽しみは、この組み合わせだったか、などと思ったことだ。

せっかく静かに雰囲気に浸っているというのに、変人たちはそれを許してくれない(爆)。たびたび引きずり出されて、いつものノリで思いっきり楽しんでしまったとさ。

1/4 フヌケの不安

今年の正月はのんびりと過ごしている。正月をのんびりと過ごしたのは昨年が初めてで、これで2年連続ということになる。そのときの気持ちなどがブログから読み取れて、ブログというのはこういうときに面白い。

今年ののんびりの特徴は、とにかく「フヌケ」ということ。あれをやらなきゃ、ということがたくさんあるのだが、ついゴロゴロとしてやらないといった感じ。

年末には「フヌケの勧め」などと書いたが、このフヌケの状態に対し何の危機感ももっていないのはまだこの数年来のことである。梅の花の咲くころには必ず体が動き出す。そしてじっとしていられなくなる。危機感がないのはその「実績」があるからこそだ。

フヌケの不安というのは、誰しも持っているものと思う。振り返れば学生時代、社会を垣間見るたびに、仕事が「できない」人や評価の低い人、頑張る気はあるけれど出来ない人、などに触れる機会があり、自分もこうだったらどうしよう、という不安をちょくちょく抱いたものだった。

家業の建設業に戻ったときは、自営業者特有の不安が輪をかけた。経営サイドにいれば、責任は重いが、時間的には比較的自由。うまく怠けようと思えばいくらでも怠けられる。そんな若さで自分の弱さに引きずられて怠け癖でもついたら到底経営を引き継ぐ才覚など身に付かないわけで、そうならないように必死で自制に力んでいた。

百姓の道に飛び込んでからは、時間の自由で身を滅ぼしているなという人を良く見てきた。朝が起きれない、仕事に飽きて休んでばかりいる、遊んでばかりいる、そのため経営が思わしくない、ついに離農する。

経営者の口からはあまり聞かないようなネタだが、こうならないようにするために、世の中の経営者は自分を律することに努力している。経営者になりたくてもなれない人の弱点は意外とこういうところにある。そして必要な努力の程度は人によって差がある、ということの理解も浅い。

私などは、フヌケの恐怖をずっと抱いてきながら、それは取り越し苦労で、そんな心配はなかったしそれほどの努力をしてきていないのではないか。朝寝坊や昼真っからじっと寝ていることなどは、どうも落ちつかない。寝ているのはあまり好きではない。時間がもったいないという感覚。常に何か物事を前に進めることをやりたくなってしまう。性分なのだろう。先日話した経営者の後とりも同様のことを言っていた。経営者には明らかにこういう人が多い気がする。

私の場合は両親を見てきたということが何よりも大きいだろう。ありがたいことだ。

このたびのフヌケ。休むことは仕事の一環だと思って、努めてやっている。女房も協力してくれて、休め休めと言ってくれる。私が家でゴロゴロして、女房が草取りマラソンをしていたりする。しかし本当に心配していない。どうせまたバカみたいに動きたくなる。体重も増えた。来週くらいからボチボチ動くつもりではいる。

1/2 今はなき母校の校歌

2000年に廃校となった、我が母校「川越小学校」の校歌の一番。

『久遠のいのち たたえつつ
里をうるおす 江の川
土のめぐみも 限りなく
のびゆく我ら 力あり』

当時、先生から歌詞の意味を教えられえてはいたが、今となっては驚きと感動がこみ上げてくる。

江の川がもたらす土の恵みを、当時を生きる人たちがどれだけ意識していたか。もはや想像の域から出れないほどの世代交代がなされたが、小学校の校歌の出だしになってしまうところに、その意識の強さを思うのである。

この歌詞は何度つぶやいても素敵である。川に生き、川に生かされてきたこの地の人々。往年の川は交通の要であったし、運ばれてくる食糧、川から直接得られる魚、エビ、カニ。そして土の恵み。それは「限りなく」である。土の限りない力に包まれ、恩恵を受け、感謝をし、我ら子供は力強く伸び行くのである。川によって育まれる人と地域。それは遠い過去から未来にまで途切れることなく続く普遍の真理であり、その真理の中に、今日も江の川はただただ流れるのである。

川が土地を肥やし育んだということは、一般論として就学中に何処かで習ってきて誰でも知っていることではあろう。しかし今の世、それをどれだけ身をもって感じている人がいるか。子供のころに歌詞の意味を漠然とは習っただけではわかるはずもない30~40年前とはすでにそういう時代である。

時代という言葉で、忘れ去ろうとしている物事は多い。しかしその中には時代など関係なく大切であるということ事が実に多いという気がしている。そして忘れ去られることが致命傷だと思えることも。

江の川が潤してくれた我が故郷は、今や、時代の経済の原理に組み込まれて、人は減り、農地は荒れ、すっかりとしぼんでしまったかのように見える。目の前に広がるこの土に、その恩恵を意識する人などはほとんどいない。そして巨大堤防が畑を潰しつつ進行し、ついには川越地区の最後の砦の田津・大貫集落にまでしのび寄っている。

時代が変わっても、人間が自然の一部であるという本質は変わらない。むしろ時代が変わるからこそ、そういう本質を見直さなければならないということに、時代を生きる人たちは気づくことができるだろうか。私も、そういう時代を生きる1人として、とりわけ土と向き合う立場であることの責任を感じながら、愚直に学び、発信し続けていきたい。

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