はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2014年8月の記事

8/30 稲刈りの予定を立てたが

まだ8月というのに涼しいねえ。暑さに弱い私としては嬉しい限り。

稲刈りを来週半ばから始めることにした。こんなに早いのは極早生の「五百万石」を作っていた時以来。近年は畑をひと段落させて9月中旬からとなっていたから、自分で決めたくせに「おおお?マジか・・」と心の中で面食らっているところ。同一品種3.5haを早くて1日おきにしか刈れず作業が長期に渡るため、適期より早めに開始するというセオリーを今年はちゃんと実行しようと考えているわけ。

としたからには、畑がひと段落しているのかと言えばまったくそんなことはなくて、火の車。第一いまだに秋まきゴボウの収穫が終わっていない。昨日は女房といくらかやったけれど、緑肥の準備やイノシシ対策、自家採種などがタイミングを伴って同時進行のため、何事も進まん!のよね。

ま、この涼しさに元気をもらって何とかしましょ。

8/28 田津の大豆に電気柵

昨日の午後、重い体に鞭打ってゴボウを掘りに向かったが、その途中で大豆畑のイノシシ被害の拡大を発見。まあいくらかは覚悟しているしちょろちょろとは被害はあったのだが、今年の田津はイノシシが多いしこの時期にこれじゃあ11月の収穫時には壊滅かもしれない、とうことで、急きょ電気柵を立てることに。

と言うは易し、そのためにはまず草刈りから始めなければならん。不安を抱えながら日をまたぎ、ちょこちょこと他の作業や用事を挟みながら、これを書く昼飯休憩時ようやく完成まで一歩になった。

このたび電気柵を張った圃場は0.5haの1枚もの。たったこれだけの大豆を囲うのは初めてだ。大豆は反収が低い作物だからいちいち電気柵なんてやってられない。これまでには1.5ha分で一団地のものを囲ったことはあったが、これくらいまとまってたらね。しかも田津の場合、1枚の平均0.2haの大豆畑があと6枚ある。これらをすべて囲うわけにはいかない。そして何より、このたび囲ったためにイノシシは他の大豆畑に行くだけのことでトータル被害は変わらないかもしれない。

それなのにこのたび囲ったのは、田津地区の大豆についていろいろ考えているから。8月25日付けで少し触れたが、田津の大豆をやめるということは大変なことなのだ。

8/27 組み換え作業で疲れた

昨日、コンテナの組み替えを無事やり遂げた。夜7時過ぎまで、5時間かかって。今日は肩や首筋を中心に体が重い・・。しかしいろいろやってみるものだ。このたびの組み換えは、パレットの大きさや、向き、並べ方、順序、などでひらめきがあった。毎年の懸念事項であったが、ようやく来年からは上手くやれそうである。

もっとも作付けを縮小したら、そこまでの心配もいらんのだけど。今のところ4400mくらいに減らそうかと考えている。売り上げで100万以上の減。作れば全部売れるのに、もったいない判断。結論はまだ出せずにいる。

今日午後からは、抜け残っているゴボウの試し掘りを予定。収穫機で抜けなかったやつをユンボで掘るんだが、ゴボウがだらんと垂れてくるので1人では厳しい作業。しかし今までは厳しかったというだけで、まだまだ工夫が足りないかもしれない、ということで今回頑張ってみる。できるようになれば次回からが楽。

しかし昨日の組み換え作業はこたえた。自宅でこれを書く今、すでにオフモード。目の前に一升瓶があるというのがまた厄介。ちょっと一眠りしてから行こう。

8/26 ゴボウの保管の大失敗

現在、うちの経営の柱である秋まきゴボウの縮小を考えている。2010年までは畝長で3700mが定番だったが、最近ではどんどん拡大して今年は過去最大の5700mを作付けた。その上まずまずの豊作となっているので、収穫したものが冷蔵庫に入りきらない事態になっている。

もちろんそんなことが縮小の直接の原因ではないが、まあ縮小に気持ちが傾く要因の一つにはなっている。収穫→冷蔵庫→選別→冷蔵庫→出荷という流れだが、その都度冷蔵庫の中と外を行ったり来たりする度に20kg近くになるコンテナを組み替える作業は楽ではない。高さ2.5mまで積み上げたコンテナの山の上で、天井との隙間を行ったり来たり。踏み場を間違えれば大事故になりかねないが、これは猿並みに器用な私だからできる芸当かもしれない。そういうわけで、冷蔵庫の中のコンテナの扱いを如何に楽にするかということは毎年の大きな課題の一つであるのだが、これはという方法には行きつけなくていた。

それで今年もある閃きがあったので調整後の保管である試みをしてみた。しかしこれが大失敗・・。コンテナを積み上げる時は明らかに楽になったが、出荷の度に取り出すことが困難に。困難というレベルではなく、不可能といってもいい・・。バッカじゃねえの、なんで気が付かんかったかな~と悔やむこの頃。

そこで今日は午後から意を決して、コンテナの組み換え大イベントを開催予定。一旦冷蔵庫の外にほとんど全部を出さなければならないので天気が良くても悪くても困る。雨が降りそうで降らないというときがベスト。

コンテナ重を含めると、15トンくらいを組み替えることになる。もちろん手作業。何で気が付かんかったかな~・・と何度でも悔やむ。ああ情けない。

8/25 幕内氏の食育講演会と農業経営

やるべきこと満載で焦る中、朝から来期以降の作型や作付けの計画を練っている。大麦の中止を決めたし、洪水でゴボウの拡大が難しいし、さらに大豆栽培が田津地区のものは雑草やイノシシ害の問題が大きくなってきているため今後の作付けに腰が引けているし、これらのことで農地余りの問題が出てきている。もし田津での大豆の作付けを考え直すというなら、農地余りは経営を揺るがすほどの懸念事項となる。

ところで昨日、出雲市で開かれた幕内秀夫氏の講演会に参加した。氏の著書は15年くらい前から読み、共感している。しかし給食を飯米に変えろという主張ばかりで、食材のクオリティにはほとんど触れない氏のスタンスに、きっと物足りなさを感じる人は多いはずである。

しかし正しいことを言ってばかりでは何も変わらない。まずはベターを目指す。氏のスタンスもそんなところではないかと思うが、このことは日常のあらゆることに当てはまる。見回してみて、上手くいっていない人というのは物事への力の入れ方の軽重が明らかに悪い。細部ばかりに目が向いて無駄に細かい人もいれば、些細なことを軽んじて大きなことを失っている人もいる。

このことは農業経営にも当てはまる。無意識にそう思って生きている。農業経営の場合にも今書いた両方の場合がある。冒頭に書いた作付けの問題も、もっと大胆に考えるべきことから詳細を詰めるべきことまでの課題があるはずである。その軽重が大事。例えばサトイモで何年も苦戦していると以前書いたが、これについてはおそらくもっと細かいところを改善することで何か劇的に改善すると私は考えている。細かいことをバカにしているせいで、「この作物は合わない!」とか「加工までやらないと成り立たない!」、あげく「農業は無理だ・・」となっている残念な人は多い。

話を戻して、ベターを目指すと書いたが本当はニュアンスが少し違って、「柱を立てる」ということじゃないかと思っている。柱を立て、それを大切にすることで、床や壁は自ずときちんと出来上がっていくものではないか。畑の「土」と人間の「腸」は同じで、これをきちんとしておけば、あとは「自然治癒力」などというもので上手く回っていくが、幕内氏の主張も私は同様に思っていて、パンや麺をほとんどやめてご飯食に変えればまずはそれでOKであって、あとはそれによって変わった体が自ずとご飯そのものや食材のクオリティを求め出すはずである。「自然探究力」や「自然考察力」が動きだすはずである。

ちなみに近所の桜江小学校。聞けばパン食は月に1回程度で、あとはご飯食ということらしい。素晴らしいじゃないの。そして最近、お米は無農薬のものが使えるようになったと栄養士の方が仰っていた。そこまで進んでいたかと脱帽。ご飯食にさえ変われば、そのうち自然と向上していくというお手本ではないか!

さてさて、うちの経営もポイントを押さえて、あとは他の農家並みに回っていくという仕組みを早く作りたい。それが洪水との共存のゴールである。

8/23 ようやくゴボウの収穫再開

秋蒔きゴボウの収穫はまだ終わっていない。今日は久々に収穫作業の予定。これを書く今朝の時点で進捗率は92%である。2011年が最遅で、終わったのが9月1日だったが、このたびはそれに次ぐ遅さになっている。

洪水で冠水した圃場のものはすでにほとんど(収穫機での抜け残り以外は)掘りあげたが、もう一枚の圃場が残っているのだ。この圃場、砂毛が強いため収穫が遅くなると「ヤケ症」が出やすいのだが、今年は雨が多くて暑くないからまだ大丈夫なのではないかなどと考えて他の作業を優先させていた。そして少し細めだったのでいくらかは太ってくれるのではいかという期待も込めて。結果や、いかに。

最高気温も30℃程度だし降水確率も低いので、できればほぼ1日掘ってみたいが、お願いしている2人の様子もあるし、暑さに弱い私も自信がない。すでに「抜けないゴボウ」と化しているので、抜けやすい一部を除いて、収穫機でなく「バックホウ+手抜き」のつもりだから。

8/22 広島の災害と裏山の心配

広島でのこの度の土石流。亡くなった方々のご冥福を祈るばかり。わが身だと思うと、せめて即死でありますようになどと願う。

我が家は他人事ではない。裏に隣接するように急な山を背負っている。人の頭ほどの大きさの落石が時々あるようだ。家屋に寸前のところに新しく見つけることがある。

築150年と聞いているから、少なくともこの間は何事もなかったということである。この近辺で多くの山崩れを起こした1872年の浜田沖地震ですらも無事だったということになる。しかしだから今後も安心とは考えにくい。1000年2000年に一度起こるということだってある。

我が家の裏山は、全国的にそうであるように人手が入らなくなって久しい。周囲より巨木が多いのは、ちょうど家の真上付近が「ガレ場」のため、木を切らないように先人が管理をしてきたからとのことである。しかし私が見る限り、そろそろ巨木を間引いた方がよさそうに思う。あのイチョウの木などが倒れてきたら、山崩れの前に木によって家が潰されてしまうことになる。

倒木や落石の被害も含め、予期せぬことに対するために、日頃から「感」を鍛えておきたい。五感を研ぎ澄ませる。音はもちろん、山が崩れる前には「臭い」を発することもあるというが、この度の広島でもそうだったらしい。大雨のときには谷川の流れによって音がかき消されてしまうので、嗅覚や第六感なども動員しなければならない。

そしてイメージトレーニング。無駄骨に終わるかもしれない行為にスッと入っていけるかどうかはこれをどれだけ実施しているかに尽きる。意味もなく、やばい!と思ったら、確認などせずに女房にとっさに声をかけ、子供を抱えて靴も履かずに庭に飛び出し道路まで走る。子供は左手で抱える。靴を履くか履かないか、さあどうするか、ということまでイメージしておく。夜中で土砂降りの中を走るハメになって、それが無駄骨に終わったとしたら、何も起きなくて良かったなあ!とずぶぬれの顔をお互いに見合ってハハハと楽しんでしまおう、などということまで考えておく。そこまでやってようやく、イザというときに出来そうな気がしてくる。

8/20 あうん健康庵の小松先生を訪ねて

田津地区の畑のすぐ近くに、「あうん健康庵」を開業されている小松健治さんという医師がおられる。県議会議員の三島さんが興味を持たれたので紹介。昨日訪ねにいらっしゃったので私も改めてご一緒させてもらった。

その時のことを三島さんがブログにアップされ、それをFBで公開されたところ、私のシェアなども含めて反響多数。こんなに近くに住んでいながら小松先生のことをあまりに発信してこなかった自分を反省しているところだ。

私が今の農業をやっている目的は、食っていくため、ということは当たり前であるが、それが同時に世直しに直接つながるから、ということがある。などというと「何を傲慢かましているのか」と煙たがられ兼ねないが、すでにほとんど宗教と化した近代合理主義というか西洋由来科学主義というか、そういうものに毒されている社会によって脅かされている子孫たちを思えば、自信を持ってこう言わざるを得ない。

そういう想いで農業をやっていて、やっぱり食と医の立場の人の理解や応援は大変心強い。無理解の壁はあまりに厚いが、厚いからこそ「理解ある人たちくらいはまず連帯しなければ」という昨日の奥様の言葉に、あらためて再確認をしたところ。

今の常に何かに追われている経営をもっと洗練して、いつかはもっと積極的に打って出たい。その思いは今に始まったことではなくてずっと抱いていることではある。くそ~何とかならんか!熱さだけはあるのだが。

敵はくたびれ。まずは得体の知れない「くたびれ」との戦い。その先に次の展開が見えるはず。ロマンチストはリアリストでなければならない。負担感と不安感を一つずつ減らす工夫を今日も明日も続ける。

8/18 この夏といったらどうだ

この夏の天気はどういうことか。ほとんど夏らしい夏がないままに、雨ばかり降って8月も下旬を迎えようとしている。

こんな夏は今の農業を始めた2004年以降で初めてである。作物を育てているとその年々の天候をよく覚えている。特に夏の天候は降っても乾いても激しいので記憶も確かである。うちのようにコシヒカリをメインに田んぼをやっていれば、最近流行りの高温障害がある。溝切りという管理をしぶしぶやめた2010年以降、2010、2012、2013年の障害は顕著だった。それは同時に暑い夏であった。

コシヒカリにとっては今年はどういう夏なのだろうか。私が観察をする限りでは彼らはとても気持ちよさそうに見える。ということは2011年以来の、かつての1等が当たり前という結果が待っているのかどうか。圃場整備後3~4年目で土が出来てきている。今年は水管理も変えている。それで暑くない夏。溝切りをしないからといってこれで1等にならなくてどうする。

一方で畑は散々。雨が多ければ草は茂る。作物の生育があらかじめ良かったから「今のところは」許容範囲に見えるが、草の勢いはここにきて凄い。

大豆などあんなにワサワサ茂った間からかなりの草が突き抜けてきている。すでに大豆はそれなりに取れようが草の種も落とす。大豆畑というのは草の種を落としてはいけないのではないかと最近考えている。他の作物や科なら草の種を落としても土ができてくれば草は減るということらしいが、マメ科の持つエネルギー、そしてパイオニア性。どうもそんな気がしている。

草のしつこさはゴボウ畑も同様。先の洪水以降は収拾がつかなくなっている。洪水前だって雨が多かったので削りが追い付いていなかった上のことだ。あとはどこまで共存するかの判断。収穫機が機能しなくなるほどは生やさないという一線を死守するスタンスで望むことになりそう。以前なら何とかしたが、やはり10年選手のくたびれを痛感する。

畦も農道も圃場周りも、草という草が猛烈に生えている夏。自宅も草に埋もれてしまいそうだ。自宅といえば、カビがどうにもならない。梅雨で生えたカビが絶えることなく猛威を振るっている。家の柱という柱、床という床、家具という家具、すべてが水に返っていくのだろう。そう思うと心地よさも感じるが、ここで何か抵抗するのが人間の文化というものだと考えれば、やはり何とかしなければならない。

8/15 共存へのこのたびの決意

水に浸かったゴボウの収穫は、機械の「歯」が立たず連日の「手抜き」作業。首、肩、腰、腕をパンパンにしながら昨日の昼前に何とかすべて掘り上げた。この安堵感をどう言ったらいいか。いつもの収穫メンバーはもちろん、特に時間いとわず地道に出ていただいたお2人に、もう感謝感謝。

いつかは来ると思っていた秋蒔きゴボウの冠水という事態。何かを作っていくには必ず失敗のステージに出会うという「必然」の現象に過ぎない。おかげでまた多くのことを学んだ。

圃場の特性による収穫作業の順序。ずいぶん遡って播種の順序。「抜けないゴボウ」問題の対応のスタンス。非自然栽培モノの管理。他作物・他作型との連携。輪作体系。人の問題・・・。

という面と向かった課題はもちろんだが、もっと大きな経営課題についても、このたびようやく頭の中で重い腰をあげた、というようなこともいくつか。そう簡単ではないことだらけなので、一つずつ進めていくしかない。気持ちばかりは「死ぬ」気で(笑)。

こうやって洪水との共存を目指している。周囲はうちのことを軌道に乗った起業者と見ているようだが、当事者はそんなのんきなつもりではいられない。「10年もやっててまだ軌道に乗らないのか!」と呆れてもらって大いに結構。それが農という分野でもある。仮に30年かけて経営を軌道に乗せる、つまり洪水との共存を果たすと考えたとして、10年というのはまだ3分の1という当たり前の算数。なんで慌ててんの。それに、あんたも呆れているうちに死んでいくし、私ももがいているうちに死んでいく。それだけのことだ。

30年かけてと言ったが、同時に20年で離農しないようにという努力もいる。そして「経営を成り立たせるために洪水との共存を目指し、共存を実現するために経営を成り立たせる努力をする」というスパイラルの真っ只中にいることを痛感する。

最近つくづく思うが、「本物の実践は簡単である。しかし続けることは難しい。」その最大の障害が「人」。つまり自分。自然栽培でいう「土・種・人」の人だ。この「人」ということを20代の頃から考え抜いてきたつもりだが、最近さらに何か見えてきた気がしている。そしてこれからまた何が見えてくるのか。楽しみでならない。

8/12 状況は

思った以上に悪い。まずもって文字通り収穫機の「歯が立たない」・・。しばらく引きこもる。

8/11 貴重な勉強会を不参加に

台風は過ぎ去ったが、吹き返しの北風によって朝まで雨がずっと降り続いていた。

あわよくば今朝からゴボウの収穫の予定だったが中止に。朝6時、お願いしている皆さんにいつもの連絡をし、珍しく夕方16時からの収穫をお願いした。あいにくなのは、ちょうどお盆前というタイミングということ。ここで掘り上げておかないと、お盆明けの再開ではさすがにゴボウに変質が見られるのではないかという不安がある。

実はそうとう恨めしいことが一つあって、今日明日とで岡山県北で私が属する自然栽培普及会の稲作勉強会が開かれる。私も当然参加の予定だった。地域の世話役に任じられたばかりでもあるし少々のことなら行くつもりではいるのだが、この状況ではさすがに行けない。

また一農家の立場としても、経験をそこそこ積みそれなりの視点や疑問点を持ち始めていたので、このたびは得られるものがいっそう大きいという予感がしていただけに残念でならない。少なくともうちの自然栽培稲作技術の進歩は確実に1年は遅れるはずである。

今日は朝から、ゴボウ洗い機の不具合を発見、分解。ダメだね、こりゃ。不具合とか何とかのレベルではなく、根本的な部位のベアリングの破損。原因がどうとかでなくて寿命というべきか。JAさん時代から20年以上は動いていた機械のようだから、さあどこへ問い合わせたらよくて、さらにどうしてくれるのか。部品があるとも思えんし。

リスクヘッジは抜かりなく、代替機があるので何も困ることはないけれど。しかしパートさんの勤務時間を振り回してしまった。

雨は止んでいる。このまま止み続け、出来れば陽が差して、夕方までには少しでもゴボウ畑を乾かしておくれ。でも苦戦は間違いなし。あれだけ水を吸い込んでいるから。

という「今日も地味」ネタ。

8/9 台風の前日

台風が迫っている。久しぶりに直撃ともいえるコースだ。これを書く今流れている無線放送によると「本日夕方から風雨が強まり、夜半から明日の昼にかけて暴風になる。」とのこと。

冠水して気をもんでいるゴボウの収穫は、昨日いくらか掘って様子を見た結果、慌てて掘らずとも数日は品質の劣化を招くことはないだろうと判断した。だから今の状況で無理して掘るより、台風が過ぎ去り天候の回復を待ってからやる方が得策と踏んでいる。ただ推定であと1500kgは埋まっているので、のん気にしていては怖い。週明けから一気に掘り上げるつもりでいる。

今日は朝から、渡地区でニンジンの種採り圃場の雨よけトンネルの撤去。大豆畑周りの草刈り。そして日課になっているゴボウの種房の摘み取り、乾燥。日課になっているのは連日の雨のせい。種房の中で発芽してしまうので、こまめに摘み取り広げて乾かすという作業が欠かせないのだ。

そして今日の午後これからは有機JASの書類の作成。毎年恒例でずいぶん慣れたとはいえ、時間は多く割かれるし、何といってもこの社会において有機JASの意義というものが感じられなくなっていることが、時間を割く辛さに輪をかけている。

JASといえば、洪水による冠水の問題は、「認定機関の勘違い」で昨年終止符が打たれた。有機JASという制度の中では極めて理にかなっていて自然な対応ができるようになった。ただこの制度自体の意義があまりに小さく、はっきりいってどうでもいいレベルではあるが、とにかくくだらない手間がかからないようになったことは喜ばしいことだ。

こうやってのん気なことを書いているが、明日にかけての江の川の水位が心配でならない。川の水はまだ多いし、大地はすっかり水を吸い込んでいる、ちょっとした雨で水位は上がる。

今雨雲レーダーの予報を見ると、午後もあまり降らんのね。書類作りはやめて、畑に出ることにしよう。

8/8 洪水の写真

8月6日の洪水を写真で紹介。

今回のピーク時の江の川。

この度は橋の周辺の圃場のみの冠水で済んだ。 中央あたりの春まきゴボウ30aは水の底で見えなくなった(涙)。

そのゴボウ畑の浸かり始め。 「辛いけど我慢して今からしばらく潜ってくるよ。生きて帰れるように頑張るからね。今まで精一杯管理してくれてありがとう!」という声が聞こえる。

サトイモは喜んでいた(笑)。やっぱ田津はサトイモだわね。

道はもちろん通行止め。 中央に逆V字型に溜まったゴミがこの度の最高水位の痕跡を示す。

8/7 このたびの被害と今後のこと

昨日の洪水は17:00をピークに水位を下げ、夜中のうちにはすっかり引いた。浜原ダムの最大放水量が14:00頃の3700トンくらいだったが、下流域で降らなかったために放水量の割には被害は少なくてすんだ。

うちの主な被害は、
・5月中~下旬蒔きゴボウ(畝長4000m)・・・ 5~6時間の冠水。
・現在収穫中の秋蒔きゴボウ(残り畝長970m)・・・ 3時間の冠水。
・開花中の大豆(50a)・・・ 1~8時間の冠水。

実際にどういう被害になるか。5月蒔きゴボウと大豆はこれから様子を見ないと分からない。収穫中のゴボウは大丈夫と思っているが、地元のご年配氏が、「この時期の冠水は致命的。もう無駄だ。トラクターで漉き込んでもいいくらいだ。」と自信満々で言われるので不安もある。まあ「苦労はあるが損はない」ので早く掘り上げたいと考えている。

と言うは易し。その具体的順序に頭を抱えている。畑はたっぷり水を含んでまだ入れないし、これから数日は天気が悪いどころか大荒れの予報である。私一人では無理なので人手をお願いすることになるが、天気などの状況のせいで振り回さないように進めていくのは至難の業。昨日の夕方くらいからこのことばかり考えている。

しかしこういうことを考えるのは得意中の得意という自負もある。またまた針の穴を通すような絶妙な段取りを組んでみたい。

それと同時に、中期的なこと、長期的なことも合わせて考えていかねばならない。毎年か隔年くらいで洪水が来る想定で、どう経営を作り直していくか。どこにどう行くにしても、大ナタはいる。

8/6 この時期に洪水

昨年は9月4日に来たが、今年もまさかのこの時期に来た。雨続きで心配はしていたが。11:30現在、浜原ダムの放流量が毎秒2800トン。田津の畑に上がるのはさらに2時間後くらいか。この度は下流域で降っていないので、放流量ほどの水位上昇にはなるまいが、上流の江の川ダムがピーク時に3700トンまで増えているので、すでにただでは済むまい。

私の推測ではゴボウ畑1枚(畝長4000m)は確実に浸かる。現在収穫中のもう1枚がどうかというところ。種採り圃場は大丈夫。

そして大豆畑も少なくとも50aは浸かる。さらに50aが微妙で、もう50aはセーフではないか。大豆は7月半ばまでの冠水には強いからと田津地区に導入しているのに、今は開花時期。大きな被害を受けると思われる。

それにしても小規模も含めてこれで5年連続になる。大きいのも、最近では1999年、2006年、2010年、2013年、と間隔が狭まっている。数年に一度を想定して今の経営を組み立ててきたが、こう毎年毎年というのでは根本的に考え直さなければならない。といっても、作物も販路も農地も、すべて一度ぶち割ることになる。ゼロからと言わなくても2とか3とかからやり直すことと同じだ。そう簡単はない。

長い年月をかけて上流側に完備されてきた堤防が恨めしい。天候のせいばかりが言われるが、これらの堤防のせいで明らかに田津地区の水位は上がりやすくなった。

今昼飯休憩で事務書に戻ってきているところだが、さあてとな、そろそろ田津へ戻ろうかね。JASの報告ネタも観察せんとならんし。長い1日にならなきゃいいけどねえ。

8/5 気持ちが落ちる

8月3日の記念日の前日、実は、スイッチが切れて気持ちが落ちた。ときどきこういうことがある。いろいろなストレスや悩みや心配事が波状攻撃と化学反応で襲ってくる。このときはちょうど朝一番のゴボウの収穫作業中だった。そのせいで5人での流れ作業に2分くらい穴を空けてしまった。現場の世話役としては失格。そのことがまた輪をかけたので、この日の午前中くらいは気持ちがどん底だった。

程度の差はあれ、誰もがこういうことに直面しながら生きているはず。私の場合は幸いにして曲がりなりにも「修業」ということをしてきたので、こういう場面でもまずは取り乱さずに顔に出さずに、大きな能率の低下を招くことなく済ませることが出来ている(はず)。活動のパフォーマンスを下げようとするあらゆる要因に動じないようになるために自分を鍛えることが修業というものである。気ままに気分に振り回されて、何かと周囲に気を使わせる人は少なくないけれど、私はすでにそういう立場にいることはできない。

ときどき私のことを勘違いして、私がそういう悩みや状態に無縁だと思っいる人がいるけれど、そんなわけはない。以前よりは上手く立ち回れるようになったとは思うが、多くのことにストレスを感じ、気持ちが折れそうになることはしばしばだ。そして、心の内に溜めてしまう。そして溜めたものを爆発させるか、日々の修行のネタに有効利用するか。私は後者は自分を鍛えるために優秀な手段と思っているので、平気で溜めてしまう。溜めることは良くないとはよく言われることだが、爆発させたり周囲に迷惑をかけない限り、つまり溜めた後の処理によっては溜めることも悪くはないと思っている。

さて、今日も明るく楽しく振る舞おう。そして水面下で一歩ずつの努力。できることは限られているから焦ることもない。こうやっていつか死んでいく。

8/3 生存記念日

今日は20回目の生存記念日。24歳での事件(こちら→)だったが、指を折っているうちに倍近い年数が経ってしまった。

森林に関わる仕事を諦め農業がやりたくなってこの事件に遭遇し、その後不本意にも家業の土木に携わり、農への思い消えやらず28歳でようやく修行へ。食っていくことの苦労というものを始めて味わいながら岡山~千葉へと転戦。未来がまったく見えない中で狭い農地を借り受けての自己研修時代は、何度気持ちが折れそうになったことか。

若いときに何が辛いかって、一番は未来の自分が見えないということだ。それがまた面白いのだなどというのは上手く凌いだものが振り返って言う言葉。

そんな当時、折れそうな気持ちが襲ってくるたびに湧き上がってきた言葉が、「すでに一度死んだんだから」。こう思うと苦しみがなくなる。24歳の事件の記憶がよみがえってきて救われるのだ。

先日の圃場見学会のことを自身のブログに載せて下さった三島県議さんが、その数日前に哲学者の内田樹が著書に書いていることをこう紹介されている。

【正確には、「仕事も恋愛も結婚も遊びも…も、前を向いて、快活に、『いろいろあるけど、バリバリとやって行こうじゃないか』と思えないところに、この時代のしんどさがある。そこがしんどいのはなぜか。」というもの。 これに対して、若い人たちに「未来がないから」であるとし、それは「死んだ後の自分」を思い描けなくなったからと。そして、若者に欠けているのは、「生きる意欲」ではなく、「死への覚悟」なのだと。】

これを目にしたとき、もうどうしようもないくらいにスッと心に入ってきて、そして次の瞬間、何か無性に泣きたい気持ちになった。上手く言えないが、自分はなんと悲しい体験をしてしまったのだろうと。

今の農業を実現して今の日々があるのは、24歳のときのこの体験のおかげであるということを信じて疑わない。でなければ「こんなこと」ができるわけないじゃないか。「あんたが築いてきたことはとんでもないことだ。」という知人の言葉に少し甘えてみる。

昨夜、珍しく息子が寝るときに私の方へ転がってきて私の耳を触りだし、ほどなく寝息を立て始めた。本当に珍しいことなのだ。今日の記念日を控え、「あのとき助かったから女房にも息子にも逢えた」などと感慨にふけっていたときだったから、それとなく私を見透かした息子のリアクションだったかもしれない。

8/2 最近の田畑の様子

今年は全体的に生育が良い。一部を写真で紹介。

昨年秋に10a当たり米ぬか70キロのみをふった田んぼ。苗にも有機肥料を使用。いわゆる一般的な低投与型の有機水田。草がほぼ抑えられ調子がいい。

大区画化圃場整備直後から自然栽培を開始し3年目の田んぼ。年々よくなっている。今年は大いに期待。

転作田の大豆3.5haの出来もそろっている。

連作5年目の大豆も、ほれ、この通り。

現在収穫中のゴボウ畑。今年はいいよ~。

毎年悩みの春まきゴボウ。1枚目(畝長1500m)はかなりいい。 最後の施肥からまるまる5年を経過したばかりの、砂気の強い圃場。

春まきの3枚目(畝長4000m)もいい感じ。ただし今だ草との挌闘中。無施肥は6年目に突入。

春まき2枚目(畝長1500m)。これが例年のダメな感じ。 無施肥は5年目だが、冬に日が当たらないため麦などの作付けが控えめ。 土のエネルギーを下げるにはまだまだ時間がかかりそう。

ゴボウの種採り圃場。今年はネズミ害を最小限に抑えている。 来作は初めて種を全量まかなえそう!

今年から田津に移したサトイモ。乾燥のためか、生育はいまいち。 来年以降、無施肥でここで連作の予定。

田津の大豆畑。1.5haはこんな感じだが、 0.3haは「オナモミ」の逆襲にあってすでに潰した。

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