はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2016年5月の記事

5/31 ・・・

いやはや、畑が凄いことになりつつある。やっぱり6月繁忙はそう簡単じゃないな。何とかせにゃ。 とこんな時に、デスクワーク。いろいろ焦るねえ。

5/29 なんとかやりきった

田植えは昨日、過去最速で終わり、大麦収穫もさっき終わった。これらは経営の中ではもはやそれほど大げさなものではないけれど、節目作業が一つずつ終わるというのは実に気分がいいものである。

今日は日課の田んぼの鎖除草を1haやったら上がろうと思っている。さすがに精根尽き果てた感。

今年の繁忙期は振り返ってみるとこの数日が山だった、となるんじゃないか。つまり恒例の「6月繁忙」はそれなりで済みそうだということ。だとしたらあまりに画期的。あとはタイミングだ。生まれた余裕でしっかりとここを見極めて行きたい。

5/26 ・・・

体力的にも相当参っているが、天気予報と相談して、1日前倒しして日曜日にケリをつけることにした。ということで、田植えと大麦刈りを終らせる覚悟。体が、もつか・・。

5/25 最大の繁忙期に突入

田植えは順調に進んでいる。今日で3枚(1.5ha)を終えた。進捗率43%。

他の作業も重なり始めて、昨日から緑肥播種を、今日から田んぼの除草も入ってきた。大麦の収穫もどこかで入れないとならない。ついに最大の繁忙期に突入だが、殺人的でないのが心の底から嬉しい。

今日から明後日までの3日間は、朝一で代掻き、二番で田植え。午後一で田んぼの除草、夕方まで畑作業。の流れ。夕方までって以前は「日没まで」って書いたところだけど、ここが殺人的でないという所以。

ちなみに除草はこんな感じ。

鎖をぶら下げた機械で走り回るだけ。1枚(0.5ha)が1時間。この作業がいい休憩になる。お、奥の条がくいっと曲がっている。今年は苗箱補給時もノンストップで田植え機を走らせているので、これがちょいちょいあるんよね。

5/24 自然栽培の偽装はしませんよ

うちの栽培は自然栽培がメインだが、一部で肥料を使った栽培もしている。自然栽培の偽装が少なくない中で、疑いを持たれないように説明しておきたい。

うちが「自然栽培」と称しているものは、「自然栽培をあくまで継続的に実施している、あるいは今後継続的に実施する予定」の圃場のものだけだ。ゴボウを仕方なく施肥して育てる圃場があるのだが、その合間に輪作する無施肥の大麦については自然栽培だと思っていない。

無施肥で管理したって、昨年の残り肥を当てにして施肥をしないだけのことでは明らかに自然栽培とは呼べない。「自然栽培=肥料を使わない栽培」ではないのだ。

「ガイドラインもないんだし、そんな目くじら立てずに自然栽培と名乗ってもいいんじゃないか。」と言う人もいるが、これをやりだすとドロドロだ。食べるほうも何を信じ誰を信じていいかわからなくなる。かつての有機栽培がたどった道。かつて横行した「自称有機栽培」は国にガイドラインを作らせる結果を招き、もはや有機栽培はめちゃくちゃになってしまったことは多くの人が知るところ。

ちなみに今年作付け(予定も含む)分の作物で、自然栽培と施肥栽培(いわゆる有機栽培)の内訳はおおまかに以下のとおり。

  自然栽培(自家採種%) 有機栽培
水稲  1.3ha(100)     2.2ha
大豆  6.5ha(100)     0 ha
大麦  1.3ha(100)     0.2ha
ゴボウ  1.2ha( 30)     0 ha
サトイモ 0.1ha( 95)     0 ha
ニンジン 0.3ha( 5)     0 ha

管理農地はまだあと5haくらいあるが、緑肥の作付けや、未作付けである。ここを突かないと経営は楽にならないのよな。ま、これは余談。

ちなみに上記内訳の水稲の有機栽培では、先日も書いたが、「苗には肥料を使ったが本田は無施肥」というロットを今年は設けるつもり。近所でうちのお米の需要が出てきているので暫定的な工夫だ。本当はもう少し田んぼを増やして自然栽培育苗の技術を高めて自然栽培のお米を増やしたいのだが、今すぐは厳しい。しかし、必ず何とかする。

5/23 今年は田植えが楽そうだ

今日から田植えを開始。3年連続で5月22~23日から開始できるようになった。すっかり安定技術と言っていいと思う。

まずは有機の田んぼから。今年はいろんなことを極めて普通にやっているので、難なく植えることが出来た。準備から片付けまで全部コミコミで、57aを、女房の3時間の応援を得てちょうど4時間で終わった。高くて削った部分が2か所ほどきちんと植わっていないのは仕方ないとして、ところどころ「根渡」が原因で植わっていないものがある。まあこれは無視できる程度。ということで、今年は何年かぶりに「気が楽」な田植えになりそうだ。

以前はこうだった。スタッフがいた10年前頃は、田植えはスタッフに任せて私は畑の守をしていて、いつの間にか終わっているという感覚のものだった。トラブルは記憶にないほど。それが毎年苦戦するようになったのにはそれなりに明らかな原因があって、今年は「普通に」やったのでトラブルがないのは当たり前かもしれない。まあ普通にやれる条件がそろった、ということだから、これはこれで必然の流れ。

今後はできればこう行きたい。どちらかというと心の中心は畑に置きたい。私の嗜好は田んぼなのだが、経営者としては畑ということ。また「どちらかというと」の程度を組んでもらいたい。じゃあ田んぼはちゃらんぽらんか、と言われれば、きっとこれを読むあんたよりはよっぽど考えている自負はある。心配も、妬みも、蔑みも要らない。

さあ、飯食って代を1枚掻いたら、残った時間で麦刈りの準備をしよう。

5/22 保育所での研修会

そういえばこのネタに触れていないかった。先週、下の子がお世話になっている保育所の職員研修会の講師を務めてきた。

自然栽培農家として、巷にあふれる農や食への誤解を解くという趣旨で話してみた。内容的には絶対面白いという自信はあったが、これが思った以上の反響。質疑の盛り上がりも想定外。「あっというまの1時間だった。」とも。子どもを預かる現場の人たちってこうなのか。こういう保育所に息子を預けているということが嬉しくなった。

ちにみにここは民間の保育所。経営サイドの部長さん(小学校のPTAでよく見知った方)と交わしたわずかな会話や、先生方の明るい一体感からも様々に想像を巡らしてみる。

第2弾もお願いしたい、と言われている。いくらでも骨を折るつもり。理屈を押し付けるだけでなく、何とか1歩でも2歩でも前へ進むように力になりたい。

帰り際にある先生に、「祐土くんと同じにおいがする。」と言われておかしい。ひとっ風呂浴びる時間がなかったので汗臭かったかなと。翌日「祐土くんのにおいが"おひさま"のにおいだと気が付いた」とお便りに。ずいぶんしゃれている。女房いわく、「洗濯で化学洗剤使ってないし、いくらか汗臭いかも。」

勝手に意訳し、汗のにおいは「おひさま」のにおい、だ。我が子と同じにおいと言われて上機嫌の父親である。

5/21 今どきの田畑の様子

くたびれすぎると夜中に目が覚めて寝れなくなるといういつもの症状が。それで今日は少しのんびり目に動いている。ということで休憩もしっかり取りがてら、昨日の田畑の様子を。

苗代。自然栽培区が一時黄化とともに成長が悪くて焦ったが、こまめな朝方の保温管理や、ここ最近ぐっと暑いせいで及第点にはなっている。でも昨年よりはちょっと悪い。施肥区の方は追肥で対応。月曜から田植えの予定。

それにしても何か不安を背負うたびに引き出しが増える。来期はまた大きく管理方法を変えようと考えている。

今年も豊作の予感の秋まきゴボウ。58。

56。

68。

一方で、今年も悪い春まきゴボウ。まともに育っているのは写真手前と奥のみで、中央の砂っ気の強いところは障害が出ていて育っていない。畝長で4千数百m。経験的におそらく悲惨な結果になる。

こちら(マルチ区)はまだ優劣不明。

大麦。こちらも来週中には収穫を始めるつもり。

土づくり用のエン麦。

種採り用のゴボウ。

今年はゴボウも大豆も大麦も全て無施肥での栽培(大麦は一部が有機圃場)。稲は例年通り4割が自然栽培で、6割が有機栽培。ただし有機のうち一枚は本田無施肥(苗のみ施肥)の管理をするつもり。

5/20 段取りで悩んでいるのはゴボウの洪水対策のため

う~ん・・。かなり疲れている。これから一番の繁忙期に入るというのに大丈夫か・・。

段取りが難しなあ。麦の熟れが早いんよね。イノシシやらスズメ、ハトの被害もかなり出てるってのもあるし。昨日書いたように本当は緑肥を蒔きたいんよな。

緑肥を早く蒔くってのは、ゴボウの洪水対策なんよ。大豆の作付けを増やした近年では、ゴボウの収穫は7月に入ってからになっているが、本当は6月中から掘り始めて洪水が来る前に少しでも掘り上げておきたいわけ。だから6月の作業で前倒しできるものはしておきたいのよ。

緑肥をやめるってのは、ない。洪水が来たときに表土を守るためには欠かせない。遅くても6月15日くらいまでには蒔いておきたい。でないと表土を守ってくれない。あと、自然栽培を可能にする土作り。普通はこれこそが理由で、洪水ネタはうちならでは。

今年はスタッフがいてくれているおかげで、私が本線にしがみついていることができている。今までは何とかかんとか。問題はこれから。冷静にいかないと一瞬で逆転されかねない。

5/19 田植え前に進めておきたい

田植えを控えて、畑作業の貯金を作っておきたいところだが、まったく亀の歩み、やるべきことが多すぎて本線がなかなか進まない。今の本線は緑肥の播種。目先の売り上げにならず将来の投資(土作り)の意味合いの作業だが、近年はこれを優先する感覚に慣れてきた。

田植え期間中は、同時に鎖除草も始まる。その機械を引っ張り出したところ故障が判明。田植え期間中は代かき~田植え~除草は日々の3点セットになるので、すべての準備を確認してからでないと田植えは始められない。

そのうえ麦刈りも入ってきそうだ。収穫~乾燥~調整のライン準備もしなければならない。

う~ん、本線、無理じゃん。

5/18 ・・・

クソ忙しくこの天気のいい日に、朝2番からデスクワーク。痺れた~。 経営以外の用事も何だかんだと多いが、若者は待ったなし! 何でもかんでもやるのだ。

5/16 出張で

週末は出張で岡山へ。家族旅行も兼ねて、とても有意義なものに。心に長い間刺さっていたことにも一区切りがつく。

そして今日から5月も折り返し。畑のお湿りには申し分のない雨も。明日からしばらく雨が期待できそうにない。恒例の田植え前の畑作業ははかどりそうだが、春まきゴボウには試練となる。せめて今日の雨がしっとり地中深くまで浸してくれることを願う。

こんな日はジッと代かき。生やしている草がざぶざぶ浮いて

3日前のゴボウ畑。さて、やるよ。

5/13 事業のおかげで受け入れがしやすくなる事情

昨日の内容は誤解を招きかねないので補足で書くが、この産業体験の補助金はたいへんありがたいものである。

農作業経験のない初心者を受け入れるのは、こういう補助金がないと難しい。うちのようなスタイルの農業経営では、初心者が1人入ると売り上げが下がってしまう。というと大抵びっくりされるのだが、その初心者の面倒を見ることに私の手が取られてしまうので本線が疎かになってそうなるのである。

売り上げが減った上に、経費(その人の人件費)がかさむ。経営としては辛抱どころだ。「いつか仕事を覚えてくれたら作付面積を増やして取り返そう。」と言い聞かせ今を耐える。うちのような農家が人を雇うということはそれが本質。

そこにこういう事業があれば、その人の人件費を肩代わりしてくれるので、せめて経費の方の負担が減る。そして一番いいのは教育にじっくり取り組むことができること。もちろん儲かっている会社ならこんな事業を受ける必要はない。これはうちらのような会社のレベルの話。

このたびだって、この事業がなかったら受け入れ自体を相当悩んだだろう。今のままでも経営的には困っていないので、リスクを背負ってまで雇う必要はないから。

しかし増産の要望に応えたいというロマンがある。農業好きの若者を増やしたいという思いもある。そしてこのド過疎の地に一人でも多くの有望な若者に入って来てほしいという願いもある。そのために雇用を考えていたわけだが、そのハードルを押し下げてくれるのがこの事業なのだ。

5/12 指導者が良ければ誰でもレギュラーになれる、わけではない。

4月から常時雇用候補生ということでアルバイトが1人来ているが、ふるさと島根定住財団の産業体験事業を申請することになり、一昨日はその面接や打ち合わせだった。

しつこいほど書いてきたが、補助金というのは麻薬。しかしそれは「使いよう」で、補助金によって失うものを意識してさえいれば大丈夫。しかしハード事業とは違って今回のような生活費補助の事業はよくよく気をつけなければならない。ただ「失うものを意識しろ!」なんて補助金を受ける本人に言ったところで分かるわけがないし、説明したところでそれは今の時点では意味不明だし、そもそも何を失うかは人によって違うわけで説明すること自体、本当は無理。

だから本人に代わって周囲が気を配っておき、本人もピンとこなくたって頭の片隅くらいには入れておかないとならない。そういう「総力戦」の体制を敷くくらいの気持ちで、この生活費補助には臨まなければならない。

と仰々しく書いてみたが、本当はこういうのは本人次第である。こんな麻薬などまったく受け付けない人もいる。何も周囲が総力戦の布陣など敷かなくても全てが上手く回っていく。人を育てることとまったく同じだが、本人次第ということは大きい。独立して農業を営むための研修などは本人次第に尽きる。勝手に来て、勝手に学んで、勝手に農業経営を始めるんだから本人次第というのはあまりに当たり前である。こちらにできることはそういう意識を持つように誘導することだけだ。

しかし今回は従業員になるための研修である。こちらも希望しているし育ってほしいと願っている。という以上は本人次第とばかり斜めに構えているわけには行かない。業務の一環としてコーチだってしなくてはならない。

そう、コーチなのだ。関係者は、「農業なんて簡単だから受け入れ先(コーチ)の腕前でいくらでも育てることが出来るだろう。」と考えている嫌いがあるが、それはあまりに誤解で、農業は極めて難しい分野だ。名コーチにつけばどんな野球選手だってレギュラーや4番打者に成れるわけではないということと同じである。本人の努力や素質の方が圧倒的に大きい。コーチにできることは意識付けをし、それを少し引っ張り上げるだけのことである。受け入れ先の手腕に過剰な期待や評価をするのはもうやめた方がいい。

「弟子に心の準備ができたとき、師匠がやって来る。」この言葉はあまりに深い。どの受け入れ先が厳しいとか厳しくないとか、もうそんなことはどうでもいいから、関係者には本質をのところをもっと見るようにしてほしい。それには私らの「生の現場の声」から学んでもらうしかない。それと合わせて「先生はえらい」内田樹著くらいを読んでみてくれれば。そうでないと総力戦の布陣の敷きようがない。

5/11 農業の魅力は「分かる人には分かる」

農の分野は、ありとあらゆることが保守的で気が長く、このせわしない現代においてはあまりに異次元のものだなと思うことがしばしばである。世間の1週間が、この分野では半年くらいの感覚。そしてこのギャップが他人にはなかなか伝わるものではない。

それは農業の魅力ということも当てはまって、現場からの発信をライフワークに位置づける身にとってはこれをどうやって伝えていくか、ということを考え続けてきたけれど、考えれば考えるほどセンセーショナルやインパクトを持って伝えることが無理だと思うようになってしまった。

農業の魅力なんてのは「分かる人には分かる」の最たるものであって、こういう言い方は説明責任を果たさず逃げているだけと思い好きではなかったが、最近ではむしろ気に入った表現になっている。説明して分かった気になったくらいでは面白くないのが農業だし、興味を持つ入り口も生半可なものではどのみちその先を突き詰めていけないような分野である。最近つくづくそう思うようになったのも、この道に関わりだして18年たってようやく農業の面白さが分かってきたということかもしれない。もっとも冒頭の換算をすれば18年は世間の感覚では9ヶ月だから、やっぱりこんなものかなと。

当地では地方回帰の流れで面白いことが近年増えていて好感を持って見ているが、一方で屋台骨になる一次産業への意識はますます置いてけぼりになりつつある気もしている。ここらが惜しいと思っていたこともあったけれど、最近はこれはこれでいいのかなと思っている。決して諦めではない。説明が大事だという価値観の今の世にあって、分かる人には分かると鷹揚に構える分野があってもいいし、それが屋台骨の分野だということが、社会を俯瞰するとなんとも意義のあることではないかと思えるのだ。

6次産業化などと今更のように浮かれて騒いでいるけれど、私らの側からすればただの「原料出荷」に過ぎない。それでは面白くないだろう、と言われて説明にいつも困る。この面白さは「分かる人には分かる」としか返しようがない。ただの農家と見られて、それじゃあつまらない、もっと他の何かと組み合わせてビジネスを作らないかというお誘いも同様だ。これ以上に面白いビジネスがあるとは思えないから困るのである。

ついでに言われてきた、ただの農家では社会貢献度が低い、というお叱りは理解はできる。しかしそれは今の価値観に過ぎず、、もうちょっと先にはただの農家の地位は必ず変わる。社会の中の価値は時代とともに変わるのだから。

こういう、時代を一々考えないということも、我々がやっているような農業にとってはあまりに保守的で必然のことである。いつでも時代が変わればいい。我々は待機しているから。こんな我々に価値を見いだせる社会の到来はそう遅くはあるまい。世間感覚の1年後だとしたら農業時間に換算して25年後いうことになる。この愉快さが、分かる人には分かる。農業の面白さには保守的な底力がある。

5/10 保育所で職員研修の講師を頼まれている

まとまった雨としてはひさしぶり。雨はたまには必要だが、今回は量としてはちょっと多いか。先週末くらいの軽い雨なら嬉しいのだが。

そんなことで今日は、1週間後に迫った、保育所での職員研修の原稿を作っている。下の息子が通う保育所から、職員研修の講師をお願いされたのだ。いやはや、いろんな意味で凄いことだ。びっくりして二つ返事でOK。私も地味に地を這って生きている甲斐があるというもの。時代は着実に変わりつつある。

こういう機会にはいつも思う、というか悩むが、相手がどういう内容を求めているかが分からない。もちろんあらかじめこういう趣旨と内容で、という打ち合わせはするが、時間が限られているくせにネタは多いという中では、どこかに主題を絞らねばならない。ここに心を砕くことになる。

先日の島大生御一行は、引率の先生によると、私の若いころの話が面白かったとのこと。そこかい!(笑)。だったら面白いネタは事欠かないので、ここに力を入れればよかった。何しろ相手は教員の卵たち。いや、ほんと、残念。

今回の研修については、とりあえずは方向は決まっているのでやるのみ。どうせ準備の時間がそんなに取れないわけだし。さあ、どうなるか。何でもかんでも楽しくやりたい。

5/9 苗の調子が悪くなった

ここにきて、稲の苗の調子が悪い。施肥区の苗はまだいいとして、自然栽培の方の葉が黄化してきているのだ。かなり胃が痛い。

原因はいろいろあると見ているが、一つは今年は1ポットあたりの粒数が若干多いこと。2粒が理想と思って毎年やっているが、今年は4粒がちょいちょい見られ、中には5粒も。「まあいいかな・・」とその時の気分でそのまま強行してしまった。このことが原因ということは明白で、育種用で手蒔き(!)による1粒蒔きの苗箱が30箱くらいあるのだが、こちらは順調に育っているのだ。粒数は毎年気にしているのに、やっちまったな~というところ。

もう一つ大きいのが、今年は早々とラブシートを外してしまったことではないか。4月があまりに暖かく生育が早かったため思いきって取ってしまったが、まだ早かったようだ。これについては確信はないが、かなりあるだろうと思っている。

もう一つ、苗床の代を2回掻いたこともあるんじゃないか。たまたまかも知れんけど、1発で仕上げたときは最終的にいいんよね。でもまあ上の2つが大きい理由だと思っている。

施肥区の方は追肥をすれば何ということではないので安心しているが、自然栽培の方をとりあえずどうするか。またラブシートを掛けることくらいしかできそうにない。こういうことがある度に、肥料の力を痛感することになる。

自然栽培の稲つくりが普及しない最大のネックは、育苗が難しいということにあるのは間違いない。この近辺でも、うち以外に自然栽培米を育てている人はなかなかいない。本田は無施肥でも、聞いてみると育苗で肥料を使っている場合がほとんどだし、中にはそれを自然栽培米と称する確信犯もいる。

自然栽培の稲つくりの普及のために、そこそこセンスのある人ならできるという技術を確立したい、という思いが私にはある。(誰にでもできる技術を、となると現実的ではないし、必要性もない。)そのためにはこういうことをやっていてはダメ。

ちなみに品種はコシヒカリで。晩生の品種なら容易になるが、あくまで県の奨励品種であり地域でもメジャーなコシで行きたいのだ。あとできればマット苗がいいのだろうが、うちはポット苗だ。ここだけはどうにもならないし、ポット苗に変えるのは、専用田植え機に投資するだけで可能な話なのでこれはこれでいいと考えている。

ちなみに来年からの対策として、上に書いた原因を取り除くということは当然だが、今回のことでそれなりの視点で日々を生きていたら、さらに安定技術を閃いた。最低限の苗というだけでなく「良い苗」を立てるために、工夫は常にし続けなけれ

5/7 ・・・

代かき、トラクターの回送、苗の防虫ネット、大豆予定圃の耕うん。ヘトヘト、お終い。

5/6 「粋ノ市」と農業

4月29日に「楽しそうなイベント」として触れた「粋ノ市」。夜の部に家族で参加してみた。息子の帰りたいコールで案の定いくらも居られなかったが、気持ちは十分に伝わってきた。とにもかくにも、こういうイベントを主催した関係者に敬意を表したい。

そのお一人の実行委員長とようやくお話ができた。当然以前より知っており一度お会いしたいと思っていたのだが、先方も同じ思いだったのことで嬉しいご縁。会ってみてオーラがある。なにより私より10歳い若い。私が歳を取っただけなのか、それとも時代が動いているのか。

長い年月をかけて培われてきた「技術」とは失われたら終わりだ。再構築は不可能ではないだろうが、途方もない時間がかかることになる。そういう現実に多くの人が目を向けるということは大変意義あること。その中から実際にこの道に飛び込もうという人がいてくれれば尚更。

すでに技術の継承がなされないまま潰えてしまった分野は多くあるのだろう。その一つが実は農業だ。

昔々の農業とは自然栽培であった。肥料や農薬の類がなかった、あるいは少なかったから仕方がなかったのだろう、という視点もないことはないが、生活のあらゆることを自然や天然物に頼っていた時代は、「発酵」現象に代表されるように自然栽培以外は都合が悪かった。そのため自然を見る目が自ずと養われ、食糧の価値が今より格段に高かった時代にあっては、それは絶妙にかつ厳しく栽培技術に反映された。それが肥料を使うようになり、さらには化学農薬と化学肥料が普及するに至っては、それまでの栽培技術はまったく必要のない世界に。本を読んでそれなりにやれば作物は簡単に「とりあえずは」育ってしまうようになった。

ピンとこない人も多いだろうが、例えば稲など、近代に流行の栽培方法においてはマニュアルに沿ってやりさえすれば、誰でも簡単に育てることができるのだ。

「だったらそれでいいじゃん。」とやってきたのが現代人だったが、単にそれではすまなくなってきた。そうやってできた農産物のクオリティが、現代の健康問題をはじめとする多くの問題を引き起こしているという見方が成り立っているし、私も間違いなくそうだと考えているわけである。

その解決というか打開策を講じなければならない!とかつての自然を見る目や技術を再構築しようと奮闘しているのが、我々自然栽培農家である。しかし一旦失われた技術の再構築は簡単ではない。すべてが手さぐり。しかしかつては例えば確立に100年かかった技術があるとすれば、たくさんの自然栽培農家で情報交換し共有することでもう少し速度が上げられるかもしれない。そんなことに愚直にチャレンジしているわけだ。

「反田(ら)は煩いことを言いながら何がやりたいんだ。」とぼんやり思っている人は、そういう角度から我々を見てもらってもいいと思う。

5/4 87の不陸直し

高低直しをしないといけないと昨日書いた圃場は、2007年以来、隔年でゴボウを作り続けているNO.87圃場である。すでに5作したわけだが、そのどれもがいいゴボウが掘りあがっている。

ただ自然栽培に転換したのは3作目から。で昨年の5作目のものが極端に生育が遅く、少々細かった。そのときの写真。これは3月時点。

通常(隣の畑)はこのくらい。

5月にはこのくらいには育っている。が、8月の収穫時には少し細かった。

少し細いというだけで、全体としては大幅な売り上げ減となる。今秋は6作目の作付けを計画しているが、秋蒔きゴボウはうちの経営の屋台骨なので正直かなり不安である。

実は不安には根拠があって、この圃場の条件が今ひとつなのである。ここ2年くらい、土がとても固くなる。今も秋に蒔いたエンバクを粉砕したばかりのところだが、指で1cmを掘るのも無理である。こんなところは当然エンバクの生育も悪い。他の圃場はこんなことになっていないので、この圃場の特徴ということがいえる。

このたびの高低直しはこの対策の一環。この圃場、もうかれこれ8年前から気になっていたが、圃場が中央に向かって若干低くすり鉢のようになっている。こうなると大雨の後は水が溜まりやすくなり土が固くなる。それでもゴボウが育っているからと放置してきたが、このたびようやく、土が固くなる対策としてまずは不陸(高低)直しをすることにしたわけだ。これはすでに81圃場で効果を上げている。

圃場がすり鉢上になるのには理由がある。長年の放棄により「林」化していたものを2004年に圃場整備で畑に戻したものだが、圃場整備時の重機による締め固めが均一でないため、数年耕作しているとリバウンドで不陸が生じる。まずはこれが一点。

そしてゴボウを栽培し続けるとどうしても圃場の畝方向の両端が高くなる。これは収穫機が両側に土を寄せるため。まあトラクターで耕すだけでもこの傾向はあるわけで、それが極端になっているということ。

そしてさらに、2013年の洪水で表土が流されたことも、この凹化に拍車をかけた。今一番低いのは土が流されたところだ。

そんなことですり鉢状が顕著になって大雨が来ると広範囲の中央に水が溜まるようになった。

2004年の基盤整備から12年が経とうとし、こういう不陸の圃場が増えている。そのためにトラクターダンプを買った。使用したのは今日で2回目だが、秀逸。正味1時間の稼動でかなりマシになった。一気には直せない。田んぼ同様、数年かけて整備していきたい。

5/3 風は大したことがなかった

今日のところは風は大したことがなく、うちの被害はなし。でも田津では地元の方々のマルチやトンネルビニールが剥がされたりしている。ま、みなさん、生活がかかっていないからこんなもの。

予報では明日はもう少し強いみたい。しかも陽が出る。陽が出るとマルチが弛むので風に弱くなる。でもまあ今日の感じでは大丈夫だろうと思っている。

ああそうだった、被害があった。昼飯を自宅で食べていると、バリバリ!という音と共に上から舞い落ちてくる板が窓越しに見えた。何だ?と駆け寄ると二階の雨戸だった。古いから仕方がない。内側は破れかぶれの障子。修理を急がなくても二階は物置だし、今すぐ何ということではないが、蚊の季節になるとここから入ってきそうで厄介。

作業のほうは、本線の入院前27PSトラクター仕事があと一息というところまで。今日で終わったつもりだったが、巡回していると1枚ほど高低直しを早急にやらなければいけない畑があった。今秋に秋まきゴボウを作付け予定の畑だが、夏にかけての緑肥を蒔く前に高低直しをしておきたい。今年からトラクターダンプを導入した(27PSに付けて使う)のでこのあたりの作業も楽々になった。

5/2 明日は暴風

明日は暴風の予報。怖いのはマルチ。始めは雨を伴わないようなので土が軽くて心配。どうか飛ばされませんように。

風の強さの予報を見るときは、「江津」と「川本」の予報を両方見るようにしている。田津については基本的に川本を見るが、川本で強くても江津がそれと同じくらいの強さなら、田津ではあまり強くならない。しかし川本で強くて江津がさらにもっと強い場合は、田津でもかなり強い。じゃあ初めから江津を見れば、ということもあるが、それはちょっと違う。

まあこうやっていくらかでも近いものが予想できるように日々工夫しているわけ。

もちろん天気図も見る。これは昔取った杵柄。何時くらいから雨が降るかとか、晴れといっても雲量はどうなんだとか、天気予報がはっきり言ってくれないようなことをみるためだ。学生時代はラジオの気象通報を聞きながらよく天気図を書いた。地面にかいて予報したこともある。もう人生の半分も前のことになった。

5/1 サトイモデー

今日明日はサトイモデー。まずは畝立てマルチング。今日使う機械はあらかじめ土をしっかり粉々にしておかないと上手く機能しないという昨年の反省から、それなりにやったつもりだったが、まだ甘かった。土の粘いの畑なので大きい土塊が残ってしまって、ときどき土塊がマルチを巻き込んでマルチを破ってしまうのだ。来年こそ気をつけよう。

土があまり乾かんほうがいいが、この天気だ、どんどん乾いてしまう。昼飯食い終わったから、もう行こか。少し休みたいけど。

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