はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2016年9月の記事

9/30 新聞の1面記事について

今朝の山陰中央新報の1面に載ったネタの経緯を。

1年くらい前にふらりと風のえんがわカフェに立ち寄ったところ、面白い客が来ていると店主がいう。店に入ると奥まった位置に若い男女がいて、しきりにスマホをいじっている。「こちらが反田さんです。」と店主がいきなり紹介すると、「え?!今ちょうど反田さんを調べていたところです。」とのこと。

「彼らはパン屋さんなんですが、面白い素材を探していると言うんで、反田さんを紹介したんです。」と店主。

世界遺産の町、石見銀山の「大森」で I ターン開業したパン屋があるということは少し前に知っており、私に近い人が直々にそのパン屋を引っ張ってきたという事情も手伝って、近々行ってみようと思っていた矢先のそんな出会いであった。お店の名前は「ベッカライ・コンディトライ・ヒダカ」。そのときに意気投合し、うちのゴボウを使うということが決まったのだ。

幸いごぼうパンは人気だという。この近くの「紬麦」という、これまた新しいパン屋さんも、うちのゴボウを使ってごぼうパンを作っている(あれ?メニューに載ってない?)が、こちらも同様らしい。彼らの焼くパンが美味いということはもちろんだが、パンとゴボウが合うということもある。

(ちなみにえんがわカフェで知り合ったもう一人の女性も、「ヒヨリブロート」というパン屋を始められている。)

新聞記事に話を戻すと、朝起きがけに新聞を手に取り、ぱっと目を斜めに振ると、「土木会社」「ゴボウ」「2004」という文字がかすめ、え?!と思って目を戻すと私のネタ。

名前出しで取り上げてもらったところで、うちの経営には何の得にはならないということはたびたびこの場で書いているが、一方では大変ありがたい。私らは商品を売って生業を立てているというのは事実だけど、それだけでなく、経営を立てることで世間に訴えたいものがあるから。そういう発信の媒体として新聞は大変心強い。

「天動説から地動説へ」とは、最近そんな話で盛り上がったタルマーリーの店主の言葉だが、新聞記事には「コペルニクス的に・・」という表現。今日も先週に引き続き市内の小学3年生の畑見学を受け入れたが、常識は往々にしてウソなのだということをいつものようにほのめかしておいた。小3に言ったって甲斐は少ないかも知れないが、こうやって「ハチドリのしずく」的なことをしていくのも、我々の現実(現場)から得られる真実が、屁理屈で塗り固められた現代人にとってはあまりに受けが悪く、それが今の社会の不思議な諸問題の原因になっているということを、そして天動説が覆った先にはきっと今よりもずっとずっと希望のある社会が待っているということを、私らは信じて疑わないからである。

「信じて疑わない」などと言うのは、だいたいちょっと怪しい。だから盲信ではなく、現実から何が学べるかを常に。そんな場が提供できるような経営をしっかりやっていきたい。

9/29 自然栽培圃場をチェンジするかどうか

朝からデスクワーク。その中の一つ、来期以降の作付け計画を。どこに何を植えるか、という目先のこともそうだが、もっと大きく、今後の方針を含めて。つまり私の言う「作型」について。作型の安定無くして経営の安定無し。

PCのファイルにはこれまで立ててきた様々な計画が収まっているが、今日その多くを消した。一つのシートを作るために3年かけたものもあるが、「今」の状況や方針に合わなくなっている。まあ別に今に始まったことではなく、これまでもずっとこの繰り返しだった。そういう膨大な無駄の先端に、「かろうじての今」がある。

来年の要点は、
○今田地区で水田2.5haの拡大
○田津地区で畑1.9haの縮小
○田津地区から大豆の撤退
○大麦の作付けをやめる(わずか200キロ程度は作る)

ということだが、これらの事情の中でさらに検討事項がある。例えば水稲の耕種的手法による雑草対策(つまり圃場のチェンジ)や、ゴボウの輪作体系の見直しなど。結論が出せずに悶々としていたところで、今日集落の親しい人との会話の中で大きな情報を得て、かなり前進。やっぱりジッと考えるだけではダメだね。おかげで今一つ表を作って、気分もすっきりしたところ。

ところで課題の一つには、自然栽培水稲の圃場チェンジのこともある。今年も収量は頭打ちだし、クログワイとホタルイの襲撃がすさまじい。経営的にはトータルでギリギリ及第点と考えているが、仮に頑張って除草をしたところでこの作土層の薄さ(10cm!)は如何ともしがたく、周囲の人からの視線(なんだやっぱ自然栽培ダメじゃん的な)があまりにも残念でならない。5年間自然栽培を続けてきた田んぼ3枚を放棄する(大豆に替える)選択肢に決心がついたところ。6年目か1年目かといういのは雲泥の差に思えるが、例えば30年後を考えると36年目と31年目の差というのはほとんどない。息子らには関係のない世界。仕切り直すなら1年でも早い方がいい。

もちろん契約先にはまだ了解を得ていないが、OKしてもらえるならそれもありだと踏ん切りがついたわけ。踏ん切りをつけるに当たっては、この浅い作土層で大豆栽培が可能かどうかの検討と、鞍替え先の田んぼの状況というものがあったが、どうやら行けそうな感じ。特に大豆栽培には大きいなおまけがつきそうな予感。私はいつも運がいい。

9/28 畜糞の被害

昨日書いたことに関わるが、私も自然栽培を始めてから知ったことで、ほとんどの農業関係者が知らないこと。それは畑に入れた畜糞というのはなかなか抜けてくれず、いつまでも作物に悪さをするということ。

例えばこの写真。 これは7月にゴボウの収穫を終えた畑の様子だが、線を引いたように右には抜け残りが多い。ずっと向うの竹藪の手前もそう。これは右には太いゴボウが多くて専用収穫機が抜くことが出来なかったため。

なぜ右がそうなるかというと、ここに畑の境界があって、右の畑には10年くらい前に良かれと思って鶏糞をたくさん入れてきたのだ。左は地元のお年寄りが化学肥料ばかりで細々と作っておられた。そしてそこを借り受けて1枚続きになった頃に自然栽培を始め、かれこれ7年間一切の肥料投入をしていないのだが、今だにゴボウの生育の違いがでるのだ。

太くなるだけなら別に良さそうなものだが、もちろんそれだけではない。右側は、二股やヤケ症のゴボウが多い、断面が若干汚い、洪水で冠水するとすぐに腐る、などの症状がある。比較実験はやっていないが、おそらく長期間保管した場合も腐りが早いと思われるし、過敏症の人が食べたときに差があることも容易に想像できる。

繰り返すが、7年経ってもまだそうなのだ。

そして奥の竹藪の手前の畑に至っては、少なくとももう15年も20年も前に地主さんが牛糞を入れていたというだけの違い。少なくとも15年~(@_@;) 畜糞の力、恐るべし。

それを食べた人間の被害は、・・・ということを話し出すと嫌な顔をする人がたちまち増える。余計なことを言って「今」「上手くいっている」人の邪魔はするな、という理屈はよくわかる。

だから農産物生産だけに話を絞ったとしても、畜糞を大量に撒いている個人や法人さんが何かの折にそこを放棄された場合、ゴボウに限らず一般野菜は「微妙な」ものしか育たないだろう。まあまず間違いない。うちの畑には、写真の場所以外にもう一か所あるし、こういう事例は多いのだという。

世間が今のありさまでは、私の勘では、20年後くらいに大変なことになりつつあるのではと。かといってどうすることもできないし、せめて私にできる範囲のことをジッとして行くつもりである。

9/27 田津の農地を縮小へ

奇跡の土の田津地区。ここで育つゴボウは、正直誰が育てたって、最後まで育て上げられさえすれば日本一か二かレベルのゴボウに育つ。その土を活かしているのが私だけという現実。私が生きているうちに、この原でゴボウの生産者を増やすことが夢でもあった。

そのために経営的には負担でも農地の維持をしてきた。そういう志を持つ者が現れたときに「のれん分け」で農地を譲ろうと。しかしそれもどうやら節目を向かえようとしている。うちも農地を抱えることの負担が大きくなっているし、同じ原で営農している桑茶生産組合さんが農地を求められている。まずは皮切りに2ha近い農地を譲る話を昨日打診したところ。

桑栽培では堆肥をしこたま入れる。仮に将来的に先方が縮小されたとしても、もう2度とゴボウ栽培はできなくなるだろう。今後余ってくる農地も、誰もいなければ桑茶さんが借り受けられることが現実的だし、理想。ゴボウの産地復活は今が最後の分岐点というところか。

この素晴らしい土と人生を供にしようという奇特な若者よ、どこぞにいないか。

9/26 除草機を見て、往時を偲ぶ

農機屋さんから電話をもらって、急きょ浜田へ。先日ちょっと触れた機械導入を考えるうえ実物を見に行ってきた。

キュウホーというメーカー。今やかなりのシェアのようだ。私がこの会社を知ったのはかれこれ10年も前になるか。資料を請求したりもしたが、なんせ北海道の東部。何かと現実的でない。先方も当時はこちらの方にはあまり来なかったらしい。今では九州でもかなり売れているらしく、全国で売り回っておられる。

もし12年前に、つまり私が今の農業を始めた当時にこのメーカーが今作っている「大麦若葉」用の除草機があったなら、私の寿命は1年は伸びただろうか。命を縮めるくらいの負担、それは私の人生で最大の社会的危機(生物的危機はヒグマ事件)だったと言えるが、そういう負担が確かに当時、あった。ホームセンターで材料を調達し機械を自作し、結果的にその危機は去り今の人生があるのだけれど、何度思い出してもよく乗り切れたと、今の自分だったらどうだろうかなどと、時々考えることがある。

そういう目にあって、今このメーカーのカタログや実際に近所でも稼働している機械の実物を眺めていると、一つの俳句がいつも頭に浮かんでくる。

「 降る雪や 明治は遠くなりにけり 」

ずいぶん昔のことのように思われるし、特に惜しむわけでも悔やむわけでもなく、心安らかになれるから不思議なのだ。

まあ、のんきなことを言っているわけにはいかなくて、機械更新を乗り越えているはずの10年後の継続を目指してもっとガツガツ頑張るべきなのだが、ついそういう回顧に浸りたくなるのは疲れているからなのかもしれない。そしてこれが新規就農者の限界かなとも。私の子らからは「生まれながらの農家」である。彼らにはぜひ一つ上のレベルで頑張ってもらいたい。

9/25 林学志望の「同志」との再会

浪人時代のダチが遊びに来てくれた。・・そうよ俺、一浪よ。ま、両親に感謝ということで。

お互い息子が2年生。で生きてきた境遇の違いか、あまりの違いにビックリ。簡単にいうとあちらが大変、御利口さん。そうか、やりようによってはこうなるんだ~、という新鮮な驚き。

まあ、別に心底これでいいと思うけどね。自然栽培の世界を知ってからは多くの価値観が変わった。「自分の腕の見せどころ」だった有機栽培のときではどうだったか。多少、焦ったかどうか。それはわかならいが。

しまった、枝のない木に登る方法を聞くのを忘れた。彼は京都大の林学科出。今でも森林関係の仕事をしている。ちなみに私も同じ学科を目指していたが、私の場合はセンター試験でこけて、夢破れて諦めた。林学といえば京都大がまぶしかった。

挫折というのは何でもいいものだ。そこまでの達観を今では自信を持ってできる。それも今が幸せだからという所以だろう。

9/24 ジリジリと痺れる

稲刈りの後片付けは置いておいて、朝から畑。

まずは2か月前に収穫を終えている秋まきゴボウ畑の草刈りを。これは本来ならやる必要のない作業。それが今日で3回目。というのも、畑に点在している抜け残ったゴボウを今だに掘っていないので一斉耕うんができない上に、ゴボウを掘るときに大きな生草を地中深くに混ぜたくない。それで草刈り機で刈る必要があるというわけ。抜け残りをすぐに掘ればこんな無駄な作業はしなくていいのだが、その暇がなかったのだ。今日刈った草が枯れ次第、今度こそ掘る。

次に田津の耕作放棄地の管理。いつものモアがけ。てめえのケツが腫れ上がってるのに、他人のケツを拭かなきゃならない(涙)。ま、社会的責任だ。取って食われるわけじゃないから、泣かなくていいぞ。

昼前は、耕うんして生き残った緑肥が鬼のように大きくなって点在しているので、これを片っ端から手で引っこ抜いて回収する作業。これも本来ならやる必要がない。というか初めてこんな作業をする。耕うんの時間が取れんかったし、あと一か月後には次作の準備が始まるので仕方なく。

午後一からは事務所へきて、来週の地区運動会の資料作り(涙)。泣くなって。

ということで、大豆の播き直しによるしわ寄せの落とし前と社会的貢献によって、ジリジリと痺れる日である。アホなこと書いてないで現場出よ。おおそうだ。夕方は来客だった。

9/23 楽しんだ分はシワ寄せが

昨日は「樹幹」主催のイベントに家族で参加。銅ヶ丸鉱山(←従兄弟のHP)の隆盛に思いを馳せ、そして主催関係者の思いに心を浸す。子どもたちも参加するため急きょ頑張って参加した次第だが、つくづく、行ってよかったと思う。

そして今日は市内の小学校3年生の見学対応。毎年恒例ではあるが、今回はプロジェクターを導入した甲斐があって、今まで以上に満足してもらったようだ。来週も別の小学校が来る。子どもらの脳裏のどこかにゴミ程度でも何かが引っかかってくれればと願いつつ、いつもやっている。

と、そういうことで楽しんだということは、即ち作業がほとんど進んでいないということに他ならない。何もかも、焦る。2ヶ月前の大豆の蒔き直しの影響がずっと尾を引いている。

秋は行事が多いが、今年もそうだ。またすでにここ1ヶ月の間にバイヤーさんらの来客も数知れず。楽しんだ分は必ず、その反動がある。そういうことをこの12年で嫌というほど思い知った。だから大事なのは、その按配。

ふと思うときがある。常に何かに追われるように生きているというのは、実は幸せなことである。夜寝ていても落ち着かず、夢の中でも心配しているようなことだらけの毎日だが、それは簡単に言えば常に工夫し頑張るネタがあるということである。生き物は根や腸が「頑張る」ことで生きているし、その理屈が自然栽培の真髄でもある。こういう状況を、そんな視点で凌いでみたい。

9/20 今田の土地利用の思案で機械導入の検討

川の増水はもう大丈夫。雨も明日からは上がり、常時水位に戻っていくだろう。

今日は何事も割り切って、来年以降の作付けに関わる機械導入の大相談を業者の担当さんと。今田地区の農地が増えることと、今田地区の水田でクログワイが猛威を振るっていることのために生ずる課題なのだが、輪作などの耕種的な方法によって無駄な管理の手間を省き収量も品質も上げる、ということは「現実的には」必要なことだ。何でもかんでも竹やりをもって精神論だけで突っ込んでいくというのではあまりに辛すぎるし、コケてしまう可能性もある。ベストでなくてもベターを、理想でなくても理想を目指して行く態度でいる。

選択肢があまりにも多いし、そんなに予算はないということで相談の途中に何度も挫かれそうになったが、ねちっこく考え抜いていくと、まあどこかに突破口はあるものだ。コストパフォーマンスを最大限に取ることは、目先の視点でも長期的な視点でも両立させねばならないが、最終的にはベターだなという線は出た。こういう線を出して気を楽にしておいてから、さらに考える。いいアイデアを出すにはそういう順序で。来年には紹介することになるだろう。

それにしても一見いい加減に見えるこの若い担当さんには最近いろいろ助けられるし、頼りにしている。この人の面白いのは頭が今風にいい感じでイカレテいることだ。今日は最後に、使えるかどうかも分からない、ガラクタとして出荷場に転がっている何十年前かの電子レンジを使ってハンバーグをチンしていった。しかも外袋溶けてるし(笑)。あんた珍子が立たんようになるぞ、と今日も脅しておいたが、いつものように喜んで去っていったことだ。

9/19 小学校の運動会

昨日の中止を受けて、今日は息子の運動会。何とか天気は午前中は持った。午後からは体育館に移すらしいが、子供らの最低限の満足感は満たされたのではないか。もちろん先生らの安堵感とご苦労も思う。

私はと言えば、朝からデスクワークを。80m競争は見に行ったつもりが、タッチの差で終わった後。あとは親子競技に出てやらんとならんが、雨天のせいでプログラム変更があって午後からに。それがその時はちょうど自治会の3役協議とバッティング。今電話して協議の時間を遅らせてもらったところ。

人と会うついでに仕事の打ち合わせをし、合間では業者さんと電話。農家は雨が降ったら遊んでいると勘違いをされ兼ねないが、実に慌ただしい日が続く人生だ。とりあえず江の川の水位は下がりつつあるが、明日一杯は油断ならん雰囲気。そんなところでもね。なんともなんとも。

9/18 ここ2年で最大の水位

ここにきて、江の川の増水。珍しく水位が大人しかったここ2年では最大である。 浜原ダムの放水量は17:30時点で毎秒1600トン余り。2000トンになると忙しくなる。さあ、このままで済むかどうか。

9/17 遊休地の整備

このクソ忙しい時に、田津の遊休地の整備を。事業の関係で田津の農地パトロールをする時期だが、今年はあちこちで荒地化している。地主さんに状況を聞いてこちら(管理組織)でやることになるが、今日のも数日前にそう決まったところ。ここは雨が続くとトラクターが入れなくなる場所だけに、今日の作業は「この一手」。

まずモアで粉砕。草自体は背丈以上の大きさでも問題ないが、イノシシが掘りまくった凹凸が厄介。今日も一度はひっくり返るんじゃないかという冷や汗もの。

次にトラクターで耕うん(写真は別の畑)。これはやる必要がない場合もあるが、イノシシの穴を埋めて平らにするためにやっておいたほうがいい。 そして今日は新品のトラクターに感動もの。写真でトラクターが少し左に傾いているのがわかる。これはイノシシの穴に落ち込んでいるためだが、普通の「タイヤ」だったらひっくり返るとまでは行かなくてもひどい揺れになるところだが、これはクローラなのでそこまで揺れないのだ。しかも馬力が7馬力上がった(50→57)だけで負荷なくきれいに平にしてくれる。

上の大荒れの畑もたったの1時間ちょっとできれいになり、地主さんも隣接耕作者もビックリされている。やっぱ喜ばれるとね、忙しくたって仕方ないかなって。

その後、お昼からは急きょ籾摺り~稲刈り。乾燥がスムーズに終わったので、面積からすると今日中にやれるかなと。ただ夕方から降るという雨との勝負。勝てば今シーズンの稲刈りは終了だ。

呼吸をする暇もないくらいに、怒涛の身のこなしで籾摺りと袋詰め、稲刈りを進めたが、17時ごろ無念の雨。あと1時間半で終わったのに!たったわずかの稲を、今度はいつ刈れるやら・・。

9/16 明日からぐずつく

明日からの週間天気予報は何なんだ。全部傘マークになってしまった。

今日も稲刈りを進め、あと1日で終わるところまでにこぎつけた。前線の雨だから、きっとチャンスがある。畑の炎上も厳しいね。

さてと、18:30.汗だくだし、全身が痒い。灯油買って、最後の張り込みに行って、帰ってシャワー浴びて酒呑も。

9/15 座談会と、「山の向こう」にあるもの

そういえば、数日前に地元新聞に載った。座談会の出席者として発言が取り上げられたもの。これまでにメディアに登場したのは企業参入と有機JASネタが主だっただけに、こういうのはちょっと新鮮である。

メディアに取り上げられることについてのスタンスは、随分以前にも書いてきたような気がするが、経営的にはまったく「邪魔」である。普通は宣伝になって嬉しいものだろうが、今は状況が違う。販売に苦労していた当初は、どんなネタだってありがたく、メディアには随分と助けられたと思っている。しかし今は作るものはすべて十分に売れる状況だし、少々増産したって売り先は十分あるし、かつ劇的な増産は洪水のせいで不可能に近い。宣伝になったところで何のメリットもなく、逆に各方面からの問い合わせやお断りの対応に時間が割かれて面倒が増えるだけになってしまう、とまあ、そういう意味である。

しかし近年では、一方で違う意味でメディアに乗っかりたいという思いがある。日頃から小出しで発信している、自然栽培から学べる視点について、もっと多くの人に知って欲しいのである。生業として目の当たりにしている「現実」から紐解くと、世の中の常識の多くはあまりにも虚しい。自然界の現実から学べる視点で物事を見ていけば、自然と社会の境界線上でのみならず、社会のど真ん中でのいろいろな困りごとも解決し、世の中の多くのことが魅力的なものになると思っている。

座談会のメンバーは馴染みの人たちで、会の中でも随分と私を持ち上げてくれた。これからの地方は生き残り競争だ、変わったこと、一番のことをやって、都会から人を呼び込まないとダメ、こいつ(私)を使わない手はない、ということになるのだろう。私としても、自分に利がないので堂々とやれるのがいい。利権と絡んで経営の思惑になってしまう場合は、私のような真正直な性格(爆)には辛いものがある。

最近あちこちから楽しみな話をいただくようになってきている。この流れの先には何があるか。幼い頃に抱いた、山の向こうのロマンだ。そしてロマンチストはリアリストでなければならない。浮つくことなく、ジッとやるべきことをやっていくだけのこと。

そして、仮に私に期待したほどの役割が求められず、山の向こう側が大したことがなかったとしても、それはそれで何ら惜しいことではなく、「私の今の日々のみで十分に充実している」ということが実は今の人生の肝である。これこそが自然栽培から得られた視点の真骨頂であると思っている。

9/13 夫婦経営の弱み

一昨日からオチビが発熱。こういうときに我が家はあたふた・・。

出荷作業は最大の本線なので、慣れた女房の手は外せない。ということで昨日は私がその間オチビの面倒を見たが、今日は天気予報が良くなったので朝から籾摺り~稲刈りが進められる日。それで、実家のお袋に応援を頼んだのだが、当のオチビ本人が一筋縄ではいかず、結局私が子守をすることに。稲刈りはほぼ諦めて、寝息を立て始めたオチビの横でこれを書いている。

夫婦経営というのは日頃は強いが、こういうときは形無しだ。さらに女房が足を痛めていて、出荷作業も何とかかんとかの状態。こういうときのために右腕になるスタッフを、というアドバイスは散々いただくし、私も散々悩みぬいてきたがが、何度も言うように洪水の年に給与が払えないのでそれは現実的ではない。今年は「半職人半X」志望の森君もいるが、その立場で肩代わりできるほど出荷を始めとする諸作業は簡単なものではない。

小さくても強い経営を目指している。だが「あんたが死んだらどうするの?」って、そこまでうちの経営のリスクヘッジを求められても困る。そんなこと言ってたら何もできんよ。ただ産地の名残のゴボウを守るシステム作りくらいは可能だ。今私が死んだら特産としてのゴボウはほぼ終焉するが(そもそもそのレベルのものを特産と呼ぶべきではないという矛盾はある。)、10年後に死ぬんなら守れるよ、というくらいのものは作りたい。自社の経営だけでなく、そういう視点は失いたくないし、そういう視点を持つことで自社の経営が実は楽になる。

9/12 勝負は何も植わっていない時期の管理にある

雨で稲刈りが停滞。刈り遅れで黄色くなっている折、痺れる。

痺れるのは稲だけではない。畑がほぼ炎上状態なのに、これから数日間の貴重な晴れ間を稲刈りに費やすと、畑は収拾不能ということになる。まあこれは毎度のことで、いくらこの時期までを頑張ってやってきても、一手の悪手を放って勝負は終わってしまう。雑草が実を着けようと頑張るこの時期は、そういうタイミングの季節でもある。

畑の炎上と言うが、具体的には何かと言えば、ゴボウでもサトイモでも大豆でもなくて、何も植わっていない畑のことである。というとどういう意味かわからない人が多いと思うが、うちではいい作物をたくさん作るためには、作物を植えない時の畑の管理が勝負だと考えている。その中の一つに雑草の管理がある。自然栽培農家が目指している雑草が生えない畑というのは、洪水のたびに土中の空気が追い出されてカチカチにしまってしまううちの畑では実現しないだろうと思っているだけに、この雑草の管理というのは大切なことなのだ。

私は雑草が生えるということは悪いこととは思っていない。問題はその雑草をどう処理するかではないか。極力生のまま土中に漉き込まないために、極浅でロータリーで蹴散らかして枯らしてから耕うんというのが基本行為だが、それにはタイミングが大事になる。しかしうちのように何haもそういう畑があっては、すべてでタイミングを押さえるのは至難の業。結局すっかり大きくなった草や、びっしりと種を付けたものまで漉き込んでしまう畑が出てくることになる。今年の炎上も、そういうことだ。

農業をしていない人にはピンとこないかも知れないが、以上のような雑草の管理は普通の農家はまったくやっていないことなのだ。どこまで必要性があるのかは実は私にだって分かっていない。ただそうすることが必要だと信じてやっている。おかげで手間がかかる。そして目先の作物の管理が疎かになる。そうまでしてこだわってやっている。

しかし毎年失敗する。ここを上手く振る舞うためには子供に手がかかって労働時間が増やせない以上は、農地を減らすしかないと考えている。のくせ、来年は久しぶりに増えて18.5haになる。もはや限界、潮時だ。自社の中だけでの対策は無理なので、外へ解決を求めようと考えているところ。ここもジッと行きたい。

ああそうそう、雇用増やして対応すれば、ってのは無しね。洪水の年に給料が払えないんだから。

9/9 ネットで買うか、地元で買うか

近年やたらと機械の故障が増えているが、先日もモミ乾燥機が。日曜だったが農機屋さんに電話をし状況を説明、ちょっと調べてもらって折り返しでアドバイスをもらう。おかげで復旧。

月曜は、朝から事務所でPCのネットが不通に。業者さんに電話をするとすぐに来てくれて状況を調べてくれた。広い地域で不具合が起きていることが判明。結果的には自然に復旧したわけだが、安心感は半端でなかった。

みな、こういうのはサービスでやってくれる。というと聞こえはいいが、こういうときのために彼らは日頃から上乗せしているわけだ。そのせいで、同じものを買うならネットで買ったほうが安いということもある。だからとネットで買う人が多い中で、うちでは多少の価格差なら業者さんの方から買うようにしている。「ネット価格よりちょっと高いくらいならオタクから買うよ。あんまり高いと考えるけどね。」と相手にも言ったりしている。

この界隈では最近、江津市内唯一のショッピングモールの経営破綻ネタが賑やかであった。幸い別の会社が後を続けてくれることになったようだが、ここが廃墟になったら大局的にはゾッとする。「江津は何となく元気だな~」という声をよく聞くが、小売業界にとってはそんなのんきな状況ではないはず。こういう機会に買い物について考えるのはいかがか。

地元経済のためには、自分の消費のさらに1%だけでいいから地元で買い物をすることで大きな効果があるという。そこで提案。実際に物を買うときには、すぐにネットで買うのを思いとどまって、「このお店がなくなったら困る。」という視点で地元のお店から買うのはどうだろうか。

ネットで買うから困らないよ、って本当か?壊れたらどうするの?ネットだけで本当に大丈夫?まずはそんな視点からでもいいと思う。そうすればいくら金がないからといって安いほうで買う、という単純な話にはならないはずだ。

いわゆる「購買は投票」、このお店の取り組みに一票!という感覚で物を買うのはその後でもいいし、雇用の受け皿とか周辺経済とかそこまで考えるのは我々でなくたっていい。

「なくなって、初めてわかる大切さ。」お店に限らず何でもいっしょだな。後悔しないように生きましょ。

9/8 新車が来た

オーバーヒートを起こし廃車を勧められてから3週間。ついに新車がやってきた。 前の車は上の子が産まれた直後に買ったもので、走行距離は7年間で17万キロ。まだまだ乗れると思っていたのに、家族旅行のお盆中に、あろうことか、ここから250キロ以上離れた鳥取市で冷却水漏れによるエンジンのオーバーヒート!

その時の顛末を少し書くと、女房の実家の倉吉市から智頭町のタルマーリーを目指して東進。オーバーヒートは鳥取道の「道の駅河原」で気付くことになった。だましだまし用瀬PAまで進んだが、そこで車屋さんに電話。アドバイスをもらいつつ、そこで冷却水系統の破損が発覚。もう走ってはいけないという。

炎天下だし、1歳児もいるし、とっさにかなりマズイ状況だということを理解する。まずこの車をどうしたものかと車屋さんに相談すると、「僕が取りに行きますよ。もちろん代車も積んでいきます。」だって。ここ鳥取だぞ!?

次はとりあえず目先のことを何とかせねばならない。用瀬PAはトイレのみで、休憩できる場もない、ましてや日射を遮る影すらない小さなPAなのだ。すると幸いにも義兄らが倉吉から鳥取市へドライブにきていた。おかげで1時間後には無事救出されることとなった。

そのまま義兄らはドライブ先をタルマーリーに変えてくれ、皆でおいしいビールとピザに舌を打つ。タルマーリーで一泊してワイワイやろうという当初の予定も、倉吉に帰るしかないと諦めていたところ、中国道回りでお昼頃来るという車屋さんの一言でOKに。もっとも実際には山陰道経由で早朝5時には来られて我々も驚いたのだが、車屋さんにはずいぶんと無駄足を強いてしまった。

2~3日後、エンジンがちょっと厳しいとの報告が。子供も大きくなるし、また産まれないとも限らないし、買い替えるしかないなと。そんなこんなで、車というものに執着のない我々夫婦の大まかな意向を聞いて、手ごろな車を探していてくれたのだ。そして今日の納品。

それにしてもこの度の故障の件で、周囲では「車屋を鳥取まで呼びつけた奴は誰だ?」ネタで盛り上がっていたよう。小さな田舎での楽しみだね。いやはや、本当にこの度はご苦労をかけたし、何といっても助けられた。

9/7 稲刈りが始まっている

そういえば、4日前から稲刈りが始まっている。そのせいもあって、ここ3日書く暇がなかった。

というか、稲刈りや田植えなどの田んぼ作業というのはすっかり機械化されてやることが決まっているから、普通はこれらが始まると少しゆとりが出るもの。しかしこのたびは畑がひと段落つかぬまま稲刈りに突入したので、同時進行でいろいろ進めざるを得ず、それで忙しいのだ。

今稲刈り中だが、あまりの痒さにシャワーを浴びに、モミ運搬がてら自宅に立ち寄りちょっと休憩しているところ。さて、夕方は空が不安定だという。のんきにこんなもの書いてる場合ではない。

9/3 肥料を駆使する栽培も必要です!

そういえば先日の農場見学会には、近頃流行の、土壌分析をして土の中の一部の養分を把握し積極的に施肥をして栽培する手法(つまり自然栽培と対極)を学んでいる人たちも来ていた。というか今は行政の普及機関だって、土壌分析に基づいて栽培しなさい!と言う世の中だから、私が把握したのは懇親会に来ていた人たちだけであって、実はほとんどの人がそうだったかもしれない。

そういう人たちの中には、自分たちの考え方こそが最良で、肥料を使わない自然栽培などはもってのほか、で勝手に「あちら側とこちら側」という壁を作っている人たちがいるけれど、それは肥料という利権が絡んでいるので仕方がないのかもしれない。しかし利権など関係のない人たちにも、そういう傾向がある。特に男性に多そう。まあ、人間とはそういうものだろうけど、私にはどうももったいない気がしてならない。

もっとも私だって「自然栽培は素晴らしいですよ。養分供給という考え方はなくてもいいですよ。」とあちこちで主張しているわけだが、それを「こちら側」の非難だと言われても困る。それは私がかつて土壌分析をして施肥を駆使していたが、自然栽培を始めて経営が楽になって生き方も楽になった、だから人に勧めている、と言うだけのことで、それ以上でも以下でもない。

誤解のないようこれだけは言っておきたいが、土壌分析や化学的(科学的ではない)手法に頼ることは農家には必要なことだ。自然栽培を一部の圃場から始めて、例えば初めの5年間はどうにもならない可能性もある。そのリスクを吸収できるだけの経営力がなければならない。自然栽培以外の圃場では、勘や経験に頼る従来の農法ではなく、土壌分析でも施肥でも何でもしてしっかり経営を立てることだ。私だって自然栽培では育ちにくい圃場では施肥をしているし、施肥をする人をいちいち「あちら側こちら側」と非難をする気にはなれない、そういうのはどうもしんどい。

要するに私の中には、「根本」と「対症」ということがある。自然栽培は根本的実践、化学的手法に頼る栽培は対症的実践。それだけの違いだと考えているし、実生活には普通は双方とも必要なものである。

まあ騙されたと思って一部で自然栽培をやってみるといい。私が説明しきれないような素晴らしい気づきが、作物栽培にとどまらず人生においてまでも、きっとたくさんある。そういう原則を知っておいた上で対症的視点を持ち続けたって、それはいっこうに構わない。

私らはその事例でいられるよう、日々の経営と管理をしっかりするまでだ。そう思うだけで人生が楽しい。しかし残念ながらうちの経営はあまりに小品目で、ある意味インパクトや説得力に欠ける。私が知ってほしい境地を多くの人に感じてもらうためには、見学会の時にも触れたが、やっぱり出雲の内藤さんの力がいる。これを見られていたら、失礼ばかりしていますが、そういうつもりで近々必ず動きたいと思っていますので、よろしくお願いします。

9/2 まさかプーリーの位置が違うとは・・

台風が迫っているということもあって、急きょ、今日、一発目の稲を刈ることにして、朝からコンバインの回送・・・と思いきや、走行系がなにやら不調。ベルト周りを見ると、何かがおかしい。取説を事務所まで取りに行ってちょっといじってみたが、どうも何かが良く分からない。仕方なく農機屋さんに電話。

ほどなくやってきてくれて、しずかに格闘。彼も何かがおかしいのだが、それがわからないらしい。1時間半が経過した頃に「ちょっと取説みせてもらえますか?」と確認されて、「ああ、そうか。プーリーの位置が反対なんだ~。」

なるほど、何かがおかしいというのは、そのせいだったのだ。このネジを回すとなぜベルトが張るのか?と悩んでいたが、まさかプーリーの位置を疑うことはなかった。だって、これまで普通に動いていたんだから!

じゃあこれを反対にすれば大丈夫そうですねえ、ということで、一時はすっかり諦めて他の段取りを想定していたところだっただけに、今日から刈れることにホッと安堵。しかしやっぱりオチが付いて、どうにもベルトが外れないとのこと。確かに。というかよく付けたよな、これ。結局1日のみだが入院をすることになってしまった。

12年やっている。機械のトラブルもそれなりに経験してきて、それなりに引き出しも増えたけれど、今日みたいなことは初めてだ。こんな結末のために半日を棒に振ってしまった。それだけに私にとっては強烈な引き出しになったか。「違和感の陰には必ず不具合あり。」これだけではダメだということ。「不具合は根本も疑え。」こんなところも入れておきたい。

ああ、もちろん言葉だけ学んでもダメよ。実体験とセットだから次に活かせるんだから。そういうもの。だから「たたき上げ」が強いのよ。

9/1 ゴボウの母本植え替え

稲刈りの準備を進めている。で今日はまずはゴボウの母本選抜から。  ・・・?

稲刈りとゴボウの母本選抜がどう関係するかというと、今年からもみ殻の処理には「マクーラ」という機械を使うことにしたのだが、これは40馬力トラクターに付けて使うつもり。で40馬力には母本選抜の作業のためにゴボウ収穫機が付けられたままで、これをやらないとマクーラが付けられないということ。

残しておいた条をゴボウ収穫機で堀上げ、いいものを選抜して、別の畑に植え替え。4年前の写真で紹介。

60cmの穴を掘り、 ゴボウも60cmに切り、 後は埋めるだけ。これを1メートル間隔で10株ほど。10月には春まきゴボウをさらに10株。その後草対策として黒マルチで覆う。写真では不耕起だが、このときは手間がなかったというだけで、普通は耕うんしておいてからやる。

毎年のことですっかり慣れた。トータル2時間半で終了。

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