ええなぁ いわみ | 島根県石見地方(江津市・浜田市・大田市)の特産品・贈り物の販売

はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2012年6月の記事

6/30 大豆の播種と泥落とし

昨日は暗くなるまでかかって1.2haの大豆を蒔いた。大豆栽培のセオリーからいって雨続きの直前に種を蒔くのは最悪だが、諸事情を考えるとこれはこれで良かったのだと思っている(今日からの雨の程度によるが・・)。

残りは0.2ha。たったこれだけなら勢いで昨日片付けたかったが、播種作業は暗くてはできないから。さて、これをどうするか。懸念で朝の3時には目が覚めて、アメダス画面とにらめっこ。明るくなるのを待って近所迷惑を無視して蒔けないことはなさそうだが、迷いに迷う。すっかり明るくなって今6時前だが、未だに迷っている。今蒔いてもロクなことにはならないという思いと、わずかな面積だけ播種をずらしたら後の管理が面倒になるという思いがせめぎあっている。が、これを書く今、蒔かない方に7割気持ちが傾いている。蒔くというのはキリよく終わらせたいという私の自己満足も強いだろう。

キリのよさを求める気持ちをかりたてるものがあって、急きょ、今日から明日まで家族で出かける予定を入れたこと。とりあえずの「泥落とし」である。どうせ牛蒡の収穫もできないし、大豆の土寄せには早い。つまりタイミングのシビアな作業がなく、出荷作業もない。土日はちび丸の保育所の都合ともあう。今行かなくていつ行くのだ!的な突然降って湧いた貴重な隙間。

大飯のことや瓦礫のこと。もっと社会と深く関わりたいが、たまの休みはアホになりたい。どうせ今の自分には大した力はないのだから、来たるべき(きっと来る。来ないのが一番いいが。)ときに備えてもっと自分を鍛えておくべきであると思う。などと、先日のT氏の何気な助言も助けになって吹っ切れている。

ただ休むだけのことで面倒な人間だ(苦笑)。さて、播種どうするんだ。もう少し悩んで結論だすか。

6/29 梅雨入りの気配と牛蒡の収穫

7月の声を聞いて本格的な梅雨入りになりそうな気配。私にとっての梅雨入りとは雨のために畑に連日入れなくなることを意味している。今年は6月いっぱいは天気はいいと踏んでいたが、まあ当たりというところで、一度は炎上した田津地区も今は何とか取り戻している。

しかし今田地区がまずい。こちらは水田地帯。田んぼを乾かして見かけだけ畑にして大豆を作るということ。未だに1haが種が蒔けずに残っている。大した雨でもないのにしばしば入れなくなるという水はけの悪さのためである。3日前に入れるくらいに乾いてくれたが、草がたくさん残っていたのでもう一度耕うんして、草が死ぬのを待っている。気持ちではもう1日待ちたいが雨が迫っている。仕方がなく今日これから午後をかけて蒔くつもり。

秋蒔き牛蒡の収穫も遅れている。まだかまだかの問い合わせが多くあって申し訳ない限りだが、ようやく掘れると思ったら、収穫機の破損を発見。今部品を取り寄せているところで、今後の流れは、①部品が届く。②試し収穫③太さ・長さの選別。④集計して採算性の検討。⑤本収穫をするかどうかの検討。⑥OKなら本収穫・出荷。もう少し待ってもらいたいところ。

というころになって、雨が続く可能性がある。もちろん雨に叩かれては牛蒡が汚れる、収穫作業はできない。加えて雨の程度によっては翌日以降も畑に入れない。晴れても入れない。これが困る。収穫をお願いしているパートさんを振り回すことにもなる。当面はそれが辛い。

6/27 J瓦礫処理の勉強会の詳細

昨日触れた瓦礫広域処理の勉強会についての案内をリンクしようとしたけど上手くいかない。ということで記す。

日時:7月8日(日)13:30より※受付開始13:00より

場所:江津市立嘉久志公民館(江津市嘉久志町イ1503)

参加費:500円(資料代)

問い合わせ先:090-8114-6439(多田)

福山市議の落合真弓氏が来られるとのこと。

あらかじめ連絡をしてもしなくてもいいらしい。なるべく多くの人に参加してほしい。呼びかけ人からの切なる希望でもある。

知り合いからの情報では、地元では、無駄なエネルギーを使って遠くまで運ばなくても地元で処理をしたいと考えている人が多い、とのこと。(もちろんそう思っている人がどんな立場で何割くらいいるのかの具体的なデータがあるわけではない。)そして利権が絡まってドロドロなのだとか。もっともそれは多方面からも聞くことで、容易に想像がつくことでもある。

自分ももっと関わりたいが、やっぱり苦しい。牛蒡の収穫機の破損が明らかに。今日も消耗して毎日アップアップだ。

6/26 当地で瓦礫処理の動き

午後から農作業を再開。草が死んでいないので種が蒔けない1haを4度目の耕うん。痺れる・・・。

その合間に、T氏から電話。実はここ江津市では震災瓦礫焼却の動きが進んでいる。T氏は積極的にこの動きを阻止しようと動いているのだが、その案件について近くまで来られていた。今田地区の畑で女房と3人で腰を下ろして情報交換。このたび世間を賑わせている瓦礫の広域処理。例えばこんな問題が指摘されている。

「なんで?どうして?広域処理 最新版 | 豊橋いのちと未来を守る会」

広域処理のメリットというのは、ある。それは認める。ただ何事も程度の問題。わずかなメリットのためにやるべきことかどうかということ。ここで指摘されていることが本当なら、どれだけくだらないことか。そして子孫のために考えなくてはならない原発関連の諸問題の底流を見れば、些細であるなどと決して看過することはできないこと。単に瓦礫処理だけのことに留められない。

などと偉そうに言いつつ、私はT氏の動きに乗っかっているだけではある。自らは何も行動していない。していない理由を自らに言い訳しながら日々を生きている。でもしかたがない。私はそんなに強くはない。この世のほとんどの人はそうだろう。程度の差があるだけだ。

それにしてもT氏はすごい。このすごさが分からない人も多いことだろうが、それがまたT氏らしい。私の悩みなどについて話もしたが、なんともスッキリしたことだ。気分だけでなく、実(成果)も取れそう。さあ、いくらかの自信を持って進んでいくのみである。

なお、7月8日に、このたびの瓦礫処理を中止させるための勉強会を行う。詳細は明日この場でお知らせしたい。

6/25 近所の不幸で思うこと

集落で不幸。今晩の通夜と明日の葬儀では集落の人たちが準備に関わる。私も朝から手伝い。昨夜、不本意な雨が降ったので、今田地区はどうせ入れないということで、ちょうどいい休息だ。

私がここに越してきて3ヶ月余りの間に2件目の不幸。別に驚くことではない。不謹慎なことをいうが、今後もしばらくは続くことだろう。そして劇的な時代がやってくる。我が故郷は30年のちにはどうなっているだろう。集落や地区としての体裁が満足に取れているとは到底思われない。それでも人が住み続ける限りは様々なことに税金を投入せざる得ないだろうか。そんなことを考えると、この地に人が住んではいけないのではないかとも思う。ここは江津市だから、桜江の人は全員江津市街に近いところに強制移住。そうせざる得ないではないか、などと馴染みの酒屋のオヤジとよく話したりする。

駅前再開発など、江津市街地の土地利用について知恵を絞ろうとする動きをよく耳にする。今をどうするかという議論もいいが、例えば数十年後の集団移住に備えて確保しておくというのも一考ではないか。30年後なんてすぐにやってくる。しかしみんな見ぬふり。私もそう。そのときはそのときで考えればいいか、という態度。しかしそれが現代の多くの諸問題を生み出している。

人は死ぬ間際に、誰のことを考えるのだろうか。すでに高齢であれば、長年連れ添った相棒や、子や孫のことだろうと普通は思われる。それが現在や未来を憂える殊勝な態度だとすれば、はたしてそうだろうか、人間はそんなに強くないという思いもあって、死ぬ間際に想うのは自分を生んでくれた母親であるのではないかなどと考えたりもする。80を過ぎたじいさんが今は亡き自分の母親を思って死んでいく。人は弱いもの、と考える延長に、そういうことはあるだろうと。

偉そうなことを言ったところで、誰も何も大したことはない。名を上げるのではなく、なるべく子孫に迷惑をかけないように生きて死んでいくことこそがもっとも尊い、それが本質と考える。

6/24 草が残る

梅雨前線の気まぐれで不確かな天気予報。なんとか今田地区の圃場が乾いてくれたので、播種をすることに。ただし播種後に雨にひどく叩かれたら最悪。雨は案外降らないという私の勘のもと、バクチに踏み切ったのである。

それにしても草が死んでいない。昨日も書いたが、ロータリーの爪がチビているために土の反転性が悪いためである。播種機はロータリーにつけるのでもう一度耕うんすることになるのだが、やはり草がかなり残る。いくらなんでも、とロータリーの爪を見ると、あれれ~前回見たときと比べて大幅にチビている。これは迂闊。なんか気が飛んでいるなあ。細くなると早いんよなあ。

新品の爪の用意がないので、以前交換したものの中からマシなものを選んで、ひどいものを8本だけ交換。この作業も楽ではないが、こっちもテンパッているからね。「クソ~、クソ~」と夢中でやるのよ。

少しマシになったところで何とか今日は2haが済んだ。2条播きから3条播きに変えたので早い。しかしなあ、あんなに草が残っててもいいものだろうか。こんな状態の播種をしたのは初めてだ。炎天下の中ならまずまず枯れてくれるが、これから夜だし、小雨も降っている。なんかマズイぞ。

今田地区の残りは1ha。だが草が多すぎる。もう一度耕うんせんとダメだろう。となると播種は早くても4~5日後。

と、これがかなり困ったことで、そろそろトンネル牛蒡の収穫が迫っているが、トラクターが空かんと収穫ができないのだ。ということで皆さん、大豆の播種が終わるまでは牛蒡は掘りません。何といわれようと無理です。無理をして体を壊したくもないので、あしからず、ごめんなさい。

6/23 今田地区の大豆の悩み

今日は今田地区の大豆播種だ!と勇んでまずは1往復。ああやっぱりか、土が軟くていい仕上がりにならない。最近の雨はそんなにひどい雨ではなかったが、草を抑えるために何度も耕すれば水はけは悪くなる。こうなったのも必然。

仕方がないので今日は播種を中止ししばらく様子を見ることにした。しかし天気予報では次の雨が。乾いたと思えば雨が降る。そして運よく種は蒔けたとしても、雨のために発芽不良を起こしたり、雑草の勢いが抑えられず敗北。というシナリオが手に取るように見える。いっそのこと思いきって播種を遅らせるのも手。しかしそれはそれで厄介なこともある。判断を迫られている。

今田地区での大豆栽培は今年で3年目。去年も一昨年も同じことで悩んできた。圃場整備直後のため、作付けさえしていれば水はけは年々良くなっていくのは事実。しかしそれをのん気に待っているわけにはいかない、ということで今年の対策も考えていはいたが、水稲の面積を極端に増やしたことと、田植え時の根渡りのトラブル、大麦収穫のトラブルなどに、大きく日を費やしてしまったため、思ったように実践できなかった。

また失敗の意外な原因として見過ごすべきでないのが、ロータリーの爪がチビていること。まだ取り替えるほどではないので使っているが、土の反転性が悪くなっていることは明らかだし、このたびのロスの原因としては大きい。要所の時のみ新品の爪に交換、ということができればいいが、着脱も楽ではないし、それはあくまで結果論。

大豆の面積が狭かった頃が懐かしい。すべての作業がタイミングバッチリで決まって、あれほど気分的に爽快な作物はなかった。

6/22 やっぱり苦戦の大豆播種

大豆播種を始めたが、あらかじめきちんと草がすき込めていないので、いまいちの仕上がり。強い日差しのおかげで何とか枯れてくれているというところ。これからずっとこんな畑ばかりだが、ここまで強い日差しは今日限りだろうから、もう一度耕うんを入れないといかんかもしれん。く~そ~。

くそついでに、天気予報が悪い方に変わっている。もしかすると一週間くらい雨が降らないという淡い期待を持っていたのだが、やっぱ淡すぎた。いよいよ窮地だな。窮鼠猫を噛む、というけれど、どこかに噛む猫がいないかね。

6/21 明日からようやく大豆

緑肥の播種、今日1.6haで終了。ようやく明日から大豆の播種にかかれる。2条播きにするか3条播きにするか、ずっと迷っていたが、2条播きで結論。田地区津は雨上がりでもすぐに入れるが、今田地区は転作水田なので苦戦するか。5.4ha、何日で終わるか。

6/20 小川の音の憂鬱

我が家の裏は、急斜面の山である。代々の当主は、斜面が崩れるのを防ぐために木を切らずに管理してきたと聞いている。なるほど家の裏側辺りにのみ大木が多い。そして一方ではおそらく下刈りもなされてきたことだろう。私の目から見ればそのような管理がもっとも斜面を強固にするように思われる。

しかし山というのはいつ崩れてくるかわからない。築150年と聞いているから、少なくともその間は崩れたことはないわけで、じゃあ安心かといえばそうとは言い切れまい。1000年のうちには崩れるかもしれないし、実際に1872年の浜田沖地震(M7.1)のような地震があったが、それはいつかはまた確実にやってくるのだ。

不測の事態をどう生き延びるか、となると、まずは五感を研ぎ澄ませるしかない。音、におい、振動など、「おかしい」と思った時にどう反応できるか。何も特別なことを言っているわけではない。日常生活でも必要な事柄である。でも実際に必要ないのは、「都市化」のためにそんなことに鈍感でもとりあえずは生きていけているだけのことである。

という中で、昨日は久しぶりに家の前の小川に水が戻った。結構な水量。家の中にいてもゴーッという音が聞こえる。私はどうも落ち着かなくなった。これでは他の音がまったくシャットアウト。音による異変というものがわからない。もし裏山がずれ始めた場合の微妙な音などは聞こえないだろうし、サルやクマが裏の戸や窓を開けて入って来たときの物音もわかるまい。

山で野宿をする時には、沢筋はできる限り避ける。不測の音がかき消されるからだ。ということはサバイバルの本などにもちゃんと書いてある(たぶん)。そんなことが身に染みているのだろう。昨日は夜寝ていてもとにかく落ち着かない。

だんだん慣れていくのだろうが、あくまで慣れるのであって、麻痺してはならない。

6/18 今年は長いなあ

一昨日の午後は家族でお出かけ。温泉入っておしゃれなカフェでのんびりしようってつもりだったが、チビ丸がグズってくれたので全然ゆっくりできんかったよ。疲れも取れんし(逆にたまりそう・・)、まあ子育てとはこういうものだろうし、これはこれで楽しいのだが、体が相当参っているのでやっぱりちょっとキツイところ。

今年は3月からずーっと体を酷使している。例年なら4月下旬くらいからだから、この差は大きくて、体が相当へばっている。昨日からピーク。今日も全然ダメ。車に乗ったり降りたりするのに体が重い。先日ダウンした時に大いに反省したので、小刻みに休憩は取っているんだけどね。

すかっと休みたいところだが、最大の繁忙期に雨続きとくれば、作業が可能なときは進めなければならない。大きい雨が一つ来れば、翌日から晴れたところで畑は数日閉ざされる。ということで人間様の都合など考えてはおられない。やれる時はやる、しかないのだ。

作業で大きなところとしては、緑肥播種、大豆播種、大豆土寄せ、のとにかくこの3つ。これらのカタがついたら泥落しで1泊くらいの旅行に行こうと話しているが、いつになるやら。

6/17 圃場整備の業者の質

今田地区の圃場整備をした圃場。耕うんするたびにため息が出る。

石が多いというのは施工した業者に技術がないからということで諦めているが、使いつぶしの軍手や空のグリスチューブなどのゴミがとても多く、これは技術以前の問題。山を切り盛りする感覚の作業員に、農地の場合はいつもと違うのだという意識を当たりまえのように求めるのは酷。これは組織の問題。この会社の組織としての程度が落ちているということを思わざるを得ない。

ゴミを拾うため一々トラクターを乗り降りしないとならず、作業が一向にはかどらないのだが、その他にもこのたびの工事は大体にひどい。昔から親しい地元の業者である(うちも元は土木屋)ので大概は辛抱しているが、かなり痺れているのが事実。少しは考えんといかんようだ。それにしてもいろいろ噂も聞く。若い作業員が多いので何とか頑張って欲しいものだ。

6/16 雨よけハウスが飛ばされた

朝、ニンジンの種採り圃場へ行って驚愕。雨よけハウスが隣の田んぼの中でひっくり返っているではないか。

ビニールの幅を狭くしていたので持つだろうなどと考えていたが甘かった。炎上している畑を放ってまでして設置したのになあ。鍛えられるわ・・・。

とりあえず急いで撤収して、隣の田んぼのおじさんの家へ行って謝ってきたところ。そろそろ体も限界なので今日はこれから休むつもり。元気になってから冷静な頭でまた段取りを考えよう。ニンジンさん、雨、ちょっと辛抱してな。

6/15 来年の育苗の方針

トラクターで故障したのは50馬力。もう一台40馬力があるので、そちらにロータリーを付け替えるべく段取りを開始。まずは40馬力に着いている代かきハローを外すために、来年の苗代の代かきを始めた。来年の育苗のために均平をとる作業だ。本当は雨続きになってからやろうと思ってハローを外さずに置いておいたのだが、こうなっては仕方がない。水位調整のため今中断しているところ。

今年の育苗の総括をしてみたいが、かなり長くなりそうなので一部のみ。うちの苗は有機肥料管理と、無肥料管理との2本立て。前者は結構いい加減にやってもまずまずのものが育つ。問題は後者。今年は途中でかなり黄化していたので最悪を覚悟もしたのだが、そのうち極薄く黄緑色がかってきて、50日以上もかけたので背丈も田植えができる10cm以上には育ってくれた。そして田植え機で無事植えれたことは以前に紹介したが、苗半作とか8部作などという、今後の成長が心配なところ。

田んぼの土100%の無肥料苗を育てたのは昨年と今年の2回のみだが、感じたことは、有機肥料管理の場合とはかなり常識が違うということである。

ポット苗という前提で、例えば苗床。有機肥料を与えるのなら、作業性のことも考えてあらかじめ代かきをしてカチカチに固めておいて、そこに苗箱を並べる。これで十分育つ。しかし無肥料苗、実践者からの情報なども加味すると、これではおそらくダメ。今年は「田植え可能」という最低限には育ってくれたが、毎年そうとは限らないし、こんなハラハラすることはまっぴらである。やはり昔ながらの折衷苗代がいいのだろうと思い始めている。

また田んぼの土は団粒構造が少ない。今年は初めて市販の育苗土を使ってみたのだが、団粒の程度の差は歴然。それで管理の何が変わるかといえば、田んぼの土の場合は上から水が来てはダメということ。昨年は始めの1回だけ苗箱を水没させて水遣りをしたが、今年は他の事情により数度それを繰り返してしまった。その結果覆土の目が締まってしまい、一部で発芽不良を起こしたのは明らかにこのせいであろう。なお畑苗代などで水滴が叩くような水遣りはなおさらこのような現象になると考えられる。

ここからは来期の方針。

覆土には田んぼの下層の土を使う。団粒構造はますますないが、雑草の問題がある。床土には田んぼ表土を使う。腐食が多いためである。

苗床。無肥料管理をした昨年の稲わらをある程度の量ストックして堆肥化しているので、これを夏のうちに苗床にまく。そして何度か耕うんして土となじませる。場合によってはそれを床土にも使う。そして来春に折衷苗代のような感じで苗箱を並べる。水は下から吸わせる。これでかなりいけるような気がしている。最後の方はいろいろ技術的な問題もあるが、それはこれからの課題。

今日代かきを始めたのは、以上のための初めの1歩ということ。これをカチカチに固めて稲わら堆肥をまく管理に繋がるわけ。

自分の失敗と考察と、何より多くの人のアドバイス、ヒントがあって、ここまでは来れた。あとは結果を残すこと。それが出来なければ、ただ騒いでいるだけのチンピラだ。

ついに雨が降ってきた。続きをやろう。

6/14 機械のトラブル続き

週間天気予報を見て落胆。いよいよギロチンが落ちるか。大豆の播種作業はますます遠のいてしまうだろう。

それでも必ず畑に入れるタイミングはある。そのときにはサッと入れるように、今田地区の耕うんを今日中に終わらせようと朝から頑張って進めていたところ、トラクターから微妙な異音。様子を見るが分からない。だんだん音は大きくなり、テンションプーリの破損を発見。部品を取り寄せるので復旧は来週になるらしい。痛い。

トラブルが多いなあ。これが2日の遅れを生んでいる。2日の遅れが明日からの雨によって1週間の遅れになる。しかしトラブルというものは常に見込んでやらなくてはいけないこと。

それにしても天気図を見ると不気味だ。台風の側面支援でかなり大雨の兆候もあると見ている。洪水になるならいっそのこと今がいい。ああ違う違う、耕して畑が露出してしまっているので表土が流されるじゃねえか。やっぱダメダメ。

休憩終わり、続き続き。

6/13 畑の炎上とこれからのこと

草のために田津地区の畑は完全に「炎上」している。

私の手が及ばずに手遅れスレスレになった牛蒡畑を女房と丸ちゃんが暑い中で草取りをしてくれている。私はといえば大豆の種蒔きを急いでいるが、草をあらかじめ叩けずにいたので、種蒔きはどんなに早くても1週間後になる。田津地区についてはそれでは遅い。洪水が来るまでに2回目の土寄せを終わらせておかないとならないが、そんなに遅くに種蒔きをしていてはもう間に合わないだろう。洪水さえ来なければもっと遅く種を蒔いてもいいのだ。だからもう洪水が来ないことを祈るしかない。神だのみの経営である。

という圃場が2ha以上ある。力が入らない。入らないがやるしかない。過程を楽しむ。報われるかどうかは別の問題。

今の農業を始めて、無理無駄ムラ無茶を努めてやってきた。それもこれも、自分の力量に昇華を期待するとともに、適正で永続的な規模・方法を模索するがためのこと。信頼できる人間関係(販路)が出来上がってきて、自分の限界も見え始めてきた今では、模索していたそれらがかなり見えてきている。特にこの2年を中心に数年かけてそこに軟着陸を果たす。そういう段階のことを今は考えている。

それが果たされた暁には、次のステップが待っていることを高らかに宣言しないわけにはいかない。それが自然栽培への傾注である。第4の農業人生の始まりと位置づける。空想すれば心がときめいて仕方がない。そのために日々はひたすら地を這うということ。過程を楽しめば地を這う行為もまんざらではない。そしてときどき上体を起こす時に見える光景が何とも素晴らしくて自己陶酔することがある。落ち込むときもあれば、そんなときもある。これだから今の人生が楽しくて仕方がない。

さてと、行くか。

6/12 ようやく麦刈りが終わる

トラブル続きでわずか2ha足らずの麦刈りがようやく終了。

何事も思ったように行かない。自分の無能さと無力さについて考える。

6/9 原発のことでできること

今回の大飯原発再稼動についての感想がFB上でたくさん論じられているのをみる。この忙しい中だからといって原発問題は常に頭の中から消えることがない。ほとんどの人がそうだろう。

と思いたいところだが、実際はどうなのか。見ている限りおそらく違う。

世の中にはいろいろなスタンスの人がいる。私はどうかといえば、「原発絶対反対、表立った書名活動等は一切なし、節電はかなり頑張る」とこんなところで収まってしまっている。エネルギー問題や社会運動にはかなり興味があるが、「なんせ生き物相手の商売をしているのでこれ以上はどうにもならないし、私が忙殺されていることはエネルギー問題と奥底で繋がっている大事なことだから私はこっちの道を頑張ろう、今のところは。」などという言い訳を自分自身にしている。

節電以外に私にできることは、おそらく次の総選挙ということになる。争点はエネルギー問題の一点。しかしこの争点を作る方法は、ともすれば逆に利用されかねない。国を経営するためには原発以外の多くの事柄があるわけで、絶対反対!!と唱える人や政党が他の事柄はカラッキシだめというのでは困る。という理由で、絶対反対の党がいいんだけどトータルな判断でマシな政党に入れよう、という人がおそらく多数。その結果、「当面は仕方がない」という政党が勝利したりする。そこで国民の信販を得たとかなんとか言って堂々と稼動。

選挙がいつになるか分からないが、今のうちに各政党をよくよく見極めておくことが必要と思う。その時になればどうせ花火がたくさん上がるのだから、消費税がどうとかで静かな今がいい機会。そしてそれをたくさんの人と共有すること。

もっともそんなことを調べる時間も取れんのが問題。寝ていてマスコミがちゃんと報道してくれるならいいのだが、まさかそれは期待できない。

6/8 最大の繁忙期へ

ようやく田植えが終わった。今までで一番多い4.8ha。やっぱり長かったな~。

昨日は徹夜で麦を刈ろうと息巻いていたが、結局乾燥機の中のやつが上手くいかず、中止した。大部分の麦を畑に残したまま、今日の雨。明日も降るようだから、これは痛かった。

今年は本格的な梅雨入りは遅いと踏んでいるが、さあどうだろう。なんせ今までが降らなさ過ぎた。このくらいの雨でビビッていても仕方がない。しかし、麦の収穫→モアがけ→耕うん→大豆の播種前耕うん→麦後に緑肥の播種→田津地区の大豆の播種 というところまでは1日でも早くやりぬかねばならない。田津地区には洪水が来る。洪水の前に大豆の2回目の土寄せまで終わらせないと、その年の大豆だけでなく、その畑のそれから2年が雑草に悩まされることとなる。今を凌ぐことは来年とか再来年とかを穏やかに迎えるということなのだ。

しかしそれらばかりをやっている訳にはいかない。合間に様々な作業。今日はこれから田んぼの鎖除草。雨の日にもってこいだが、鎖の改良が冬の間にできなかったので、昨年の効果がイマイチのものを仕方なく使う。やらないよりはマシだろうという程度なので、私の士気が上がらない、というのが辛い。

田植えの終了と共に最大の繁忙期へ突入。正念場だ。

6/7 無肥料自然苗の田植え

昨日は、田んぼの土100%仕様の無肥料苗の田植え。期待と不安が交錯する中、田植え機を発進させてみたところ・・・・

やっぱりダメだった。植えれない。苗がポットから抜けない。抜けない奴が次の苗の邪魔になって次も抜けないという連鎖。田植え機の改造は及ばなかったか。さあどうするか。とにかく田植え機を進めて補植するか。そしたら私は忙しいので補植は女房と丸ちゃんがするハメになる。しかし仕方がない。こういう辛さがある。

転び苗、浮き苗だらけで田植え機を走らせるというのは何とも辛いものだ。泣きたい気分というやつ。横を見れば、手で直しに入っている女房と丸ちゃんの姿。ほんとに泣いちゃうぞ。

20aを植えたところで昼になった。この日は天気晴朗なれど風強し。出荷作業が少し入っていたので事務所に戻らなければならないが、昼飯も食っていたら苗が乾いて枯れてしまうかもしれない。ジョウロは用意してあるが水をやるのがもう面倒だ。ええい、もうどうでにでもなれ・・・

戻ったときには頂葉が巻き始めるくらいに乾いていた。が面倒なので水遣りもなし。そのまま田植え機にセットして行っちゃったよ、もう。そしたら・・・

植えれるではないか!!9割以上は植わる!乾かせば植えれる!!!

植え進めるにつれて苗箱はますます乾いていく。最後にはパッと見、99%の植え付け精度。

ポット苗は湿らせて植えろというが、あれは根がしっかり蒔いている苗の場合なのだろう。根張りが悪い場合は乾かせば植えれる。もっとも田植え機の改造効果も当然あるだろうが。

来年以降の荷が下りた。この嬉しさをどう表現したらいいか。まあスキップするしかないな。6月6日は記念日の一つにするべし。

そろそろ行こうかね。昨日の夕方から大麦収穫してて、今乾燥機が回っているところ。トラブルがあって夜のうちに乾燥が終わらなんだ。今晩は夜が更けるまで収穫を続ける予定。明日が雨というから。

6/5 田んぼと大豆と大麦の合間に

この時期からのコシヒカリは田植えが遅くなるほど減収をまねく。一日でも早く植えたいところだが、代掻きが上手く決まらなくて掻き直しを余儀なくされているものだから1.4haを残して足踏み。

それで田の土が落ち着いている間に、大豆予定圃場の耕うんを進めておこうとしたところ、ロータリーのカバーが磨耗してチェーンケースがむき出しになっているのを発見。大体なら冬に機械整備をするときに確認できる箇所だが、洗車機が不調だったため土を付けたままでついつい見逃した。機械の水洗いは磨耗や破損の点検になるのよな。

それなら、と今日は午後から麦刈りの準備をするつもり。コンバインの残留米をきれいに取り除いて、乾燥~調整ラインの清掃&セット。また体が痒くなるなあ・・。

麦刈りは本当は一昨日くらいからしたかった。しかしまだ収穫適期ではない気がして延期している。大麦については素人で、調べてみると収穫時期の見極めはいろいろ難しいね。幸い雨がほとんど降らんし、また降りそうにないからのん気にしているけど。

雨が降らんといえば、春蒔きの牛蒡。連日草取りを進めているところだが、極めて調子が悪い。幼いうちに乾燥が続くと、てき面にダメ。今年の年末はまた多くの人たちの期待を裏切ることになる。だから期待をするなら既に来年の年末ということにして欲しい。

6/4 私の指南書

先週、発熱で寝込んだときにあまりに暇だったため、久しぶりに昔読んだ本を引っ張り出して病床で読みふけった。青春時代に読みあさった本の多くが探検物。探検物などというと少しネガティブな反応をされることが多いものだが、それらは京都学派の今西錦司、西堀栄三郎、梅棹忠夫、川喜多二郎、吉良竜夫、藤田和夫、本田勝一、とそうそうたる諸氏のもの。中でも「大興安嶺探検」(朝日文庫)は秀逸。第一項の「探検の前夜」と最後の「解説」だけでもう十分。今さらながらソコを読んだだけで興奮し続けてくたびれ果ててしまって、布団の中でもぜんぜん静養にならなかったことだ。

振り返ってあらためて、今の私の思考回路はこれらの著作に大きな影響を受けていることを痛感する。もちろん私など彼らの足元にも及ばないわけで、影響を受けること自体は各人のレベルで誰にでもできることだという前提で言っている。ボンクラだった私が曲がりなりにも今のような人生を送れているのは、きっとそれを可能にした思考や行動というものがあって、それを得られたのは学生時代の造園屋の親父と、これらの諸氏の著作のおかげだということになるだろう。

人は、どのようなときに人から影響を受け、逆に人に影響を与えられるのだろうか。頭を捻って考えてみるが、そこに答えはなく、一期一会などと片付けるしかなさそうである。

今更こんなことを考えるのにはそれなりの理由があって、今一度何か強烈な思考や行動の規範が私には必要ではないだろうかと思っているからである。造園屋の親父もこれらの著作も、結果的に私が今の農業を作り上げるために必要な思考・行動の方法しか示してくれていない(と私には思える)。そのこと自体は十二分なことで幸運なことであったが、その結果ふと周囲を見渡したときに広がっている世界は、私の生き方や物事の考え方が、一方では明らかに何かいびつなものであるということ裏付けているものだと思わざるにはいられないのだ。

手本や示唆がないまま、自力で別の思考・行動回路を得ることなど私には無理である。暗闇の航海。どこかに手がかりはないものか。それはきっと自然の中にある!と思ってみたりもしているが、やはり自力の開眼は厳しいか。40にして惑わず、なんて私にはとんでもないことだ。

話は変わって、冒頭の探検家たち。今西、西堀、梅棹は死去、本田は今なお健在と知っていたが、そのほかの3氏の現在を知らない。そこでネットで調べたところ、なんということか、梅棹と時を同じくして皆亡くなられていた!!私の青春の群像はある時期に一斉に新たな探検の世界へと旅立って行かれたのである。

ついでに同じ「学派」である四手井綱英も近年に亡くなられていた。彼の著書、「森の生態学」(ブルーバックス)という本に高校時代に出会ったおかげで私は大学で森林学の道を志した。もう23年も前のことになった。

6/2 「根渡り」は甘くなかった

根渡りを甘く見ていたら今日は大変なことになっている。2枚目の田んぼ50aがとにかくひどい。ろくすっぽ植わらないのである。転び苗という。これは補植をしないとどうにもならんということで、私が田植え機で植える端から丸ちゃんにやってもらっている。

今朝方フェースブックで、ひどい補植作業を強いられているという記事を岡山の高谷氏がアップしていたのを読んだばかりだったが、私も補植を余儀なくされた年はこれまでに結構あった。苗が植わらない条件にはいろいろあるが、まあ今回の私の理由は下の下。根渡りで植えられないなどと今さら情けないことだ。お前何年ポット育苗してるんだ。って慣れて苗代の水管理で油断が入ったに他ならないのだが。

高谷氏が植えられない大きな理由は無肥料管理からくるもののようだが、実は私も数日後には無肥料苗の田植えを控えている。そして昨年そのひどい状況は経験済み。苗を見る限り明らかに昨年の二の舞だろう。しばらく補植が日課と覚悟するしかない。

6/1 またもやダウン

あろうことかまたもやダウン。昨日の朝50aの田植えを一枚終わらせてからは、ずっと家で寝ている。

ずいぶんと気をつけていたつもりだったが、まだまだ自己管理ができていないということだろう。今が一番忙しいときだから、「ゆう」にするといっても限界がある。しかしそれをやれ、という最後通告なのだと思っている。こうやって見直す機会を再びくれるのだからありがたいことである。

今日は1haの田植えを予定していたが、延期した。代をすでに掻いているからのん気なことはしていられないのだが、それをやれということだ。また残りの代掻きを同時進行で進めなければならないのだが、それも仕方なく延期。さらに田植えが済んだところからの機械除草も同時進行でなければならないが、到底これも無理である。

タイミングを逃すことによる大きな減収を飲み込んで、健康を優先させる。今年来年の2年のみ凌げばあとは何とかなるはずだったが仕方がない。それが歳を取るということだろう。

それにしても今の繁忙は6月一杯は続く。むしろ田植えが済んでからが本番。ようやく今日から6月というのに。

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