ええなぁ いわみ | 島根県石見地方(江津市・浜田市・大田市)の特産品・贈り物の販売

はんだ牛蒡生産者 反田孝之さんブログ - 2012年9月の記事

9/29 当てにしないのは無給が前提

昨日、「研修生がいてもいなくても売り上げが変わらないのがよい」と書いた。それでは研修生の給料はどうするのだということになる。だからこう言ったのは、あくまで研修生が無給という前提のことである。

研修生に支払う手当というのは、難しい。「作業を手伝うのだから相応の手当てがもらえるだろう。」などと単純に考える子が多いのは事実。しかし例えばある作業を教えるために、いつもは女房とやっている作業をあえて研修生と一緒にしたとすると、この場合は手当てをつけるわけにはいかない。女房とやればタダですむからだ。また私が1人でやって時間的にも十分に間に合う作業を研修生と一緒にやった場合もそうだ。こういう理屈を意識していない子があまりにも多い。「え?手伝うことになるんだから月に15万くらいもらえるんじゃないんですか?」という凄いのも過去にはいた。「作業をやらせてもらうということは相手の邪魔をするということ」ということが分かっていればこういう感覚にはならないはずだが、何かをすれば何がしかの対価がもらえるはずという単純な考えはどうやってはぐくまれるのか。

無給なら研修生は生活をどうすればいいのか、ということになる。しかし私の知る限り、これまでの蓄えで凌いだり、バイトをしたりしながらやりくりしている人は多い。そうしてでも、学びたい、技術を得たい、農業がしたい。こういう情熱。それが就農してからの難題に立ち向かう原動力にも繋がる。そこに近頃では助成金がある。年間で100万とか150万とかをくれる。貧乏を覚悟していたが税金から援助がある、ありがたやありがたや!!というならいいが、初めから助成金頼みが一番まずい。助成金がないなら無理です、とあっさり諦める人。それは賢明。どうせ就農したってやっていけっこない。

助成金はありがたい存在である。研修生を受け入れる側の私もじっくりと取り組んでやれる。厄介なのはしばしばその関わり方を間違ってしまうということだろう。だからそのことさえきちんと押さえていれば、地域の農業者を増やすのは助成金が充実している今がチャンスであることに間違いはない。

というのは本当は違って、いつだってどんなときだって常に「今がチャンス」。このことの勘違いから上手くいっていないことは多いと思う。

9/28 研修生を当てにしないこと

昨日、一人で稲刈りをやると書いたから、研修生の丸ちゃんはどうしたと思われるかもしれない。心配なく。彼は彼でちゃんと研修をやっている。

研修生をいれたから、「今年は楽ができていいねえ。」と言われることもある。しかし、研修生を労働力として当てにしていては研修生がいなくなった時に逆に大変なことになる。毎年毎年研修生を確実に入れるというのならそれを前提の経営をすればいいが、私にはそのつもりがない。丸ちゃんの独立の目処が大雑把に立った今では、来年もまた募集をするつもりではあるが、面接で落とすかもしれないし、そもそも応募がないかもしれない。

といいつつ労働力として当てにしてしまったので不満なのが、今までいうならゴボウの収穫。元気な若者が1人いるだけでずいぶんと楽になる。いかんなあと思いつつ当てにしてしまった。またこれからで言うなら、冬季のゴボウトンネルの草取り。ある程度の時間を体験させるためには、結果として私の負担を減らすことになる。いくらなんでも10棟分はやらせたいと思うが、まだ適正な規模と管理方法の兼ね合いを把握していない私にとって、このことはこの作型の経営の構築を1年遅らせることになる。

研修生に研修をさせるということは、そういう問題も考えておかなくてはならないのだ。研修生がいてもいなくても売り上げが変わらない、人件費も変わらない、となるのが良い。だから、少し手伝わせておいて早く終わった分を「説教タイム」に当てる、というやり方が理想と思うので何とかこういう状態を目指している。目指しているが、まだまだ作業の方法が安定しないものが多いし、あまりに段取りの変更が多いために、一緒に作業をするということ自体が難しくなっていて、研修生を受けさせる上での最大の課題になっている。

ということは、要するにうちはまだまだ研修生を受け入れる段階ではないということ。そんなことをつくづく思うのだが、研修などというのは個人の性格によって明らかにケースバイケースのものだから、やり方次第では研修を受ける方にも十分メリットはあるし(実際に丸ちゃんについてはこの半年間のうちの研修はそれなりに有意義なものだろうと思っている。)、この地域の事情を考えるとそんな悠長なことも言っておられない。

ま、なんとかしよう。

9/27 ようやく稲刈りが終わる

稲刈りが終わったああああああ!!!最後の便をまだ乾燥機に放り込んでないけど、なんか気が抜けてしまったことだ。

20haもやっている人から見ればたかが5ha弱なんだろうが、こっちはその規模を想定した体制ではないからね。今日は田んぼと乾燥機の間の往復だけでちょうど100kmも車を走らせた。全部一人でやってるから疲れるんだよな。

うちの体制なら、稲刈りに人を雇うのは明らかに不利。ちょっと計算したら分かる。だからくたびれるのも仕方がないわけ。今年くらいの面積でやりたいのなら、人を1人雇っても不利にならないような体制を作ってからやるべき。でもそのつもりがない。

これで田んぼは終わりかと言えば、そうはいかない、まだ大きな山が残っている。今年は斑点米が異常に多いので、それを除去せんとならん。そのひと山を越えて、ようやく検査、そして出荷の流れ。それを畑の管理の合間にやるべし。ちょっと途方に暮れているが、やるべし。

9/26 稲刈りを3連ちゃんで

最近1日おきの更新になっているが、これは稲刈りシーズンの恒例。稲刈りをする日は朝からかなりタイト。なかなか書く暇がない。

それにしても今年は稲刈りが長い。もう2週間もやっているというのに、まだ1ha弱が残っている。面積を増やしたのだから当たり前ではあるが、おかげで畑の管理が炎上気味。今年の稲の面積は5ha弱だが、まあこれだけ多いのも今年の特殊事情。来年からは3ha強くらいの作付けに落ち着くことになっている。

向上心がある限りは、何事にも「無理無駄ムラ無茶」は一通り必要と考えているが、全体的に明らかに無茶な今年の作付けはいい勉強になった。無茶をして初めて適正な規模が分かる。もっとも自分の判断が正しいとは限らないから、あくまで参考にするということ。何かの拍子にまた無茶に挑戦したくなるかもしれない。

と、こんなことを書いている場合ではない。今日はこれから籾摺りをして、昨日に引き続きの稲刈りをするつもり。でもって明日も。1日おきしかできないはずなのだが、すっかり刈り遅れている上にここ最近の好天のおかげで稲穂がカラカラに乾いているため、低温乾燥でも一晩ちょっとで乾燥が終わってしまうんよ。灯油代も電気代も少なくてすむし。

明日までやれば稲刈りはお終い!

・・・おお、もよおしてきたぞ。今日は朝から健康診断でバリウム飲んだところ。してからアップだ。

9/24 誰にでも食べれる食べ物を

自然栽培の宅配では最(?)大手のN社にゴボウを卸している。今のところ大変好評とのことで、自然栽培のイロハを学ばせてもらったことに少しでも報いえているかなと思えて嬉しい限りだ。

うちは「食べ物」を生産する会社。食べ物であればいいというわけではなくて、じゃあ美味いものを作りたいのかといえばそうでもない。美味いお米や野菜を育てたいなどとはコレッポッチも考えていない。なるべく自然に近い状態で、土の進化に要らぬことをしない栽培をしたいのである。その結果として育つお米や野菜の味は美味いかもしれぬし不味いかもしれぬ。しかしその先は人間という浅知恵の存在の入り込むべきところではない領域なのだと思っている。

今自然に近い状態とか要らぬことをしないとか言ったが、ここにはいつも葛藤があり矛盾がある。栽培という経済行為である以上、「自然農」のようにまさに自然状態でお米や野菜を育てる訳にはいかない。では栽培をしていくに当たって何を基準にしていくのか。

それは「誰にでも食べれる」ということ。誰が食べても体に支障が表れることがない食べ物の栽培を目指すということ。農作業の管理はこのことを基準にしてやることになる。有機JASなどのガイドラインはあきらかにこれを満たさしていない。

簡単にいえばこういうこと。だから逆に言えば、それが満たされる範囲では何をしてもいいということになるか。しかしもちろん話はもっと深い。深い事柄をパッと分かりやすく単純にして済ませるつもりはない。

9/23 しびれるなあ

いろいろ悩みが多い。中長期的な視点で考えたいことが山ほどあるのだが、目先の段取りや状況をクリアするだけでいっぱいいっぱいだ。

今日も悩み多き稲刈り。

9/22 今田の田んぼの土をどうするか

稲刈りは今田地区へ移っているが、結果に大苦戦をしている。

今田地区のお米の面積3.4ha、枚数で7枚。すべて圃場整備直後のものである。しかも作土層が薄い。圃場整備の計画の15㎝が、ない。たまたまあるところでも、土が明らかに悪い。一帯は、50年以上前の洪水で作土が持っていかれて川原の石ゴロゴロの状態から少しずつ田んぼの土を育ててきたのだと聞いている。

そんなところを大区画化した直後の土。もちろん土ではあるのだが、重機でかき混ぜて踏みしめて、作物を育てるための土になっていない。もちろん化学物質を使えばそんなことには関係なく稲は育つ。また有機肥料を駆使して即興でそれなりにごまかすこともできる。しかしそれが致命傷になる。せっかくゼロに近い状態(ある意味で)になっているのだから、ごまかして土に要らぬことをするのではなく、じっくりと基本に沿ってこの土と寄り添ってみたい。

目指すは自然栽培が可能な土にすること。つまり具体的に言うと「肥料など一切をを使わなくても稲が反当り360㎏くらいは育つ土にする」ということ。しかしその方法が分からない。そもそもこの田んぼの条件でそれが可能になるのかどうかも分からない。などと言ってもおられない。稲刈りが終わった瞬間から、来年度以降の準備は始まっているのだから。さあ、どうするべきか。今月に入ってこのことが頭を離れる日はない。

現在の管理や視点などを詳しく書いてみたいところだが、ちょっと微妙な事情があるので今は書けない。来年の今頃なら書けるかなあ。いろいろあるんよ、コッケイな事情が。

9/20 トラクターを落とした

今日はようやく田津地区の畑の管理に手がついた。まあ手がついただけで、どこからどう片付ければいいか途方にくれる。本当は一枚一枚の畑にとって最善の順番で管理ができればいいが、全体の効率を考えないわけにもいかないので、まずは耕うんできる畑を片っ端からトラクターで耕し始めた。

そしたら昼過ぎごろ、深さ60cmのコンクリート水路に沿って耕うんしていたところ、何をやってんだか、トラクターの右の両輪をその水路に落としてしまった!そら冷や汗でっせ。水路にもたれているのでトラクターが倒れてしまうことはないにしても、運転席にまともに座っておれん角度。まずいかもしれんのは、トラクターの腹を突いていないかどうかということ。それが真っ先に脳裏をよぎる。

降りて確認すると、微妙に水路の天に擦れている。直ちに歩み板を持って来て脱出を敢行。ロータリーが地面を突いて難儀をしながらも無事に脱出。腹を確認するが、見た感じでは何ともなさそう。

私自身、最近この手の事故が多い。少し前には竹やぶに隣接する耕うんで竹に絡まれて、サイドミラーとそれがくっついている手すりがトラクター本体から根こそぎ引っ剥がされてしまった。どうもいかんね。こういうときというのは、ある。たまたまだ、などと片付けていてはダメ。原因があって意味がある。現場で長く活躍している人にとって当たり前の物の見方である。

9/18 こんなことに耐えている

稲刈りシーズン恒例の「1日おきの畑の管理」が今年はまったく出来ずにいる。間の日に用事あったり、変則で連続で稲刈りをやったり、台風が来たりしたため、そうなっている。

畑の管理を、急いでいる。だから焦っている。明日からは好天が続くとの見通しだし、またあまり予定も入っていない(申し訳ないが入れないようにしている)ため、頑張って進めたいところだ。

今年焦っているのには理由があって、一つは稲が早く熟れたこと。もう一つは面積が例年より多い(例年の倍近くの4.9ha)こと。例年なら、畑の管理を一通り終えた後で今週くらいからようやく稲刈りを始める。しかし今年はそれどころではなく始まっている。そしておそらくあと正味で6日かかる。ということは1日おきだから12日間。天気の都合で出来ない日がきっとあるので、つまり今月中には終わらない可能性が高い。そんな頃まで畑に集中できないとなると、かなりまずい。

こんな状況だから少しでも効率よく動く必要がある。今日も畑に行きたくて行きたくて行きたくてウズウズしていたが、敢えてやめて、お米の保管スペースなどの準備や冷蔵庫内のゴボウの整理などに徹した。こうしてやり溜めしておいて、(明日は稲刈りだから)明後日は朝から畑にかかる。タイミングがあって本当は1日でも早く耕うんしたい畑があるのだが、全体の能率を上げたいためにジッと耐えている。大げさでなく、歯を食いしばって耐えている。こうして、そんなネタのことで、今晩の晩酌を「耐える気持ち」でやるし、明日一日を「耐える気持ち」で過ごす。化学物質や肥料などでタイミングがぼやける農業をしている人や、農業をしていない人にはなかなか分からない事情かもしれない。

9/16 世間はイベントで楽しそうだ

世間では楽しいイベントがあちこちで。しかし私はといえば連日の稲刈り。しかも降りそうな雨に常に脅え、段取りの狂いという見えない影にせかされながら。そして「痒さ」との戦い、それを防ぐため暑さとの戦い、そのせいで汗臭さとの戦い。無事に終わって休憩がてらにこれを書く16:00、体は痒くてベトベト、Tシャツは臭い、だから遅くて美味いはずの弁当もいまいち。

こんな日々ではあるが、充実感に満たされている。そうでなくては百姓などできない。おりしもここに戻る途中、知り合いから電話。はんだ牛蒡が欲しくてさまよっている人がいるとのこと。ちょうどここで落ち合ってみると知った人だった。簡単な会話の中にも充実感あり。ホンモノが食べたい人は多いのだ。「美味いものが食いたい」ではない、「おかしなものを食いたくない」という当たり前で切なる願望。ここを満たすことは私の大きな役割であるというより、私ら百姓にしかできないこと。こういうところに悩まず貢献できるように、私は私を鍛え、変えてきたといってもいい。

そう、鍛えたのである。私だって以前は、行楽に向かう知り合い家族などと車ですれ違えば、「こんな日でも俺は仕事か」などと恨めしく思ったことだろう(たぶん)。でも今は違う。人間改造。そして得られた今の境遇。目の前でどんなことを見せびらかされたって仕方がない。さらに楽しいことを知っているから。

とこんなネタを改めて書くのだから本当は寂しいのではないか、と思われても当たらない。あまりに自分がいい方向に変わりつつあることを実感し、自分を「変わった奴だなあ」などと思ったことだから、つい書いてみたところだ。

しかし、申し訳ないのは女房、不憫は息子。「お父さんどうしてお仕事行くの~」と言ってくれる。本当はいっぱい遊んでやりたいんだ。明日も祝日、保育所は休み。台風の影響で急ぎの作業もできまい。家族で楽しい一日にしたい。

9/15 調整ライン引越しの課題

天気がハッキリしない中、さらに台風の接近を控えて、1日おきにしかできない稲刈りの段取りが難しい。仕方がないからバカ正直に1日おきにやっておればいい、というわけではなくて、ときには工夫が必要。今日はわずかな量だけ稲刈りをして、速攻で乾燥、明日は連続で稲刈りの予定でいる。こうすれば台風のくる前に、下の原地区の稲刈りを終わらせることができる。そして台風が接近している間に今田地区の稲刈りの準備をするという目論見である。

そのためには明日の朝までには乾燥が終わっていないとならないわけで、今22時半だが、乾燥機の様子を見に倉庫へ行ってきたところ。ちょっとペースが遅い。乾燥のプログラムを変更しておいた。こういうときには、半年前に新居に引っ越したおかげで倉庫まで車でわずか1分になったことのありがたみを実感する。

と言いながら、乾燥機などの調整施設一式を、近いうちに新居から離れた出荷場に移したいと考えている。見通しでは再来年あたりに。最大の理由は田んぼから近いということに他ならないが、そうするためにはいろいろ課題がある。

その一つが、粉塵対策。籾摺りをして飛び散る籾殻粉末の飛散の問題。一時期やっていた農産加工品の製造はすでにやめているのでハードルは下がっている。だから金をかけずに自前の工夫でやりたいと考えているのだ。

これは今の様子。堆肥散布機に直接積み込んでいるところだが、あたりは籾殻粉末でモウモウ。鼻くそ黒くなるぞ。ここが山奥だからこれでやれている。

9/14 稲刈りの合間

稲刈りが始まっている。乾燥機が1台しかないため1日おきにしか刈れないのだが、おかげで1日おきに畑の管理ができるのでこれはこれで調子がいい。

今日は草が凄いことになっている田津地区をガバッと片付けるつもりでいたら、まあいつものことだけどね、まったく予定が変わってしまっている。

まずは朝、息子の体調不良。女房の出荷作業の都合を穴埋めしなければならない。

つぎにニンジンの散水。昨日からスプリンクラーを回し始めたが、今日はトラブル続き。ホースの破損、継ぎ目の破損、散水部の破損、ゴミ詰まり・・・の連続で1時間張り付いているのにまだ15分くらいしか水が撒けていない。

そうこうしているうちに昼飯どき。昨日から島根大学の学生が遊びに来ていて一緒に飯を食う予定にしていたので、中断。彼らを待っている間にこれを書いている。

さてと、午後から再びスプリンクラーをいじったら、息子の守を女房と交代。そのあと、明日の稲刈りのために一部籾摺りをして、田津には結局行けなさそうな感じ。まずい。

明日から天気がイマイチらしいので、そのあたりも睨んで段取りを考えんとならんぞよ。まあいつものこと。書くまでもない。

9/12 JAS検査が終わって

朝から初めて17時過ぎに終了。急いで諸作業をするのだ~。

9/10 バイヤーさんのために頑張る

自分で育てたお米や野菜をたくさんの人に喜んで食べてもらっているという事実は、この上もなく嬉しいことである。しかし消費者に直接届けるのではなく、多くが、間にスーパーやレストランを介在するうちの流通の形態では、お客さんの実際の喜びの声を聞くことは少ない。

ではつまらないかというと、決してそんなことはない。私が直接喜びの声を聞けるのは、それらを介在する(してくれる)バイヤーさんであるが、彼らの喜びを聞けることが、率直に嬉しいことになっている。というと何か味気ないように感じる人もいるかもしれないが、この立場にならないとわからないとでも言うべきか、本当にそうなのである。

話を少し横に振るが、ゴボウ1本をお客さんに買ってもらう場合、私からお客さんに直接売るのが一番利益になる。しかしそれではゴボウが1万本になった時に、買ってくれる1万人の人を探すことが困難。そこで私とお客さんの間に一人(例えばスーパーなどに)入ってもらえば、中間マージンは発生するが一気に多くのお客さんに売ることができる。2人入ってもらえば、もっと多くのお客さんに売れる。このように農産物の販売は、「1本当たりの利益」と「吐ける量」の座標軸で考えて、自分がどのポジションをとるかということである。

今や私にとって、バイヤーさんは私を助けてくれる私の営業マンである気がしている。大げさに言うと、夢を共有してくれる仲間。その仲間が喜んでくれる。あんたのゴボウが欲しいから頑張れと言ってくれる。嬉しくないはずがあろうか。

などと言えるのも、今取り引きをしているバイヤーさんが皆信頼できるからである。こうなる過程にもいろいろあって、当初は嫌なバイヤーさんとのお付き合いもあった。また嫌な人で近寄ってくる人もあった。まず怪しいバイヤーは、自分が待っているとは言わない。「たくさんの人がゴボウを待っているんだから頑張れ」的な言い方をする。別に悪くはないが、白ける。こういうタイプとはあまり長く付き合うものではない。必ず問題が起きる。あくまで私の経験的な話。

私が人生をかけるべき命題2つ、「洪水との共存」、「自然栽培の確立」の双方とも、信頼できるバイヤーさんたちがいなければ実現は不可能。エネルギー問題、フードマイレージの問題、地域の存続の問題、など大局的な矛盾はたくさんあるが、命題への挑戦を続けていくために、私は信頼できるバイヤーさんのためにこれからもお米や野菜を育てていきたい。

9/9 8年間の疲れ

稲刈りの準備が90%完了。天気が良くなりさえすればいつでも始められるところまできた。

今日も朝一番でその準備をしたわけだが、どうも体が動かない。すぐ重くなる。朝一番も重い。あろうことか8時くらいまでもゴロゴロしている。今日に始まったことではなくて、さあどうか、ひと月くらい前からかと思う。

どうせこんな天気では稲刈りはできない、と昼前から家族でお出かけ。途中、温泉津(ゆのつ)の海の岩場で横になった。はしゃぎまくる息子を横目に私はといえばやたらと眠い。荒れ気味の日本海の波音を聞きながら、今の農業を始めてからの8年半が走馬灯のように頭を駆け巡った。

正直、しんどいことが多かった。それにしてもよくやってきた。がむしゃらな毎日。そうできたのも、助けてくれた多くの人があってこそ。ああ、ずいぶん昔のことに思えるなあ・・・、と眠りに落ちかけるのである。

要するに疲れているのである。今年は繁忙期が早かったので疲れが溜まっているという直近の事情もあるだろうが、これまでの数年の疲れであるような気がする。おそらく間違いないだろう。

であれば少し休めということか。と思って数日を過ごしていたが、今日海で寝転がっていてそのことに確信が持てた。できうれば来春くらいまで少しのんびりぎみにやって、少し力を取り戻したいところ。

といいつつ、それは許されないわけだから、体の使い方や要領をさらによくしてこのことに対していきたいと考えている。それが結果的にさらに自分の実力を上げることに繋がるかなという期待もある。

できる限り、ひたすら前向きにいきたい。

9/8 イメージと違う、らしい

初めてお会いする人に、「イメージと全然違う」ということをよく言われる。まあ、こんなブログを書いているので仕方ないかもしれないが。

週末に来られた佃煮社長さんから後日いただいたメールのクダリ。「そのひょうひょうとした生き方はぜひ続けて下さい、なんかお話聞いてると、何だ自然農法って簡単なんだと錯覚しそうでしたが、その様に思わせる事が素晴らしいです。 」

少し前に来られた関西のあるバイヤーさん。「想像したんと全然違う。ただのバリバリの関西人やん。」

大体いつもこんな感じ。

このギャップが、良いことも悪いことももたらしてくる。実に愉快。愉快な人生。

9/6 種採り用ニンジンの播種

体調もなんとか回復。朝から気をつけながらも怒涛のように進める。

隙間をぬって、種採り用のニンジンの種の調整、および播種。条長わずか400m。たったこれだけに蒔く種の量でも、干したり、毛を採ったり、風選したり、水選したり、大変だ~。調整で3時間、蒔くのは正味でたったの15分。だから種を買うんだよなあ。

お米の年間予約についても準備を始めた(お米の年間予約販売)。まずは今までのお客さんが優先。その後に余ったものを新規のお客さん。これは当たり前のことのようで、あらためて全ての農産物に共通するうちのポリシー。

9/5 今年は稲が早い

例年の稲刈りは9月10日を過ぎてから。しかし今年は稲の登熟が早い。一昨日から初めてもいいくらいになっている。

しかしそのための準備ができていない。
①まずはコンバインの掃除。6月に麦を刈ってからそのままの状態。
②次に乾燥機の掃除。これもそのまま。(籾摺り機と米選機はやってある。)
③そして籾殻を同時処理するための準備として、堆肥散布機の回送。
④更に袋詰めしたお米を保管する場所の確保。大量の資材を仮置きしているのでその片付け。

とここまでやらないと稲刈りは進められない。

じゃあどんどんやるべきなのだが、他にもタイミングが来ている作業があって稲刈りの準備ばかりをしているわけにもいかない。自家採りのニンジンの種まきや、来春のゴボウのための耕うん、大麦のための耕うんがそう。本来なら1週間くらいかけてこれらを終わらせてから稲刈りでちょうどいいと思っていたが、うまいこと重なりやがった。

おまけに今日は朝一で④をやっていたら具合が悪くなって、また微熱が発症。う~ん、どうしたことか・・。ニンジンの種まきとコンバインの清掃を済ませようと思っていたのになあ。あ~あ。

というわけで、あらゆることが思ったように進まずにいる。

9/4 いつもゴボウがとりなす縁

週末に、京都の佃煮屋さん「津乃吉」の社長さんが私に会いに来られた。自らを、「経営者としては失格」と、本物志向であればどの世界でもありうることを平然と言われるのだが、言うは安し。話から伝わるものがビシビシと響いて圧倒されまくり。ある程度の想像はしていたが、いやはや、大変な方であった。

社長さんのお話を聞いていて、強烈に感じたことがあった。生意気を言わせていただくと、それはこの方が「潜在意識」に長けているということ。意識には「顕在意識」と「潜在意識」があって、前者が左脳、後者が右脳によって出現する。左脳ばかりが活発な人は浅はかで偏狭な理屈人間に過ぎなくなるわけだが、この方は右脳がずいぶん長けておいでなのだなあ、などとお会いしていた2日間、終始唸っていたのである。

私自身、右脳を鍛えたいということを日ごろから思っている。それは農業という生業がゆえでもあって、顕在意識に頼っていては、私がやっているような栽培はできない。などと断言すると、既にしっかり分かっている風だが、まだまだ修行中の身、そこまでの境地には達していない。達していないが、それが間違いないということだけは、これまでの私の処々の体験からも確信している。

簡単に言うと、「勘」。これを鍛えたいということ。この勘というものをバカにするから、自らの持つ少ない情報のみに依存して、「関係ない」「非科学的だ」「迷信だ」などと拒否してしまう。その結果、浅はかな理屈がまかり通る不思議な世の中になっているといってもいいのではないか。

こういう気づきを得たり確信を深めれる出会いにただただ感謝である。すべてはゴボウのおかげ。ゴボウが凄いからという理由で、いろいろな出会いがある。さらに突き詰めればゴボウは田津地区の土のおかげ。この土の素晴らしさを長く安定的に拝借し続けることができる仕組みを作っていくことが、私のこれからの人生の楽しみである。

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